新人冒険者への対応
翌日は昼まで自宅の片付けと並行して鍛冶場の掃除をした。爺さんの荷物はほとんど無かったが、素材(錬成で使う物)保管庫を確認すると数は少ないものの、それなりに爺さんは俺に遺産を残してくれたようだと、手を合わせておく。
「あ、あのぉ~~」
俺が保管庫の前で拝んでいると、鍛冶場の入口から若い冒険者が入って来た。男一人に女二人の三人組は、ひそひそと話し合っている。
「本当にこの店なのかな」
「ここ以外に無いでしょ、ぼろくて小さな鍛冶屋って言ってたでしょ、あの男」
男の背後でそう言っている女達──なるほど、どうやら昨日の客が宣伝元(酒場等で大声で話している姿が容易に思い浮かぶ)らしい。
おそらくこの三人組は、男が話していた鍛冶屋で強化した物が予想以上の物だったと、得意げに話していたのを聞いていたに違いない。あんなふてぶてしい奴でも役には立つものだな。
「ドウイッタゴヨウケンデショウ」
俺は敢えて片言で喋り、女達を黙らせた。
「えっと……鉄の剣を強化して欲しいんですが」
そう言いながら男は、鉄の剣と硬貨が入っているらしい小さな皮袋を差し出した。
「ふむ、お兄さんは強化錬成は初めてかな?」
俺の言葉に思わず手を引っ込めようとする若者に、俺は背を向けて、作業台から離れた所にある小さな机の上から、薄汚れた布を一枚取り出した。
「これはここで鍛冶をしていた爺さんが書いた物だが、ここに書かれているように、合成素材の価格表がある。これらを店側で出す場合の価格だ。つまり君らがここに書かれた素材を持って来てくれたなら、この分は免除される訳だ」
そう話すと男は「そうだったのか」と声を漏らす。
「それにどういった強化をするかによって価格も変わるし、高度な錬成ほど失敗する危険もある。その場合は素材は失われるし、場合によっては強化する予定だった武器なども失われる事がある」
俺はそう言って、どういった強化をしたかったのかと尋ねた。
「攻撃力の強化を、あとできれば壊れ難くするとか──」
「『硬化』はそれなりに高価な素材が必要になるな、鉄の剣に硬化を施すとなると『硬化結晶』がいるからな」
男が差し出した皮袋の中身を見ると、銀貨五枚と銅貨十五枚……到底足りない。
「そうですか……」
気落ちする男の背後で「ここよりも大通りの鍛冶屋に行かない?」みたいな事を言っているので、俺は彼に話し掛けた。
「大通りの鍛冶屋だとこの金額で得られる鉄の剣の強化は、精々斬れ味が数点良くなるだけだろうな。だが俺なら二桁は余裕で超えられる」
どうだ? と男の顔を覗き込むと、少し考えた振りをして「お願いします」と答えた。
俺はその場で強化錬成を施してやった、ものの数十分だ。この程度の事(鉄の剣を鉄歯鮫の歯で強化する事)に時間を掛ける奴は、よほどの慎重派か実力が無いだけだ。
そして実力がある者が、同じ素材を同じ数だけ使ったとしても、半端者が行った錬成よりも効果は上がるのだ。
錬成した物を手渡して、冒険に行って来いと男を送り出し、女達を追い払うと俺は、鍛冶場の掃除を再開する事にした。