リーティスの計略
「それでは次の段取りをご説明します」
唐突にリーティスが言う。
妹のその言葉にレーチェが流石に眉を顰めた。
「ちょっとリーティス。またよからぬ事を企んでいるのではないでしょうね?」
「いやだわ、お姉様。私がいつ、よからぬ事を企んだというのでしょうか」
そう言いつつ目を泳がせるリーティス。
俺とレーチェは彼女に冷たい視線を向けた。
「二人共、そんな顔をなさらないでください。大丈夫、ご説明いたしますわ」
「こほん」ともったいつけてから、妹は段取りとやらの説明を始めた。
「せっかくお付き合いを始めるのが決まったのですから、オーディスワイア様を両親に会わせます。もうその話はお父様にもお母様にもしてありますわ」
「何を勝手に話を進めて……!」
レーチェが反論しようとすると、妹は手を前に突き出して、姉の言葉を制止する。
「じれったいのは嫌なので、お父様には今日の決闘についてご説明し、お姉様とお姉様が在籍している旅団の団長であるオーディスワイア様は恋人としてお付き合いする事になるだろうと、予め話しておいたのですわ」
俺は思わず「あちゃ──」という感じで、手で顔を覆ってしまう。まさかレーチェの両親に先回りしていたとは。
「あなたという人は……!」
「怒っても駄目ですわ! お姉様!」
静かな怒りを放ち始めた姉を一喝する妹。
この辺りの事柄に対しては、妹が強い権力を有しているかのようだった。
「お姉様がいけないのですわ! お父様とお母様が紹介するお見合い相手をことごとく切り捨てておきながら、自分は気ままな冒険三昧……」
「誰も気ままに冒険なんてしていませんわ!」
「ともかく、お姉様とお付き合いをするという事を抜きにしても、お姉様が副団長として役割を果たしている旅団の団長を紹介して欲しいというのは、ごく自然な事ではありませんか」
そう言われ、俺とレーチェは顔を見合う。……どうもこの妹は、もっともらしい事を言って有耶無耶にする気なのだと、互いに意思疎通を交わして頷き合う。
「おい、この妹はよからぬ事を企んでいるぞ」
「ええ、いつも強引な子なので……。こうなると妹は一歩も退きませんわ。たぶんすぐにでもクラレンスへ来いと言い出すでしょう」
そんな事をひそひそと話していると、リーティスはじろりとこちらを睨んでくる。
「そこで、明日にでもクラレンスにいらっしゃってください」
「「明日⁉」」
俺とレーチェは同時に声を出していた。
「いくらなんでも性急すぎますわ!」
「こういった事は早いに越した事はありませんわ、お姉様。だらだらと先延ばししてもなんにもなりませんわよ」
「この子は……!」
するとレーチェは剣呑な顔をして、俺にこんな事を耳打ちしてくる。
「鍛冶仕事用の魔法の金鎚がありましたわよね? でしたら、殴りつけた相手の性格を変えるような、魔法の鎚はありませんの?」
この姉も、流石に妹の強引な性格には修正が必要だと考えているようだった。
いつも耳年増な妹にからかわれ、鬱憤が溜まっていたのだろうか。
俺は「落ち着け」とだけ言ってやって、取り敢えず前向きに考える事にした。
「まあ、副団長の両親への挨拶は前々から考えていた。何しろ旅団への食料を、配給分に上乗せして分けてもらっているからな」
「それはそうかもしれませんけれど」
「まあ、いくらなんでも明日ってのはあれだな」
「大丈夫ですわ。話なら通してあると言いましたでしょう? もう二人を招待する用意は調えてあります」
リーティスはそう言って得意げにどや顔をキメて見せる。
そんな感じで雑談をしていると、団員達はそれぞれの訓練に戻っていった。
リーティスはそんな団員達の行動をきょろきょろと見回し、誰かを捜しているような素振りを見せる。
「どうした?」
「いえ、まだリトキス様は帰ってらっしゃらないようなので……。ゲーシオンに遠征に行ってらっしゃるのですよね?」
「ああ。──なんで知っているんだ?」
「それは先日、リトキス様から手紙をもらいましたので」
「へえ? 手紙を……」
それって……と考えていると、レーチェが横から口を出してきた。
「たまにあなたに届いていた手紙って、リトキスさんからのものでしたの? 気づきませんでしたわ」
「まあ、お姉様はそうですわよね。他人の色恋も気になさらないから、自分の事も疎かになるのでしょう」
「「え⁉」」
リーティスの口から思わぬ言葉が出て、俺とレーチェは同時に声を上げた。
「リトキスと恋人関係って事か? マジで⁉」
「そんな事、初めて聞きましたわよ!」
二人で矢継ぎ早に問うと、リーティスは首を竦めた。
「恋人関係──と言えるかどうかは微妙なところですが、私はリトキス様にお慕いしている事を伝えておりますわ」




