既成事実
ベスパの意識が微睡みながらも現実とリンクし始める。温かい。良い匂いだ。柔らかい。えっ!? 柔からかいっ!? まだ重たいまぶたを強引に開くと目の前に黒い物体がっ!? うん?? あ、頭だ…。しかも後頭部? このサラサラ感は…女の子?? そしてベスパは気が付いてしまう…自分が誰かに抱きついていることを。自分とその抱きついている女の子が裸であることをっ!! 自分の手のひらが女の子の膨らみを鷲掴みにしていることをっ!!
どういうことだ?? 頭の中が真っ白になる。えっと…確か昨日は…地震があって…回復役で西地区に来ていて…ガンガンヒールして??
やばい心臓がドキドキしている。だが膨らみから手を放すことができない。どうする??
何やら醜い欲望を感じ取ったアルネは目が覚める。意識がはっきりするに連れて、自分の置かれている状況が蘇る…。確か…卒業試験で、ゴブリンの…鎖が切れてっ!! はっ!! 一気に恐怖が蘇る。わ、私…死んじゃったのかな?? 胸が痛いのだ。えっ!? 胸を掴まれてる??? もしかして…ゴブリンに性奴隷にされてしまったのかしら?? ガッと胸を掴んでいる手を掴み返す。小さい手…やっぱりゴブリンの手だ。恐怖の中、ゆっくりと目を開ける…。周囲を見ると、いつもの自分の部屋だった。いや、壁に飾ってあった絵も、テーブルの上にあった花瓶も、本棚も、何か部屋の中で争ったように、床に落ち散らかっていた。でも…確かに自分の部屋だった。
えっ!? じゃ、こ、この手は誰の手よっ!!
ガッと振り返ると、驚いた顔のベスパがいた。
「ア、アルネ!?」「ベ、ベスパ!?」
しばらくの沈黙の後、アルネは叫び声を上げ、裸のまま母親のリックルの元に逃げ出した。
(あっ。女の子の裸見ちゃった…)
アルネは母親のリックルと共に戻ってきた。
「あらら。ベスパくん。既成事実のチャンス、失敗しちゃったのね?」
「は、はいっ!?」ベスパは混乱する。どういうことなんだろう? 母親公認でエッチできたということ? そんな…美味しいチャンスなんて、あるわけない。
「これは…夢だ…絶対に夢だ」ベスパはまたアルネの布団の中で眠ろうとする。
「ちょっとっ! いい加減、私のふとんから…」ふとんを剥ぎ取るアルネ。そこには全裸の男の子がいた。「きゃぁぁぁぁぁっっ!!! お、お母さん」アルネは絶叫して、母親にしがみつく。
「全く二人共、子供なんだから…」
ベスパとアルネは服を着るように促され、朝食を食べながら説明しますからと、母親のリックルは台所に戻ってしまう。取り残された二人は、互いに背を向けながら、無言のまま服を着た。
「まずは、先に食べちゃいましょう!! 頂きます!!」と母親のリックルが朝食を食べ始めると、ベスパとアルネは一度お互いを見たが、すぐに目を逸らし、これまた無言で食べ始めた。
朝食を食べ終えると食器を片付けた、母親のリックルがコーヒーを運んできた。
「さて、説明をしますか…。えっと家の家系では、将来有望な男の子を見つけたら、すぐに既成事実を作って婚約しちゃうの」
「そ、それって…、ベスパが優秀ってこと?」アルネは目を丸くして驚く。
「そういうこと。質問は話の後でね。話を聞けば、アルネはゴブリンに頸動脈を食い千切られて即死状態だったのよ。傷跡も残っていないけど、それはベスパくんの回復魔法が飛び抜けて優秀だったということね。教会で診断の魔法を使って調べた神父も驚いていたわ。そしてアルネは知らないと思うけど、昨日大地震があってね。西地区の住民も怪我人が大勢出て大変だったのよ。そこの現れたのが、ベスパくん。最初、冒険ギルドが巫山戯ているのかと思ったけど、重症の患者を一人も死なせること無く、全員を回復させてしまったの。驚いたわ。で、名前を聞けば、アルネを救ってくれたベスパくんじゃないっ! これは…是非とも、アルネと結婚させるしか無いと思ったの。だから二人を裸にして、ベッドに放り込んだという訳よ」