不正を生む病
今回の話で第三章終了です。
ちょっと暗い展開になり過ぎ? 第四章は違うといいなぁ。
鍛冶仕事で使った道具などは、冷ましてから倉庫にしまうので庭に出しておく。素材の片づけを終えると、完成した短剣を磨き、柄と鍔の儀式用に合わせた装飾を施した物を造り(庭の炉で造る)、冷ましている間に鞘の方を作製する。
──湿気に強い栗の木を使用して作る事に決めると、刃に合わせて木材を削っていき。外側に張る皮を海獣(海に住んでいないのに海獣とは──しかし、見た目は完全に海象)の皮を使って仕上げる。
金属部分は鍔や柄と同じく、銀を使って作り上げる。──装飾も刃に出来たものと似たものになる様に、注意して決定した。
庭でそうした作業をしていると、脚に何かが押し付けられた。いつもの猫だ。俺がいくつもの小道具を出して、作業をしているのを見て邪魔しに来たのか、道具をしまっている木箱の上に寝転ぶと、背中を押し付けて痒い所を掻き始める。
白い腹を見せているのでくすぐってやると、前足や後ろ足で手を掴み、噛みついてくる。──じゃれているだけなので痛くは無い。
「ほら、背中を掻いてやるからそこをどけ、道具がしまえないだろ」
ガジガジと指を甘噛みする猫を退かして、小道具をしまうと、庭で猫とじゃれ合った。今日はなんだか積極的に絡んで来る、俺の手が傷だらけになる前に猫じゃらしでも作る方が良さそうだ。
道具をしまうついでに、煮干しと牛乳を持って行くと猫は喜んで、それを口にする。
おっといけない、こんな事をしている場合じゃない。すでに完成した短剣を管理局に持って行かなくては。
よもや自分でも、これほど早く完成させられるとは思っていなかった。二回くらい失敗するんじゃないかな、くらいに思っていたのだが。材料(特に今回は普通手に入らない物)を無駄に失わずに済んだのは本当に良かった。
この短剣を使って行う儀式とは、水の神アリエイラの住む都市ウンディードで、密やかに行われる密儀らしい。神殿関係者など数名で執り行われる儀式らしいが、一般人には公開されていない。
なにしろ水の神が住むという湖自体が、神聖な場所として立ち入り禁止なのだから当然と言える。地の神ウル=オギトによれば、綺麗な水を常に供給する為の重要儀式だという事だ。
そんな重要な儀式に自分の造った物が使われるとは妙な気分だ。もちろん嬉しいし、光栄な事だとも思う。
管理局へ向かう道すがら、次第に空の色が夕暮れに近づきつつある。焔日の光を肌に感じる。暖かい光を。
空気には微かに季節の変わり目を思わせる匂いを感じる、風が建物の間を通って新しい空気を送り込む。
乾いた地面の匂い、大通りに出ると踏み固められた地面と、歩道に敷き詰められた石畳に、人々の生活の歴史が刻まれている気がした。
管理局に魔法の短剣を届けると報酬を貰えた。さすがは神殿──神様からの依頼だ、報酬額も半端ない。
管理局の総合受付を出ると、メリッサにばったりと出会った。俺は彼女に誘われて管理局内にある庭園で、話を聞く事になった。
「不正旅団の八名ですが、その統率者の女──、どうやら元管理局員だったようなのです。管理局員時代では、それなりに優秀な人材だったらしいのですが、どこで道を踏み外したのか……それは、七賢者の一人と関わった為だと判明しました」
「おいおい、上層部の人間だろう」
「彼女は以前、七賢者とも接点を持てる地位に居たのですが、七賢者の一人に嵌められて、祭儀で使う『黒翡翠の指輪』を紛失した事を理由に、管理局を追放されたのです。この事が発覚したのはつい先日の事でした、いくつかの横領疑惑のある七賢者の自宅を調査したところ、黒翡翠の指輪が発見されたのです」
俺は呆れてしまった。そんな物が欲しくて人を陥れ、紛失したとみせて盗んでいたのか。宝石に取り憑かれて争いを起こしたり、人を殺したりする者も居ると言うが──
「それで? その七賢者はどうなった」
俺の言葉に重々しく頷くと、彼女は続きを話してくれた。
「管理局上層部の事です。こんな事が多くの人に知れ渡ったら、管理局への不信感を与えるという事で内密に処理されました。個人的には、そういった出来事があった事を周知させ、二度と起こらないようにするのが権力者の、公共の立場にある者の務めだと思うのですが。──ともかく不正を働いていた七賢者と、彼に関わり不正の手助けをしていた二人の管理局員を、処分しました」
処分──その言葉に重いものを感じた。その三人は、あまりにも悪質な違反を犯して、私腹を肥やしていたらしい。
「もう一人の賢者についても、不正の証拠が認められました。こちらは悪質なものでは無かったのですが、不正は不正です。彼の職務権限は失効され、ミスランから追放されました。今は五人の賢者となっていますが、おそらくこのまま五人で続けていく形になるとの事でした」
管理局内の体制も今回の件で清浄化されたのであろうか。人の中には「他人よりも満たされたい」だとか「他人よりも楽をしたい」だとかいう感情があり、それが彼ら自身の足を引っ張り、時にその感情が他人を貶める。……混沌は人間の心の中にすら、しっかりと根を張っている様である。
悪意しか撒き散らさぬ者は処分し、残った者で世界を回して行く。──健全とは言い難いかもしれない、それでも我々は、出来うる限り誠実さを持って生き続けたいと望むのだ。
我々を導く神はこの世界には居ない。ただ彼らは、人間を見守り続けるだけなのだから。自分達の事は自分達で、より良い方へ導かなければならない。この方舟には定員がある。当然ながら自分勝手な者や、悪意に蝕まれた者などを、乗せている余裕は無いのである。
ー 錬金鍛冶師の冒険のその後 第三章 秩序と断罪 完 ー
読んでくれた人に感謝。
せっかく各話ごとに感想が送れるようになったのだから、章の終わりくらいは(章を読んだ)感想をもらえないかなぁ~~
それではまた、この物語の続きでお会いしましょう~




