危機を乗り越えて
話し声が聞こえる……誰だろうかと思いながら目を開けようとすると、頬に何かが触れた。
「あっ、こら。いたずらしちゃダメよ」
むにむにと、何かが頬を押している。
「ニャァァ──」
薄目を開いて頭を動かすと、顔の側に白い猫が居て、俺の顔に前足を置いて肉球を押し付けている。
「なんだ、おまえか……」
俺が声を出すと猫は「ニャァ──」と返事をして、頭を擦り付けて来る。
「オーディスワイアさん──! 良かった、やっと目が覚めましたか」
そう言ってきたのはユナだった、近くに居たエウラが「レーチェさんに知らせてきます」と言って部屋を出て行く。
体が重い……声を出すと喉が痛くなる。──喉が渇き、空腹であり、身体のあちこちが軋んだ様な痛みを訴えている。
「どれくらい──眠っていた?」
そう問い掛けるとユナは「五日間です」と答えた。
猫は俺の顔にグリグリと頭や体を押し付けると、ニャァ──と鳴き声を上げて毛布が掛けられた俺の腹の上に乗り、その場で丸まってしまう。
「ライムもオーディスワイアさんを心配していたんですよ、毎日部屋の前で待っていたんです」
ユナはそう言って丸まっている猫の体を撫でてやる。
「……ライム?」
「この子の名前です、カーリアが付けたんですよ。ええと……『魔法剣士エリステラ』という本に登場する主人公の敵役の──使い魔? の猫がライムという名前らしいです」
何故主人公の敵役から取ったのか……主人公に使い魔は居ないのか、白い猫では無かったからか。ふとそんな事を思いながら猫を撫でてやる。
「オーディスワイアさんが戦って倒れた日から色々な事があったんですよ……」
彼女はそう言って体調はどうかと尋ねてきた。
俺は問題ない、と言おうとして咳き込んだ。五日間も横になり続けていたのだ、歯も磨きたいし、食事をして風呂にも入りたい、そう告げると彼女は少し笑った。
「ぇえと……まずは猫達、子猫も含めてこの宿舎で飼う事になりそうです。管理局の人が来て、ここで飼っても良いと許可をもらえました。──子猫は大きくなるまでですが、親離れしたら管理局で新しい飼い主を探すそうです」
「こいつは壁を越えて出て行ってしまうと思うが」
腹の上で寝ている猫を指すと彼女も頷く。
「ですね、ライム次第だという感じです。でも庭に出しても全然この宿舎から出ようとはしませんから、子猫が居るからかもしれませんが」
窓の外を見ると正午過ぎくらいの日差しが部屋に入ってくる。
「それと、鍛冶屋の方がもうすぐ完成する予定です。四日から五日後には完成するんじゃないかという事でした」
「そうか、なら仮徒弟の二人に手紙を出しておこうか。俺も早く復帰しないといけないな」
その言葉にユナは「まだ無理はいけませんよ」と口にする。
そこへ、レーチェとエウラが部屋に入って来た。
「……ひとまず、無事のようですわね」
俺の顔を見るなりそう言葉を発したが、彼女の口振りは非常に重く、暗いものだった。
「もうあの様な無茶はしないで頂きたいものですわ」
彼女は俺の体を心配しているらしかった──なんと、俺が戦って倒れたその日に、水の神が宿舎にやって来て、俺の治療をしていったらしい。旅団員達は大慌てになったそうだ。
「いくら象徴武具で水の神の力になったとはいえ、そこまで親密になるものでしょうか? そう尋ねてもはぐらかされてしまいまして……是非、オーディスワイアさんの口からお伺いしたいと思うのですが」
意外な事に、レーチェの言葉に首を横に振ったのはユナだった。
「その事も気になりましたが、問題は神様が癒さなければ、もう二度とオーディスワイアさんは立ち上がる事も出来なくなっていたかもしれなかったという事です。いくら混沌を倒す為とはいえ、そんな無茶を──もう二度とこんな事はしないでください……!」
少女の声は震えていた、俺は小さく「すまん」と謝罪し、腹の上で眠ろうとしている猫を撫でながら他に報告する事はあるかと尋ねる。
「今回の騒動の件で、オーディス団長、リゼミラさん、リトキスさん──そしてアディーディンクさんが『黒き錬金鍛冶の旅団』に加入しているという事が広まってしまったようですわ。『三勇士』の事を知っている人達の間でも噂になり、今後ますます旅団に入りたいという人が増えるかもしれませんわね」
レーチェは鍛冶屋の方ももうすぐ完成するそうですわと報告すると、リーファに消化の良い物を作らせましょうと口にして部屋を出て行く。
「……レーチェさんも本当に心配していたんですよ。凄い量の血を吐いて倒れていたオーディスワイアさんを見て、凄く動揺して……私だって、あんな気持ちになるのは二度とごめんです」
ユナは目に涙を溜めながら必死に泣き出すのを堪えている。──戦士達を守る為とはいえ、確かに迂闊だった。俺にも多くの支えなければならない仲間達が居るという事を改めて思い知った。
俺の上で眠る猫を抱き上げると、上半身を起こしてユナに頭を下げる。
俺の腕の中で「ニャァ──」と上げた猫の小さな鳴き声が、俺を責めている様に感じた──
ー 錬金鍛冶師の冒険のその後 第五章 混沌の海と神々の大地 完 ー
第五章終幕です。
引き続き第六章も楽しんでもらえれば。




