第4話 変身!
「詩朗なの? その姿は……」
今の詩朗の姿を見て、アニーは呆然とする。
目の前にいるのは全身を漆黒の鎧で纏った、赤くつりあがった瞳を持つ悪魔めいた魔人の姿だった。
「なんだ……? どうなったるんだ、俺?」
異形の姿へと変貌した詩朗自身も困惑していた。
なぜこんな姿になってしまったのか全く見当もつかない。
胸に手を当てる。
胸に風穴を空けられていたはずだ。
しかし、今はその傷も痛みも感じなかった。
詩朗が困惑している間に、4体のファースト達に命令する。
フックは今の詩朗の姿を見て、ただならぬ雰囲気を感じとり、早く排除した方がいいと判断したのだ。
「何を、ボケッとしている! 早くあいつを殺せ!」
フックの命令を受けて、すぐさまファースト達が詩朗へ襲いかかった。
その内の1体が鋭利な爪を振りかざし、突撃してきた。
「う、うわ! こっち来るな!」
襲いかかるファーストにビビった詩朗は、両手で頭を覆い隠し身を守った。
ファーストの振り下ろした一撃が詩朗に直撃する。
だが、詩朗にはダメージは入らなかった。
なぜなら、詩朗の身に纏う鎧に接触した瞬間に、攻撃したはずのファーストの腕が逆に粉々に吹き飛んでいたからだ。
「グギャア!」
消し飛んだ片腕から黒い血を撒き散らしながら、ファーストが地面に転倒し、悶絶する。
再生する間も与えず、欠損した部位が崩壊していく。
傷口が腕から肩へ、肩から胸へ、胸から全身へと傷口が広がり、完全に肉体が黒い霞を撒き散らしながら消滅した。
「す、すげぇ……。触れただけなのに」
ファーストの消滅した光景を見て唖然とする詩朗。
すぐさま別のファーストがストレートパンチを放ってくる。
今度はノーガードで、それを受け止めた。
やはり、今度も鎧に触れた瞬間にファーストの拳が砕け散った。
そして、あっという間に肉体の崩壊が始まり、黒い霞となり消滅する。
これで残るファーストは2体。
「いける。 これならいけるぞ!」
詩朗は3体目のファースト目掛けて、拳を打ち出す。
その一撃はファーストの顔面にクリーンヒットし、頭部を潰れたトマトのように粉砕する。
続けて4体目のファーストに向かって左フックをかます。
ファーストはすぐさま腕でガードをするも止めきれず、腕ごと頭を潰される。
これで2体のファーストも消え去った。
残るはフック1人のみ。
詩朗はフックを指差して叫ぶ。
「残るはお前だけだ! 2人を放すんだ!」
「チッ、調子に乗るな! お前は俺様の手で殺してやる!」
詩朗の発言を受けて頭に血が上ったのか、乱暴に掴んでいたベルを投げ捨て、詩朗に向かって駆け出す。。
「きゃっ!」
ベルは地面に叩きつけられ、小さく悲鳴をあげた。
フックは詩朗の倍もある巨体なのに、それを感じさせないスピードで迫りくる。
なぜ、このような姿になったのか。
あの頭に流れてきた男は何者なのか。
詩朗の今の姿と何か関係があるのか、分からない事だらけだ。
だが、1つだけ分かることがある。
それはこの場でフックと戦えるのは自分しかいないということだ。
今日まで喧嘩なんてした事ない詩朗には、とてつもないプレッシャーだ。
だがそれでもやるしかないとフックと対峙する。
「うらあぁぁっっ!!」
殺意を剥き出しにしたフックはその長い右腕を鞭のようにしならせて、周囲の木々を巻き込みながら横薙ぎに払う。
詩朗は咄嗟にしゃがみ込んだ。
直後、頭上をブゥン!と空技を切り裂く音と同時にフックの長い腕が掠めた。
「危ねぇ!」
攻撃が当たらなかった事に安堵するも、注意がおろそかになってしまった。
その隙をフックが見逃すはずがなかった。
フックはすぐさま空いてる左腕を詩朗へと伸ばし、真上から大きく振り上げる。
「うわっ!? 腕が伸びたっ!」
詩朗はあわてて避けようとするも、間に合わず、フックの伸ばした腕に掴まれ宙へと放り投げられる。
そして空中で身動きができない所に右ストレートパンチ。
「がはっ……」
ろくにガードもできず、詩朗は遥か後方へと木々を薙ぎ倒しながら吹っ飛ばされ地面に転がる。
「ぐっ……、がばっ……!」
痛みはあるが、立ち上がれないほどではない。
生身で今の一撃をくらったら、即お陀仏だっただろう。
痛みももう消え去った。
この姿には傷や痛みを治す能力があるのだろうか。
そうだとしたら、胸に空けられた傷が無いのも説明できる。
「何をボサッとしている!」
自身の能力に考察している場合じゃない。
フックが大きくジャンプをし、 襲いかかってきた。
長い腕で猛烈なラッシュを放つ。
ズドドドドドドド!
