西海の大地へ
夕食後の食堂でレンネルが、魔法銀の魔法の剣を造ってもらったと話し、明日の冒険で試したいと、姉に熱心な様子で話している。
パールラクーンで発見された魔法銀という新素材に、話を聞いていた仲間は興味を抱いたようだった。
レンネルは表情に出すのを抑えている様子だが、新しい魔法の武器に興奮しているようで、姉の魔法の槍と自分の魔法の剣で上級難度の転移門にも挑戦できるのではと、熱く語っていた。
エアネルがリゼミラに、上級難度の転移門に一緒に行ってくれないか、と掛け合ったりしている。
食後の打ち合わせも終わり、周囲では仲間達がそれぞれ、明日の予定などについて話し合いを進めていた。
「それで、どこに行くんですの?」
「ん?」
レーチェがお茶を口にしてから尋ねてきた。
食事の前に風呂に入ったらしく、髪がしっとりとした感じになっていた。
毛先が緩やかに波打った長い金髪が艶めかしい。
「西海の大地に行くんだ」
「今から?」
「自転車に乗せて行くから大丈夫だよ」
「あの乗り物ですか……」
と、レーチェは眉を顰める。
「なんだ、嫌なのか」
「あの乗り物──本当に大丈夫ですの?」
話を聞いてみると、二輪車で転ばずに移動出来るのか、といった不安を抱えているようだ。
自立出来ない乗り物に乗って転倒するのでは、という不安を口にするレーチェ。
「そりゃ止まった状態じゃ自転車は立っていられないが、走り出せば平気だよ。曲がる時にちょっと体を傾ける必要はあるが、慣れれば問題なく乗りこなせるさ」
「わ、私は別に乗らなくても──」
「あ──、はいはい。俺が運転するから大丈夫だよ。後ろに乗せて行ってやるから。そんなに怖がるなよ」
「べ、別に怖がってなどいませんわ」
ともかく外出するのに上着を着て庭で待ち合わせる事になった。
俺は自室に戻るとジャケットを羽織る。
冬の夜でも氷点下まで下がる訳じゃないが、上着は必要になる寒さだ。
そして魔法銀で作った小物を懐に忍ばせ、小さな座布団を持って玄関に向かった。
玄関前では子猫達が寝る前のじゃれ合いをしていた。
俺が靴を履いていると、しゃがんだ俺の背中に子猫の一匹が飛びついて来て、まるで自分も連れて行け、とでも言うみたいに鳴き声を上げる。
「外は寒い、ここで留守番してなさい」
子猫を背中から引き剥がし、二匹の子猫の方に押し出してやると、ドアを開けて外に出た。
外は思っていたよりも寒かった。
手袋を持って来るべきだったか。そうも思ったが、我慢できない寒さじゃない。
自転車は玄関近くの壁の側に置かれていて、鍵は付けっぱなしになっていた。
「電灯代わりに発光結晶の指輪を点けて行くか」
手にした座布団を荷台に置いていると、宿舎の中からレーチェが出て来た。彼女は青色の長いスカートを履き、薄紅色の毛糸の編み物の上に薄茶色の長外套に似た物を着込んでいた。
手袋をしながら寒そうに手をこすり合わせている。
「そんなに寒くないだろ」
「焔日がないと、それだけで寒く感じます」
俺は肩を竦めつつ、自転車を引いて道路に出て行った。
「さあ、ここに座って」
座布団を敷いた荷台を示すと、俺は椅子に腰掛け、踏み台に片足を乗せる。
「本当に大丈夫なんですわよね」
「いったい何を不安がっているのかが分からんが、乗ってみれば分かる。──ここに座るには跨がるか、横向きで乗るんだ。お嬢様なら横乗りが基本だな」
早く、俺はそう急かして彼女を荷台に座らせた。
「よし──あと、スカートを弛ませるなよ。車輪に巻き込まれるからな」
横乗りした彼女は片手を俺の腰に回し、片手でスカートを押さえていた。
「西海の大地まで遠乗りだな」
「お願いですから転ばないでくださいね」
「転ばねえよ」
踏み台を回すと自転車は軽やかに進み出した。
道を進み始めた瞬間、レーチェが俺の体に回した手に力を込めるのが感じられた。