休息、そして
夕食後の会合で俺はしばらく休養を取ると宣言した。
ユナ、メイ、フレジアの三人にはフレイマの遠征拠点を購入する手続きを頼み、「朱き陽炎の旅団」の団長アブサウドに手紙を持って行くよう指示を出しておいた。
「ついでに拠点に必要な物も揃えておいてくれ。資金は渡すし、なんならそのまま拠点を整えて冒険に出てもいい」
「わかりました」
ユナの返事を聞き、明日からの休日をどう過ごすかな、などと考える。
* * * * *
翌日に、予定していた通りにユナ達にアブサウドへの手紙とお金を手配し、三人を送り出すと、鍛冶屋の方に顔を出して、数日休むよう伝えた。
「二人とも明日と明後日は休みでいいぞ」
定休日の看板を教え、外の掲示板に明日から数日休みにすると書き込んだ。
そうして俺の休養日が始まったのだが、な──んにもしないでいいとなると、何をすればいいのか分からなくなった。
仲間達が庭で訓練するのを見守りながら、膝にライムを乗せて日向ぼっこをしたり、それに飽きると旅団拠点を出て、近くの公園の芝生の上で横になったりした。
暖かい日差しの中で横になっていると、昨日しっかりと睡眠を取れたはずなのに、俺は公園のど真ん中で眠りに就いていた。
どれくらい眠っていたのかと思えば、そんなに長い時間ではなかったらしく、日差しはまだ頭上に輝いていた。
そして、胸の上がえらく暑くなっていると思ったら、野良猫が一匹、俺の上で眠っていた。
「またお前か」
茶色い野良猫は目を閉じ、俺の胸の上で前足を畳み、安心しきった様子で寝息を立てている。
おでこを撫でてやると、猫は目を開けて「ウニャァ」と鳴いて俺の上から降りてくれた。
「またな」
背伸びしている野良猫に別れを告げ、俺は宿舎に戻ってから大通りの方に行き、食事を店で食べる事にした。
ミスランの食堂はいくつかあるが、昔からある店が多く、新しい店が出店するのは希だ。
変化のない暮らし。
以前の世界では、気づいた時にはどこかも店がなくなっていて、新しい店に変わっていたりしたものだが。
フォロスハートでも徐々に、日々の生活に新しい物が加わったり、技術的な進歩が現れてきていた。
管理局や各地に居る錬金術師や、その他の技術屋のあり方が変わってきたのを感じる。
今までは自分の得意とする技術を囲い、それを他人に教えまいとする慣習が根付いていたが、管理局からの号令もあり、多くの職人がそれぞれの技術を開示し、全体的な成長に繋がった感じだ。
ベィンツのような少年が現れたのもいい兆しだ。──そうした変化に自分も貢献できているとすれば、これ以上の事はない。
技術を高めるのに必要なのは、一人の努力だけでは足らない。全体の、多くの人の協力と共通認識があって初めて成り立つのだ。
鉄が無ければ剣を打つ事も出来ない。
鍛冶師に鉄鉱石を採ってくる人材が必要なように、多くの人の存在なしには成り立たない。
市民、冒険者、管理局の職員、神殿に勤める人。──そして神。
以前に居た世界よりも遥かに人口の少ないフォロスハートで、新しい何かを期待するのであれば、孤立していてはいけない。
誰かが誰かを支え、支持し、少ない資源を分け合ってでも生き延びて、新たな時代の為に戦い続けなければ。
怠惰も悪意も、この世界には必要ない。
いや、そうした人間の弱さから生まれる全てのものは、どの世界にも必要ないのだ。
強靭な意志を以て自分の弱さに向き合える者だけが、次の時代への責任ある役割を全う出来る。
他者を否定するだけの人間性など必要ない。
そんな弱さはいらない。
市民は冒険者を、冒険者は市民を支え。
管理局は市民や冒険者の活動を支え、神殿の神官達はそうした人々を見守り続ける。
互いの結びつきの中で何を成せるかを考え、行動しなければ、気づいた時には何かを失っているかもしれない。
例え片腕を失っても、まだ戦い続ける人が居るように、この過酷な世界でも必死で生き抜こうとしている人が居る。
俺は彼らに報いる為にも、自分の知識や技術を使って新しい物を作り出すべきなのだろう。
あるいは──────
おっと、つい難しく考え過ぎた。
俺にとって世界の問題を考える事は、もはや趣味であり、習慣であるとも言えるほどに身近なものになっているのだ。
「これではおちおち休めないな」
そんな想いを抱いて苦笑いする。
「はい、おまちどうさま」
椅子に座って考え込んでいた俺の前に、大きな皿が置かれた。
そうだった。俺が金色狼の旅団に居た頃に何度も訪れていた料理屋に入って、その頃しょっちゅう食べていた料理を注文したのだ。
料理を運んで来た女性に見覚えはなかったが、店の雰囲気も料理も、あの頃と変わりがない。
野菜を細切れにした物がたっぷり入った焼き飯と、その上に焼き揚げされた肉の塊を切って載せた皿。
濃いめの味付けがされた厚切り肉と焼き飯を頬張ると、冒険者として活動していたあの頃の事が思い出されてくる。
俺の前にはリゼミラとアディーディンクが座り、それぞれが好んで口にしていた料理が置かれ、次の冒険はどこにしようかなどと話し合っていた。
今は、そんな彼らを送り出す立場になってしまったが。
その懐かしい味を口にしながら、俺は何か、自分の中に活力が沸き上がってくるのを感じていた。
オーディスワイアが人々に期待する支えとは、地球での経験が元になっているんでしょう。その中でも環境(気温)の変化に苦しむ農業従事者を見たり、時には自身の職場だった中小企業での経験(大企業にこき使われたり、海外の取り引き先とか価格競争とか)が根深く残っているらしい。