詩朗はラッシュの動きに合わせて、右に、左に、前、後ろと躱していく。
命中しなかったフックの攻撃が地面にクレーターを作り出してく。
詩朗は機敏に攻撃を避けていたが、このままでは埒があかない。
攻めに転じなければ。
フックも埒が開かないと感じたのか、攻撃パターンを変え、右手と左手を握り合わせ高く振り上げる。
それをハンマーのように詩朗目掛けて叩きつける。
それを前へと飛び退き、躱す。
フックの攻撃は外れ、腹部がガラ空きになる。
(今だ!)
詩朗は思いっきり力を込めた右拳を打ち出す。
そのまま腹部を貫く────かと思いきや、
まるで底無し沼に沈むように、詩朗の右腕はフックの腹に吸い込まれた。
「うげぇ!? なんだこれっ、抜けない。気持ち悪っ!?」
詩朗は腕を抜こうともがくも、もがけばもがくほど体内に吸い込まれる。
「俺様は自分の体を柔らかくすることができる。腕を伸ばしたり、今みたいにに腹を柔らかくして相手を取り込むこともできる」
フックは上機嫌に自らの力を誇示する。
(これがアニーが言っていた、セカンドの能力か!)
必死にもがくも、腕はどんどんフックの体内に潜りこんでいく。
空いてる左腕や足で攻撃しても、体内に取り込まれるのは目に見えている。
単純な打撃ではダメだ、別の方法がないか。
そう考えた瞬間再び、脳内に電撃が走り、さっき見たものとは違う映像が流れ込んできた。
それには漆黒の鎧を纏った魔人が何者かと戦っている様子が映し出されていた。
(これは一体……?)
詩朗が困惑していると、映像の中の魔人の右腕が輝きに包まれた。
すると、右腕が歪な形のかぎ爪へと変化し、朧げなシルエットの敵を切り裂く。
映像はそこで途切れた。
(もしかして、同じ様にしろっていうのか?)
もう既に肩の辺りまで腹の中に吸い込まれている。
詩朗は一か八か先程見た映像をイメージしながら、右腕に念をこめる。
(変われッ……!)
右腕が赤黒く輝きを放つ。
詩朗は腕を思いっきりひき抜いた。
瞬間、フックの腹を引き裂きながら、右手首から鉤爪が姿を現した。
「ぎゃあああああ!!」
フックは切り裂かれた腹から黒い血を撒き散らしながら悲鳴をあげた。
「おぉ、変わった……」
「お前ぇ、よくも!」
詩朗が感心していると、傷つけられた怒りに燃えるフックが左腕を伸ばして鞭のように振るう。
「うおっ!?」
詩朗も負けじとかぎ爪で対抗する。
両者の攻撃ぶつかり合った瞬間、フックの腕は容易く切り落とされていた。
「ぐぎゃあああああ!!」
左手首から先が切り落とされ、そこから滝のように黒い血が流れだし、フックは激痛で絶叫する。
もうフックの余裕は完全に消え去り、錯乱状態になってしまっている。
「ぐうぅぅ……。 何故だ、何故俺様がこんな思いをしなければならない! たかだかガキどもを喰っただけだろう! なのに、何故こんな苦痛を受けなければならないのだ!」
詩朗はフックの勝手な物言いを聞いて、物言わぬ骸になった子供達の光景を思い出した。
詩朗は子供達の顔も見たことなければ、声も聞いたこともない。
だが、その子達が受けた苦痛は想像できる。
いや、想像以上の苦痛を味わって死んだのだ。
こいつらに襲われて喰われて終わるような人生ではなかったはずなのだ。
それなのに、目の前の外道は被害者面ををしている。
その様子を見て、ふつふつと体内から怒りが湧き上がるのを感じる。
「ふざけるな! そんな勝手な道理が通ると思っているのか!」
