アリエイラの告白
タイトル上部のシリーズ名『方舟大地フォロスハートの物語』から《外伝》と登場人物の設定を読める物を投稿しています。そちらもよろしくお願いします。
彼女の告白に、俺は「なるほど」と納得してしまった。あの手紙を読んだ時に、神が犯した事柄について色々と想像したが、俺の過去に関係がある事といえば思いつくのはそれくらいだった。
「あなたがこことは異なる世界で錬金術を使い、水を浄化する方法などを探っている姿を見ていました。以前からあなたは自然の力や均衡を取り戻そうと必死でした。──様々な機械から放たれる汚染物質を、汚水を川に流す事を、それらが海や空気を汚染する事を憎んでさえいた。人間の利己主義を、社会の資本主義を。そして宗教をも、あなたは憎んでさえいた」
彼女は涙ながらに訴えてくる。随分と昔の自分の事について語られているので、丸で自分ではない、別の人の話を聞かされている様な気持ちになったが、それは間違い無く自分の事だった。
「そうですよ、私はあの世界の色々なものを憎んでいました。特に小さな事柄を意味の無いものだとする大きな力に対して──。怒り、という言葉ではとても足らない、非常な憤激を感じながら生きていました」
それは昔の自分、あまりに不条理な世界と人間達に絶望し、彼らから背を向けてしまった自分。彼らに迎合する事は出来なかった、彼らの考えを変える事は出来ないのも知っていた。
だから自分は彼らを避けたのだ。慈善運動や自然保護運動をしても何にもならないと諦め、彼らとは違う道を模索していた。
「そんな姿を見ていた私は、あなたがあらゆる物を溶かす液体について研究している時に、あなたをこちらの世界に引き込んでしまったのです」
それはアリエイラが「この人をこちらに招きたい」と強く望んだ事で転移門に似た現象を引き起こし、突発的な現象として俺を連れ去る形で召喚してしまったのだという。
「……ところが、私の想いのみで開かれてしまった転送の門はあろう事か、私の本体のある湖の遥か上空に開いてしまったのです!」
わっと泣き出して顔を覆う少女。
──ぁあ、何となくだが思い出してきた……いや。これは水の神からの心象が伝わってきているせいか? やけに鮮明な記憶が蘇ってくる。
「下には湖があるとはいえ、このままでは水面に叩きつけられて死んでしまう! そう考えた私は、あなたを空中で受け止める事にしました。私の体の柔らかい部分といえば、舌しか無い。そう思い、落下してくる速度に合わせて湖から飛び出し、下がりながら舌で受け止めようとしたのです」
その時の俺からの視点で想像して欲しい。
先ほどまで地面に立っていたのに、気づくと、いきなり上空から落下していて、大きな湖から大きな──、あまりにも巨大な生き物が現れ、口を開いた時の事を。
百人中百人が「食われると思った」と答えるだろう。俺もその時にそう考えたのだ。
「私は湖から飛び出し、丁度良い感じで体が下へ落下し始めた時に、あなたを舌で受け止める事が出来ました。……しかし、あなたの落下速度が速過ぎたせいか、私の舌が柔らか過ぎたせいか、あなたは私の舌から大きく弾かれて、湖の畔近くの水面に叩きつけられてしまったのです」
「あちゃ──」と、俺は顔を手で覆ってしまった。
アリエイラは良くやったのだ。しかし、ボヨヨーーンと舌の上から弾んだ俺は、ぐるぐると回転しながら浅い湖面に落下して──気を失ったらしい。
記憶が曖昧なのは頭を打ったせいか、あるいは「巨大な生き物に食われそうになった」という恐怖から、無意識のうちに記憶からその時の事を消去しようとした結果なのだろう。
しかしその情景を、まったくの第三者視点から想像すると──笑いが込み上げてくる。
「ふふふふふふふ……ははははははは」
堪えきれずに笑い出してしまった俺を、アリエイラはきょとんとした目で見ているが、俺の笑いは止まりそうに無い。
「な、なにがおかしいのですか。あなたは危うく死ぬところだったのですよ⁉」
少女の姿をした水の神が憤慨したと訴えている。
「……はぁ──ぁ、いやぁ。舌から弾んで湖に落下したところを想像したら、可笑しくて……こんなに笑ったのは久し振りですね」
しばらくは笑い出す俺と、それを咎める少女の攻防が繰り広げられた。彼女の話によると、その後すぐに彼女の精神体──。
いま目の前に居る少女が湖にやって来て、魔法で治癒を施すと、この神秘的な建物まで連れて帰り、寝台に寝かせてから神殿付きの神官達を呼びに行き、その後であの迎賓館の一室で治療に当たっていたらしい。
魔法で外傷はある程度治療できるが、生死を彷徨う精神状態を回復させる事はできないのだ。痛みも(ある程度)残るし、意識を取り戻した後も、記憶が混濁した危険な状態が続いたそうだ。
「そこでミスランで有名な医師に治療を任せる事になり、あなたはウンディードからミスランへと運ばれて行ったのです」
その後の事は大体覚えている。
しばらくは機能回復訓練を兼ねて、こちらの世界の事を色々と知ったのだ。──周りの連中は俺の事を「記憶喪失」だと思っていたようだが。




