第6話 七魔人
「魔人だって……?」
「そう、魔人。今、私達の世界はそいつらのせいで滅亡の危機に瀕しているの。アンデッドが出現するようになったのも元を辿れば、その魔人達の仕業なの」
アニーの声には、怒りが滲んでいた。
ただでさえ異世界にきただけでも、詩朗には大変だというのに、しかもその世界は滅亡の危機に瀕しているという。
詩朗はさらに詳しく聞いてみる。
「その……、魔人っていうのはいつ頃から現れ始めたんだ?」
「もう1年半ほど前になるわ。ワラキアの王都に突如、7体の魔人が現れ王都を壊滅状態にさせたのよ。その際に多くの人間が殺されたわ……」
「魔人って7体もいるのか?」
「えぇ。確認されているのは全部で7体よ。
私達はその魔人達のを七魔人と呼んでいるわ」
それからアニーは深呼吸をすると、7体の魔人の名前を述べていった。
色欲の魔人スクブス。
強欲の魔人コボルド。
暴食の魔人ケルベルス。
怠惰の魔人フェニキス。
憤怒の魔人ユニコール。
嫉妬の魔人マーメイル。
そして、それらを率いているとされるリーダー格の、傲慢の魔人グリフィス。
この7体の魔人がアンデッドを率いて、今のワラキアを支配しているという。
「その魔人達は強いの? 戦っておいだせないのか」
「強いなんてものじゃないわ。今まで多くの者が挑んだけれど、全員殺されたわ……。次元が違うのよ。昨日戦ったフックなんか、魔人達の足元にも及ばない。魔人と比べたら、雑魚もいいところよ」
「そんなに……」
アニーはきっぱりと言い放った。
昨夜戦ったフックでさえ、倒すのに苦労したというのに、それが雑魚扱いとは魔人達はどんな強大な力を持っているのだろうか。
「それで俺が昨日変身した姿と、魔人達が似てるって言ってたけど、その魔人達も鎧を纏ったような姿なのか?」
「はい、私も遠くからですけど目撃しました。あなたが黒い魔人の姿に変貌し、アンデットを倒すところを。私以外にも多くの団員が目撃しています。……貴方には分からないしれませんが、魔人と同じ姿になれる者を野放しにはできません」
クレティアは唇を噛みしめた。
クレティアの言葉に詩朗はいたたまれない気持ちになる。
そんな詩朗に追い打ちをかけるように、サリーが言葉をぶつける。
「騎士団の中には、君の事を魔人側のスパイなんじゃないかって言う奴らもいる。記憶喪失のフリをしてな」
「ス、スパイ!? 俺そんな事しないし、できませんよ。自分自身だって、どうしてあの姿になれたのか分からないのに 」
詩朗は思わず、鉄格子を掴んで反論する。
何故この世界に来たのか、何故魔人と呼ばれる存在に変身できたのか分からない上に、敵のスパイ扱いされるなんて、ごめんだ。
「……俺がもしスパイだったとしても、アニー達をアンデットから助けたりしないと思います」
「分からないぜ。アニー達を助けたのは、俺たちの信用を得るためっていう可能性もある」
「そんな事、言われたって……」
サリーの表情は先ほどまでのひょうきんな顔つきとは、うって変わって鋭いものになっていた。
その風貌に威圧され、詩朗は萎縮していまう。
そんな詩朗を見かねたのか、アニーが助け船を出す。
「待って下さい、団長。魔人達ならこんなスパイを送るなんて、回りくどいやり方はしないはずです。それに……」
アニーは詩朗の方をチラッと見て。
「……スパイにしては臆病すぎると思います」
アニーの発言を聞いて、ぷはっとサリーが吹き出す。
「ははっ、それもそうだな。俺も別にスパイだなんて思ってないよ。あくまで他の奴らが言っているだけだ。スパイにしては気の抜けすぎた顔をしてるしな!」
「むぅ……。スパイ扱いされないのは良かったけど、何かこう腑に落ちないのは何故だろう……」
「悪い、悪い。ちょっとからかっただけだ」
サリーの表情が鋭いものから、陽気なものに戻った。
とりあえず、疑惑が解けたようで良かったと詩朗は胸をなでおろした。
アニーが詩朗に尋ねる。
「詩朗は、どうやってあの姿に覚えていないの?」
「うーん。それがあの時は無我夢中だったから、よく覚えていなくて」
あの時、何か突き動かされるように言葉をつぶやいた事だけは覚えている。
そして、あの姿へと変貌したのだ。
生死の淵をさまよった時、頭の中に男が戦っている映像が流れ込んた事も覚えている。
ただ詩朗はその男の事など、知り合った事などない。
あの男は誰なのか?
魔人の姿になったのと関係があるのは間違いない。
アニーが言ったこの世界を支配しようとしている魔人達、そいつらとも関係があるのだろうか?
