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錬金鍛冶師の冒険のその後 ー冒険を辞めた男が冒険者達の旅団を立ち上げ仲間の為に身を砕いて働くお話ー  作者: 荒野ヒロ
第十章 愛する者のために

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宿舎へ帰る

「それでは帰りますわ」

 玄関で俺とレーチェはリーティスとレクシアに見送られていた。

「お姉様、お兄様。せっかくですから、クェイフ兄様が持ってこられた蜂蜜酒ミードを持って帰ってくださいな」

「だからお兄様と呼ぶな」

 リーティスは俺の言葉を無視し、控えさせていた侍女を呼ぶ。その侍女は四本の瓶を編み籠の中に入れて持って来た。

「それと、私達の領地で生産している花茶を」

 とレクシアが言って籠の中に入れた缶を見せる。


 俺はそれを受け取り、ウィンデリア家の馬車でミスランに送り届けられる事になった。

 外は暗く、馬車は角灯ランタンをぶら下げながら夜道を走るのだ。


「それではお母様、リーティス。また帰って来た時に」

「ええ、あなたも気をつけて。──娘をお願い致します」

「はい。お引き受けします」

 そんな挨拶を交わし、馬車へと乗り込んだ。

 馬車の窓から手を振るレーチェ。

 馬車が動き出すとレーチェは「ふぅ」と溜め息をいた。


「なんだ、その溜め息は」

「疲れましたわ」

「お前の実家と家族だろうが。俺の方が気疲れするだろ、普通」

 そう言うと彼女は眉をひそめる。

「兄のあの性格……正直言って好きになれませんわ」

「まあ、うん。苦手な類型タイプではある」

「それに『娘をお願いします』だなんて母が言うなんて。──それに対してあなたも『お引き受けします』と答えて……。こんな事になるなんて、それもこれもあのはた迷惑な妹の所為せいですわ」

「それは確かにな」

 そう言いつつ俺は笑ってしまう。


 レーチェの実家に来る事になり、彼女達の両親に「既成事実」を吹き込んでいたリーティスによって、恋人関係から一気に婚約者のような扱いを受けてしまった。

 何から何までリーティスの手の内で転がされていたような気分だ。

 あの性悪しょうわる妹には感謝すべきなのかもと、ふと考える。


 こんな風にレーチェとの仲を深める事になった原因は、間違いなくあの妹なのだ。


 互いにかれ合うものがありながら、想いを隠してしまう性格の為に踏み出せずにいた俺とレーチェ。そうした気持ちを敏感に見抜いたリーティスの、強引なまでの権謀術数けんぼうじゅっすう

 全てはリーティスのお陰かもしれない。そんな風に思い始めていた。


「あの子にも困ったものです」とレーチェがつぶやく。

 勝手に「婚約する」かもしれないなどと、両親に吹き込んでいた事に腹を立てているようだ。

「まあまあ、リーティスなりに姉の事を想ってやった事だから」と妹をかばうと、姉は難しい顔をした。

「あなたまでそんな……、もういいです」

 などと怒った振りをする。


 俺はそんなレーチェの仕草を見て、声を出さずに笑う。婚約の事も、このまま「あり」としてもいいかな、などとその横顔を見て思い。俺はだいぶレーチェに惚れているようだと、改めて自覚したのだった。




 暗い夜道を進む馬車。客車の中は発光結晶を使った明かりがけられ、その白い光の中で俺達はしばらく沈黙していた。

 どういった話をすればいいのかと考え、持っていた編み籠の中身に視線を落とす。

「そ、そういえば、この花茶ってどんなものなんだ?」

「え? ええ……それは花弁を入れた紅茶ですわ。花の香りを残す後味が評判の紅茶です。ただ生産量が少ないので、割と高価な物のようですわ」

 それでミスランの一般的な店では見かけなかったのか。俺は納得し、クェイフからもらった蜂蜜酒は地の神ウル=オギトに一本差し上げようと言うと、彼女は「そうですわね」とだけ口にした。


 彼女は肘掛けに肘を乗せ、頬杖を突いて外の景色を見ている。

 すっかり暗くなった夜道に見える物はなく、彼女はただ視線を窓の外にむけたまま、物思いにふけっているようだった。


「そういや、旅団の連中に言っておいた方がいいかな」

「え?」

「いやだから、俺達の事」

「そ、そうですわね……。それは──遠征組が帰って来てからで、よっ、よろしいのでは?」

 それもそうかとうなずき、俺達はそれきり黙り込んでしまう。



 ミスランの街に馬車が戻って来た。

 街の門をくぐり抜けて宿舎の前まで送り届けてくれた御者に感謝し、別れの言葉を掛ける。

 さすがに街は静かになっていて、車道を走る車輪の音が静かに離れて行く音だけが聞こえていた。


 宿舎に入ると玄関から通路まで全て明かりが消え、俺とレーチェは指にめた発光結晶の指輪を使い、淡い光で周囲をそっと照らす。

「皆もう寝てしまったようですわね」

「それほど遅くはないはずだが、明かりが点いている部屋は少なそうだった」

 猫達も巣箱の中で丸くなっていた。

「それじゃぁ……おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 俺達は玄関前で別れると、それぞれの部屋へと戻って行った。

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