イド
「じゃあ、ここが何をしている場所なのか教えてあげよう!!
まず、漢御くん。どうして2枚の死因の異なるカルテが存在したと思う?」
俺は死に絶望していた。答える気などおこるはずもない。
「そうか、答えられないか。
じゃあ、次の質問だ。
君の横に、このカルテの男性がいるだろう。
たしか珍保子玉太郎くんだったかな?その男性の体をよく見てごらん。」
俺は絶望のなかにいながらも、真実を知りたい好奇心はあった。
答える元気はないが、見る元気はある。
「な、ない。腹の中が空っぽだ。まるでライオンに喰われたみたいに空っぽだ。」
「そうだ。空っぽだね。
じゃあ、最後の質問だ。どうしてこの病院は日本でも有数の大病院になったのかな?」
その時、俺はちらばった点の中で、一本の線が見えた。
「まさか、臓器売買...」
「そう!正解だよ!やはり君は、いいね!!殺すのが惜しいぐらいだよ。」
俺の中で怒りという感情が大きくなっていく。もう絶望などは知らない。
「どうして!!そんなことをするんだ!!人を助けるのが病院だろ!!人を殺す場所じゃない!!」
院長は俺の怒りを鼻で笑った。
「全く、首輪もないガキはこれだ。
わかるかい?病院はな人を救う場であり、人を殺す場でもあるんだ。
そこを忘れるな。
私も若いころは君と同じような人を助ける使命感で働いていた。
いや、君以上に働いていた。君はサボりすぎだ。
だからこそ、直面したのだ。現実に、人を助ければ助けるほど、自分の生活が苦しくなっていくのだ。
自分が死んでしまうのだ!!
私は、その時に思った。私は人を助けるためでなく、金を稼ぐために病院をやっているんだと。」
「だからって人を殺していいはずがない。ましてや臓器売買なんて...」
「まだガキの君は分からないかもしれないが、フロイト曰はく、人間の行動は欲望『イド』と理性『エゴ』で決まるのだよ。
私にとっての欲望、つまりイドは金を稼ぎたいというものだ。
しかし、いつの間にか臓器売買をするために人を殺すのがやめられなくなってねぇ...
そんな私のイドの深さを体現するようにこの井戸は深く暗い!!底が知れぬのだよ!!
そこに死体を棄て続けて死体で井戸が溢れた時に、私の欲望も満足するのではないのか!!」
「く、くるっている。で、でもなんで今までそんなことがずっと世間...いや、働いている人にばれなかったんだ?」
「首輪をつけるということは、飼い主の犬になることであり、飼い主のいうことを従順に従い続けるものなのだ。
つまり、君以外、私の立派な犬なのさ。
それにこの江後病院は私の世間体を保ってくれる最大の理性、つまりエゴなのだよ。
日々、江後病院でみんなの命を守るために働いているというエゴがあるからこそ、私は世間にもバレずに己のイドを満たし続けているのだよ。」
「間違っている。だからってこんなの間違っている!!」
「何も間違っていないさ!!人間誰だってそうさ。
人間のイドは暗く深い底がみえないものだ。
だからこそ、怖く面白い。
君だってそうさ、どんなにダメだけれどやりたいことはあるだろ。
その時に、条件と大義名分があれば行動するものなのだ!
君も私も一緒さ。
所詮、人は欲深い生き物だよ。だから人間は悲しく・美しいのだ。」
もう返す言葉がなかった。院長の言葉に納得してしまった自分がいる。
「じゃあ、君もこの病院のますますの繁栄のために死んでくれないか?
安心してくれ、ちゃんとカルテも書いておこう。
何がいい?
病死か?
事故死か?」
そう言いながら、院長は井戸に蓋をする。
だんだんと消える光の中で、俺は気付いた。
本当に怖いのは、
幽霊じゃない。
人間だ。
人間の井戸のように深く暗い欲望だ。
そして、欲望は誰にでも存在する。
無事完結です。ありがとうございます。