「黙れぇ! お前は俺を怒らせた。その罪は重いぞ。 死をもって償えぇ!」
追いつめられたフックは声高らかに叫ぶ。
「うをおおおおおおお!!!」
瞬間、フックの皮膚が波打ち、背中からいくつも細長い腕が飛び出した。
その姿はまるで蜘蛛の様。
元々人間離れした外見がさらに化け物じみた姿になる。
いや化け物じみたではない、化け物そのものだ。
フックはいくつもある腕を高速で振り払った。
「死ねぇ!」
高速で振り払ったそれは周囲の木々をバラバラにしながら、詩朗に襲いかかった。
ファーストでは傷つけられなかった鎧が、いくつもの斬撃を受ける。
「ぐっ!」
詩朗は痛みに顔をしかめた。
攻撃を受けた箇所から出血する。
しかし、すぐさま傷つけられた箇所がまるで時間を巻き戻すように完治した。
詩朗は驚くと同時に納得する。
やはり胸に開けられた傷口が癒えたのは、この再生能力のおかげだったのだ。
奥の手まで使ったのに仕留められなかったフックは一瞬言葉を失うも、すぐに次の攻撃準備に入った。
背中のいくつもの腕を捻じり、螺旋状に絡ませ、1つにしていく。
おそらく次で終わらせるつもりだ。
攻撃に備え、身構える。
詩朗は自分でも不思議なほど冷静だった。
この姿の力によるものか、フックに対する怒りからか、あるいはその両方か。
理由が何にせよ、ここで倒さなくてはならない。
詩朗は覚悟を決め、フックと睨み合う。
痺れを切らしたフックが先に仕掛けてきた。
「これで終わりだぁ!」
フックは絡みついた腕をドリルのように回転させ、空気を切り裂く激しい音を唸らせながら
突っ込ませる。
かぎ爪を前に突き出し構える。
鎧の表面に赤黒い光のエネルギーが迸り、つり上がった双眸が暗闇に赤く輝く。
かぎ爪の刃先にまで光が届き、全身に力が漲る。
「行くぞ……!」
詩朗は両目の赤い残光を引きながら、フックへと突撃する。
輝きを纏う刃がフックの絡ませた腕をズタズタに切り裂いていく。
「うおおおおっっ!!」
ズバアアアッッッ!
「な、なにっ。バカな……、俺様の攻撃が効かないだと……」
渾身の一撃があっけなく切り裂かれたのを見て、フックは言葉を失う。
もはや、今のフックに対抗する術などなかった。
あとは子供達を苦しめ、命を奪った罰をその身に受けるのみ。
詩朗はスピードを落とさずにフックの首元目掛けて、右腕の鎌を振り下ろした。
「いっっけええええぇぇぇ!」
漆黒の爪が、悪鬼を切り裂く!
「ぐぎゃああああああああああ!!!!」
断末魔とともにフックの頭が宙を舞い、直立させる機能を失った胴体がドサリと地面に倒れて、黒い霞となり消え去った。
フックを倒した詩朗は、はぁはぁと大きく肩で息をし、その場で立ち尽くしていた。
(やった……。 これであいつを、倒したんだ)
フックを倒した事により、気が抜けたのか疲れがドッと押し寄せてきた。
そして、漆黒の鎧が空気に溶け込むように消えていき、詩朗を元の平凡な少年の姿に戻す。
「詩朗!」
離れたところから、ベルの声がした。
振り返るとそこには、ベルとアニーが詩朗を見つめていた。
アニーを拘束していたフックの手は、本体が消えたことにより消え去った事により、自由に動けるようになったようだ。
アニーが困惑した表情を浮かべ、訝しげにつぶやく。
「あなたは一体、……何者なの?」
「俺は────」
その瞬間、疲労の限界がきたのか詩朗は地面へと倒れ込んだ。
そのまま、意識を失ってしまった。




