徒弟志願①
その日の午後に子供が宿舎にやって来た。鍛冶屋の徒弟募集をしていると伺いました、と言う礼儀正しい少年は「ケベル」だと名乗った。彼はシャルファーへ向かう道の途中にある街「フォルファス」に住んでいるらしい。
「わざわざミスランまで来てくれたのか、ありがとうな」
俺はそう言いながら客間に通した少年に、蜂蜜を使った焼き菓子と紅茶を出す。
少年はフォルファスの管理局掲示板で「オーディス錬金鍛冶工房」が徒弟を募集しているのを知り、駆けつけたのだと語った。
掲示板に書くという根回しをしたのはメリッサに違いない。鍛冶屋が改築されれば忙しくなるので弟子を取れと言っていたが、まさかこんな手を打ってくるとは──本当におっそろしい女である。
少年ケベルは美味しそうに焼き菓子を食べながら、彼の素性について語ってくれた。
「ぼくは、フォルファスにある小さな鍛冶屋で働いていました。主に鉱石から金属を取り出して延べ棒にする作業がほとんどでしたが。……たまに鍋や薬缶を作っていたくらいの経験しかありません」
少年の居た工房では燃結晶をほとんど使わずに、金属を溶かすやり方を行っていたらしい。それは簡単な作業では無い。鉱石から金属を取り出す熱を発生させる為に鞴を使い、溶錬炉の前で汗まみれになってきた肌の色をしている。
「うん、採用だ」
俺は少年の根性を買う事にした、向上心もあるようなので申し分ない。
「ぇ、あ、ありがとうございます!」
「あ──、だが、鍛冶屋の前に行って掲示板を見たなら分かると思うが──改築が終わるまでは作業が出来ないんだ。悪いがその間は、フォルファスの鍛冶屋で働いてもらう事になるが……」
俺の言葉に少年は「構いません! よろしくお願いします!」と頭を下げる。
甘い菓子を食べさせてくれるような働き先では無かったのだろう、フォルファスの鍛冶屋は。
「一つ質問してもいいですか」
少年は急に真剣な顔つきになる。
「ん? どうぞ」
「昇華錬成を起こしたという噂は本当ですか」
その質問が来た時に、こちらも真顔になって止まってしまった。少年は真実を察した様に喋り出す。
「ぼくは昇華錬成を起こせるような錬金鍛冶師になりたいんです。そうすれば、その錬成品は代々受け継がれて多くの冒険者を手助けできると思うから……」
「志は結構だが、昇華錬成に技法はほとんど関係ないぞ、技術よりも神々──あるいは精霊への傾倒、自然への親愛や理解といったものが、昇華という奇跡を呼び込むんだ。俺から教わったからといって昇華錬成が行えるようになる訳では無いからな、それは始めに言っておく」
するとケベルは、まったく気落ちせず「はい!」と元気良く返事をする。どうやらこの少年も錬金術の何たるかを感覚的に知る者であるらしい。
少年は仮契約書を手にしてもう一度、深々と頭を下げると意気揚々とフォルファスまで歩いて帰るのだと言う。──そんな彼に、せっかく来たのだから土産でも買って帰りなさいと銀貨を渡して少年を送り出した。




