井戸
どうして井戸があるんだ。
まさか、あの江後病院の噂は本当だったのか。
もしかして、中から某ホラー映画みたいに、白い服を着た幽霊が出てくるとかいうオチはないよな?
しかし、気になってしまう。
怖いと分かっていても、危ない好奇心だと分かっていても、進んでしまう。
コンパスは井戸の方向を指していた。
おそるおそる俺は井戸を覗いた。
中には何があるのだろう。
ここで、俺は当初の目的を思い出した。
「探検か...まさにって感じだな。」
そんな冗談を言いながら、俺は井戸の中を照らした。
思わず言葉を失った。
「ひ、人がいる。それも死んでいる。」
動揺する俺の心と違って頭は冷静だった。
そして、俺は深い闇の中にしまいこんだ記憶を掘り漁った。
「俺は、知っている。この井戸の中にいる人を知っている。
でも、思い出せない。多分、知ってはいけないと思い、記憶から消したんだ。」
その時、俺は自分の背中にひどく重力がかかったような気がした。
「違う。重力じゃない。押されたんだ。誰かに」
スローモーションのような世界で俺は、誰に押されたのかを確認した。
「い、院長...どうして...」
ドスンという音とともに俺は気を失った。
どれくらい時間がたったのだろう。俺は腐敗臭のようなにおいで目が覚めた。
「く、くさい!!うわぁぁぁ!!」
そりゃ、驚くのも無理はない。
井戸の中には死体だらけなんだから。
だが、大量の死体がクッションのような役割になって俺は助かった。
「まさか、死者に救われるとは...」
これからどうしようか悩んでいた時だった。
「目が覚めたかね。」
院長の声だ。
「院長!どうして、こんなことをするんですか?早く、俺を助けてください。」
院長は、いつものような人当たりのよい笑顔のままだった。
「だめだ。君は、知っていないつもりかもしれないが、見すぎてしまったのだ。」といって
右手に紙を2枚持って、ヒラヒラさせた。
「これには見覚えがないかね?」
それはカルテだった。
俺がさっきから、思い出せなかったものだ。
そうだ。
保管室で、偶然見つけてしまった不自然なカルテだ。
「そうか、俺が井戸の中で見たことがある死体はそのカルテの人だったのか。」
「そうだ。それを見なければ君は、こんなことにはならなかった。
いや、君はむしろ懸命な判断をしていた。忘れようとしていたじゃないか。
ナース長を通して、君を見張らせていたんだが、実に懸命な判断をしていた。
だからこそ、ここ数か月は平和だったろ?何もないぐらいに。」
少しの静寂が訪れた。まるで俺に状況の整理をさせるかのように
「でも君は本当に運が悪かった。
まさか、探検ごっこやらハッキングごっこをするなんて、
今まで、カルテの謎を解き明かそうとする輩がいたが、そういうやからの処分はたやすかった。
しかし、君は例外すぎる。
急なことだったので、私の服を見ればわかるだろう。
パジャマだ。パジャマ!もう寝るところだったのに!
地下室に侵入者が入ったという知らせがあったから、急いで来たら、陰キャの君だ。
迷わず背中を押したよ。 すこし、しゃべりすぎたね。次は君の番だ。」
「俺は、この地下室に来るまでに幽霊を見たんだ。やっぱりこの病院には幽霊がいるのか?」
「そんなしょうもない事を考える人間になったのかね?
私は君の幽霊に対する考え方というか現実的な考え方を評価していたのだよ。
君は面接の時に、私が幽霊はいると思うか聞いたときにこういったろ。
幽霊はいない。幽霊は自分が恐怖心から生み出した想像上の存在なんだって。
君はハッキングごっこで適当にエレベーターのボタンを押したろ?
その時に、偶然...全く不幸な偶然...いや、幸せな偶然だな。
この地下室へ行くためのパスワードを押していたのだよ。
その時の、エレベーターの異常な動きが君の恐怖心を駆り立て幽霊を作ったのだろう。」
「で、でも懐中電灯やコンパスの異変があったんだ。あれこそ、幽霊のいた証拠だろ!!」
「それかね。それはいつもとことなる動きをするエレベーターのせいで磁場が乱れたのだよ。全く偶然というのは面白いものだ。」
俺は、あれほど軽蔑していた、幽霊を信じる人間と同じ思考をしてしまったのだ。
自分が情けない。
しかし、日常の変化に生きている感覚を楽しんでいた。
「幽霊も悪くないな。」
「感傷にひたっているところ悪いが、私は帰らせてもらうよ。」
「待て!!その前に俺を助けてくれ。ここは見なかったことにしておく。だから...」
さえぎるように院長が話した。
「ダメだよ。何度も言ったろ?君は見すぎてしまったんだ。忘れるとかそういう問題じゃない。君は踏み込みすぎたんだ。このまま死んでもらうよ。そこで一生。」
「でも、俺は見ただけで、ここが何をする場所なのかを全く知らない!!」
「あ、そうだね確かに見ただけで知らないんだもんね。確かにそれで死ぬのはかわいそうだよね。」
た、助かった。
やっぱり話せばわかる人じゃないか。
ホッとしたその時だ。
「じゃあ、教えてあげよう。
ここが何をする場所なのか。もう死なないための言い訳はさせない。
君は死ぬんだ。それが偶然でも、必然であっても死ぬんだ。」
明日、21時に最終回更新します。




