第19話 異獄の森、突入
リンボシティを出てから、どれくらいたったのだろうか。
ベルは詩朗の隣ですぅすぅと寝息をたてて、眠っている。
『異獄の森』についたら、きっと激しい戦いになる筈だ。
それまではゆっくり休ませるべきだろう。
暇を持て余した詩朗がふいにクレティアの方を見ると、彼女は何かペンダントを握りしめ何やら祈りを捧げていた。
「どうか、女神様……。私達にご加護を……」
クレティアが握りしめているペンダントにデジャヴを感じた詩朗は彼女に話しかけてみる。
「クレティアさん。その手に握りしめているのは何ですか?」
「これですか。 これは女神ベルーアを表したものですよ」
クレティアは顔を上げて、詩朗に手に持っていたペンダントを見せつける。
それは銀製で作られた6枚の羽を模したものだった。
そういえば、リンボシティをアニー達に案内された時に教会についていたシンボルがこれだったと思い出す。
「遥か昔に災厄が起きて世界が荒廃し邪悪が蔓延った時に、この世界に舞い降りたのが女神ベルーアと言われているんです。女神ベルーアは6枚の透きとおるような淡い青色の羽を持ち、その力で邪悪を浄化し、荒れ果てた大地を蘇らせました。以来、人々は女神の事厚く信仰しているんです。また災厄が起きた際には再びこの世界に舞い降りて、災厄を打ち払うと」
「災厄を打ち払う女神か……」
「まぁ、おとぎ話みたいなもので、本当にいるとは思っていないですけどね。ただ、そういった女神がいればこんな苦労しなくていいいのにとおもいますけど」
「でも、最後は私達がなんとかしないと。アンデッドとか魔人からあの街を守れるのは私達しかいないんだから」
アニーがバラバラにしたディペラートを弄りながら呟く。
「アニーは何してるの?」
「ん、ディペラートの整備。いざという時壊れたら困るから」
「そういえば、アニーは将来、魔道具の開発者になりたいと言ってましたよね」
「ちょっ、ちょっと。いきなりそんな事を言わないでよ。恥ずかしいから」
アニーは頬を朱に染めて、抗議する。
「へぇ、そうなんだ」
「べ、別に、なれるとは思っていないわよ。私、無魔力者だから、簡単にはいかないだろうし」
アニーは恥ずかしさから体を縮こませる。
詩朗達が話しているとランドゴーレムの動きが止り、ジェルマンが運転席から顔を出した。
「さぁ、皆さん。着きましたぞ」
詩朗はいよいよ敵の本拠地に乗り込むのかと唾を飲み込んだ。
詩朗は隣で眠っていたベルを揺すって起こす。
「ベル、起きて。もう着いたよ」
「うぅ……」
ベルは重い瞼をこすりながら上半身を起こした。
アニー達はもう車体から降りているようで、詩朗はベルの手を引いて、車体から降りた。
「ここが、『異獄の森』……」
詩朗は目の前に光景に愕然とした。
何故なら、本来なら瑞々しい緑色をしている筈の木々達が、毒々しい紫色をしていたのだ。
まるで絵の具で塗られたかのようで現実味が感じられなかった。
「う……。なんか臭いな」
詩朗は辺りに立ち込める腐敗臭に思わず鼻を覆った。
臭いは目の前の紫色の木々から発生しており、それがまるで霧かと思いたくなるほど辺りに立ち込めていた。
ベルも同様に鼻を両手で塞いでいた。。
「なにこれ、すごい臭い!」
「アニー、これって吸って大丈夫なの? 毒ガスだったりしない?」
「単に臭いだけで、毒の効果はないらしいけど……。これだけ臭うと毒ガスとあまり違いはないわね」
少し離れた場所にもランドゴーレムが止まっており、そこからサリーとカウロスも出てきた。後は知らない騎士団のメンバーが8名ほど。
団長であるサリーは全員を呼び集めると、指示を出した。
「今から突入するわけだが……、その前にジェルマン、全員に臭い消しの魔法をかけてくれ。臭すぎて倒れてしまいそうだ」
「はっ。エアクリーナー」
ジェルマンが腕を掲げると、全身から緑の光が迸った。
緑の光がその場にいた全員に降りそそぐと、不快な臭いは感じなくなった。
ジェルマンが満足げに語る。
「効果は2時間ほどですな」
「感謝する、ジェルマン。────早速だがベル何か感じるか?」
「うん、森の中からいっぱいアンデッドの気配を感じる。それに……」
「それに?」
「アンデッドとは別に、ドクンドクンって何かが鼓動している音がする。これが〈イブツ〉なのかな」
「可能性としてはあるな。前に調査隊が向かった時は森の奥で白く光る巨木が見たと通信魔法で報告があった。さらにその巨木は生き物の心臓みたいに鼓動していたそうだ」