そんな詩朗を尻目に、クレティアが懐から懐中時計を取り出した。
彼女は時刻を確認すると、サリーに「団長、時間です」と伝えた。
「おぉ。そういや、これから会議だったな。
じゃあ、詩朗君。申し訳ないが、今日はこの辺
にさせてもらう」
「何かあるんですか?」
「君のこれからの処遇についての会議だ」
「大丈夫なんですか? 研究のため、解剖されたりとかはしないですよね?」
詩朗はこれからの事を思い、びくびくした。
その様子を見て、サリーはまたもや噴き出した。
「はは、さすがにそうはならないから安心しろ。────君がスパイじゃないとしても、悪意が無いとしても、当分は自由にさせておく事はできない。さっきも言ったが、魔人になれる君を恐れている連中もいる。それまでここにいてくれないか」
「……わかりました。正直不安だらけですけど」
「すまない。上の連中にも君の待遇を良くできないか、かけあってみるよ」
サリーは手を振ると、クレティアとアニーにも「行くぞ」と声をかけて、部屋から出て行った。
クレティアは「では、失礼します」と丁寧に頭を下げて、サリーの後ろをついていく。
アニーも後に続くかと思われたが、詩朗のいる牢屋の前に立ち止まり、詩朗に謝ってきた。
「ごめんなさい。こんなところに居させてしまって。こうでもしないと、あなたの力を危険視する人達が黙っていないもの」
「まぁ、仕方ないと思うよ。自分自身なんであの姿になったのか分からないし」
詩朗はなるべく顔を緩ませ明るく話したが、胸の奥はこれからの事に対する不安が渦巻いていた。
そんな不安がアニーにも伝わってしまったのか、彼女は表情を硬くする。
両者の間に流れるなんともいえない空気。
そんな状況を変えるするためアニーはふぅと息を吐き、表情を緩ませる。
「そういえば、まだ伝えていなかったわね。ベルの事」
「そうだ! ずっと気になってたんだ。ベルは無事か?」
詩朗は鉄格子を掴み、できる限りつめ寄ろうとする。
「多少のすり傷はあったみたいだけど、無事よ。フック達に捕まった3人の子供も無事に保護されたわ。手足は折られていたけど命には別状はないと聞いたの」
「そっか……。良かった」
ベルの無事を聞いて詩朗はホッと胸をなでおろした。
「……あなたが居てくれなかったら、全員死んでいたかもしれない。私じゃ、ベルも捕まっていた子供達も助けられなかった……」
アニーは悔しさのあまり、唇をキュッと噛みしめる。
その瞳には涙が少し滲んでいた。
それを見た詩朗は、アニーを励ます。
「そんな事ないよ。アニーは俺やベルを守るために、必死で戦っていたじゃないか。そんなに自分を責める必要はないと思うよ」
「……ありがとう。そう言ってくれると嬉しい、励みになるわ」
彼女は瞼に残った涙をぬぐいながら、少し笑みを浮かべた。
どうやら多少は元気を取り戻したようだ。
「あっ、そうだ。ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「どうしたの?」
「向こうの牢屋にいるカウロス、どういう人なの?」
「あっ……、話したの?」
「うん。ちょっとだけ」
アニーは目を一瞬開いて、バツの悪い表情をする。
詩朗は彼女の反応を不思議に思ったが、その疑問はすぐに解けることになる。
アニーは牢屋にいる少年を一瞥してから口を開いた。
「彼の名はカウロス、カウロス・アルジェンタール。────私の兄よ」
「えっ?」
アニーの言葉を聞いた詩朗は、驚きのあまり口をぽかんと開けた。
なぜ実の兄が牢屋にいるのだろうか。
何か犯罪を犯したとでもいうのだろうか。
「アニーのお兄さんだって? どうしてこんな
ところに?」
「それは────」
アニーが説明しようとした時、扉を開けてクレティアが顔をのぞかせてきた。
「アニー。何をしているんですか? 早くしないと会議に遅刻してしまいます 」
「わかったわ。ごめんなさい、詩朗。もう行かないといけないから、また今度話すわ。いろいろ不自由を押し付けてしまうけど……、何かあったら相談して。私に出来ることがあるなら協力するから」
アニーは何度目か分からない謝罪をした。
詩朗は頭を掻きながら、仕方ないなぁと思いつつも返事をする
「まぁ、用事があるならしょうがない。とりあえずはここで大人しくしておくよ」
「迷惑をかけるわね。また来るから」
そう言ってアニーは慌ただしく、部屋を出ていった。
先ほどまで騒がしかった部屋に静寂が満ちていく。
詩朗は向こう側の牢屋にいる少年を見つめる。
少年はこちらに背を向けた状態で、ベッドの上に横たわっていた。
寝ているのか微動だにしない。
たった30分ほどの応答だったが、疲れがドッと押し寄せてきた。
詩朗は少年から視線をそらし、ベッドに仰向けに倒れこんだ。
昨日と今日で起きた事がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
そして、物言わぬしゃれこうべとなった子供達の事が思い出された。
あまりの生々しい姿に詩朗の記憶に強烈に残っており、思い出すだけでも吐きそうになるくらいだ。
それを振り払うように瞼を閉じて、考え込む。
(どうして、俺はここにいるんだ……?)
詩朗が発現させた魔人の力。
なぜそんな力が使えたのか分からないが、記憶の中の男がカギを握っているのは間違いない。
詩朗をワラキアに呼び寄せたのも、記憶の中の男の仕業なのだろうか?
考えられる理由としては、この世界を脅かしているという魔人達から、世界を救うために力を与えて呼び寄せたのかもしれない。
漫画やアニメだとよくあるシチュエーション
だが、記憶の中の男は自ら異形の魔人に変身して戦っていた。
わざわざ呼び寄せなくても、自分が戦えばいいはず。
それに戦わせるなら、平々凡々な詩朗よりも
正義感が強くて身体能力が高い人を呼び寄せるべきだ。
(なぜ、俺はこの力を……?)
考えても答えは出ず、時間だけが過ぎていった。
しばらくすると、牢屋についている小窓から物音が聞こえてきた。
物音に気づいた詩朗が目をやると、くりくりとした目の少女が顔を覗かせてきた。
その姿を見た詩朗は「わっ」と驚き、ベッドから転げ落ちてしまった。
「あっ! いたいた。詩朗、元気してるー?」
「べ、ベル! どうして、ここに!?」
昨夜、助けた少女────ベル・ポリーティエがそこにいた。