「生き物みたいって……」
〈イブツ〉については相変わらず謎が多いが、それもすぐに分かるだろう。
アニーがベルに話しかける。
「ベル、その鼓動を感じるって場所まで案内できる?」
「うん。分かった」
ベルの案内で一行はいよいよ敵の本拠地へと足を踏み入れた。
『異獄の森』にはファースト級のアンデッドの集団が闊歩していた。
こちらの倍の数の80体おり、呻き声をあげながら森を彷徨っている。
いくら戦闘能力が低いと言っても、これだけ数が多ければ苦戦は必須だろう。
しかし、ベルが事前にアンデッドの位置を感知できるおかげで、アンデッドの集団を避けて通る事が出来た。
途中、何度か同じようなアンデッドの集団に出くわしたが、それらも同様に回避できており、予想よりもスムーズに森を移動できていた。
それにしても相変わらずこの森は不気味だ。
木の毒々しい色もそうだが、森の中はかなり入り組んでおり気を抜けば簡単に迷ってしまうだろう。
そうこうしているうちに一行は開けた場所に辿り着き、ベルが一つの方角を指差す。
「ねえ、みんな。あれが〈イブツ〉じゃないかな」
ベルが指差した方角には巨大な樹木があった。
その樹木の幹の部分は白く光り、心臓のように脈打っていた。
先程サリーの報告と特徴が一致する。
間違いない、あれがアンデッドを生み出している〈イブツ〉だ。
一行から安堵と喜びの声があがる。
「なんだ、思ったより楽勝じゃないか」
一行の誰かが楽観的に呟いたが、それをすぐさま否定する人物がいた。
それまで黙っていたカウロスだ。
「いや、安堵するのは早い。こんなに開けた場所にいては敵からの格好の餌食になる」
「確かに、いくらなんでも簡単すぎる」
サリーが言葉を終えると同時に、ベルが顔色を変えた。
「みんな、ここから離れて! 早く逃げないと────」
ベルが言い切らないうちに、奥にある〈イブツ〉が一際大きな光を放った。
すると、それに呼応するかのように周囲から大勢のファースト級のアンデッドが土から飛び出してきた。
このままでは取り囲まれてしまうだろう。
サリーがカウロスに指示を送る。
「カウロス! 奴らを引き受けてくれ。 その隙に他のメンバーは一刻も早く〈イブツ〉に向かうぞ」
サリーに名前を呼ばれたカウロスは黙って頷いた。
詩朗も戦おうとカウロスについていこうとする。
「なら、俺も!」
「詩朗、ここはカウロスに任せるんだ。 憤怒の魔人とやりあえるのはお前しかいない」
サリーが詩朗を戒めるが、それでも大勢のアンデッドに一人で戦わせる事に腑に落ちない。
「でも……」
「詩朗、ここは兄さんに任せてあげて」
アニーはカウロスをフォローした。
彼女は複雑な面持ちで、話した。
そして、自身の兄の背中を見つめて呟く。
「……任せていいのね」
「……ああ」
カウロスは短く答えると、アンデッド達へと歩き出す。
サリーが皆に発破をかける。
「よし、行くぞ!」
カウロスをその場に残して、〈イブツ〉へと走り出した一行。
もう既に大勢のアンデッドが集まりつつあり、サリーは焦る。
「まずいな、思ったより数が多いな」
「団長、私が少し足止めします」
アニーは後ろへと振り向き、両手に持ったディペラートの内、左手に持ったものには赤褐色のアンプルを、右手に持ったものは薄緑色のアンプルをセットして構える。
「爆炎弾!」
左手に持ったディペラートの銃口から火が吹き、巨大な炎の塊となってアンデッドの群れに直撃した。
着弾した箇所が爆発を起こし、大きな火柱が噴き上がり、アンデッドの群れを吹き飛ばす。
「まだまだこれからよ! 疾風弾!」
アニーはすぐさま右手のディペラートから渦巻く竜巻の弾を放った。
竜巻は燃え盛る炎は竜巻によって、さらに燃え広がり後続のアンデッドの群れを一掃していく。
爆炎弾はアニーが持てる最大の火力を持ち、それを疾風弾が起こす竜巻によって範囲をさらに広げたのだ。
これでしばらくは群れは来ないだろう。
アニーは再び詩朗達と合流して〈イブツ〉を目指す。
「足止め成功です」
「でかしたぞ! アニー。よし、このまま一気に────」
サリーの言葉は最後まで言えなかった。
何故なら、激しい嵐が一行を吹き飛ばしたからだ。
突然の嵐に散り散りににされ、困惑している一行に、上から声が聞こえた。
「ほう……。わざわざお前達から来てくれるとはな」
「お前は……!」
詩朗は顔をあげ睨みつけると、そこには黄金色の鎧を纏ったユニコールが見下ろしていた。