第17話 会議
ドクン。ドクン。
毒々しい色の木々が生い茂る陰鬱な森の奥で、何かの鼓動の音が響き渡っていた。
ここはリンボシティから北の方へ離れた所に位置する『異獄の森』。
かつては緑豊かな自然が溢れ、様々な生物達が生息していたが、今は見る影もない。
この森にいるとすれば、腐食した身体を持つアンデッド達ぐらいなものだ。
そんな『異獄の森』に、輝く鎧を持つ者が帰ってきた。
憤怒の魔人ユニコールである。
彼は『異獄の森』の中心部に位置する、脈打つソレへと向かった。
ドクン。ドクン。
ソレの見た目は巨大な木だった。
木の幹の部分だけが風船の様に膨らんで白い光を放っており、地面に張った根っこが白い光を大地に送りこんでいた。
鼓動の音は膨らんだ幹の部分から鳴り響いている。
ドクン。ドクン。
ユニコールは光輝く幹に手を触れた。
「もうすぐ、もうすぐだ。俺の望む力が手に入る」
白く輝きを発する巨木────、〈イブツ〉は一際大きな鼓動を響かせた。
「────以上で報告を終わります」
「ありがとう、アニー。下がってくれ」
アニーは頭を下げて、後退した。
詩朗やその隣にいるベル、騎士団団長のサリー、クレティアやジェルマン、他の騎士団のメンバーが見守る中、 報告を受けたラスティーユは困り果てた様に、顎に手を乗せた。
その眉間には皺が寄っていた。
「さて、どうしたものか。 いつかこうなる事は予想していたが……」
ラスティーユはため息をついた。
詩朗達はユニコールとの戦闘の後、騒ぎを聞いて駆けつけた騎士団と合流し、事情を説明した。
街に潜入したアンデッドとの戦闘、〈イブツ〉がアンデッドを介して人間の情動で育つという事、ベルがアンデッドの気配を感知でき、なおかつ『輝きの子』と呼ばれ狙われている事、そして憤怒の魔人ユニコールが現れ、3日後にベルを渡さす様に脅しをかけてきた事、すべて話した。
その内容は周囲を驚かせた。
不安に陥る者、やり場のない怒りをぶつける者、恐怖のあまり涙を流す者までいた。
無理もないだろう、3日後には自分達の住む街が滅ばされてしまうかもしれないからだ。
今まではどうにか暮らしてこれたが、度重なるアンデッドに仮初めの平和を壊されつつあった。
未だによく分かっていないのが、何故ベルをユニコールが狙う事、そして何故ベルがアンデッドの気配を感知できる事。
ベル自身もアンデッドの気配が分かるようになったのは、最近の事らしい。
それも有木詩朗と出会ってからだ。
アニーの報告を受けて、騎士団団員の誰かが「その子を憤怒の魔人に引き渡そう! 自分達が生き残るにはそれしかない」と発言した。
ベルの前でそんな発言をするなんて、さすがの詩朗もその発言には腹が立ち、我慢ならず言い返そうとするもアニーが先に言い返した。
「何を言っているんですか! そんな事させられません!」
「だが、そうでもしなければ俺たちが助かる道はない!」
「あの子を引き渡したとして、助かる保障なんてないわ!」
「二人ともそこまでだ。今ここで言い争ってもしょうがないだろ」
サリーが二人を咎め、アニーも発言した団員も渋々その場は引き下がった。
ラスティーユは相変わらず顎に手をつけたまま、
「確かにアニーの言う通りだろう。憤怒の魔人にベル・ポリティーエを引き渡しても、それで事態が収まるとも思えない。何故なら彼らは一方的に我々を蹂躙してきた侵略者だ。今さらそんな約束を守らないだろう」
「それでは、どうしたらいいのでしょうか?」
クレティアが不安げに尋ねた。
それに答えるようにトカゲ型の鉄仮面が目立つジェルマンが答えた。
「いっその事、憤怒の魔人がいる『異獄の森』に殴り込みをかけるのは? 元々、攻める予定だったのですぞ」
「流石にそれは遠慮したいと言いたいが、他に方法が見つからないしなぁ。それに『異獄の森』には大量のアンデッドが生息している。無駄な戦闘は避け、〈イブツ〉を見つけ出して破壊する、それが一番優先すべき目標だ」
サリーが騎士団全員に伝えた所で、周りの空気が落ち込んで行くのを感じた。
元よりこちらは魔人やアンデッド達に関する情報が足りておらず迂闊に突っ込めば、無駄に死人を増やすだけだろう。
かといってこのまま何もしなければ、憤怒の魔人によって街が滅ばされてしまう。
その場にいた全員が絶望的な状況に言葉が出なかった。
そんな静まりかえった部屋に一人の少女の声が響いた。
「あの……!、あたしならアンデッドの位置が分かるから……、役に立つ……かも」
ベルは弱々しくも、周りにいる全員に聞こえるように声を出した。
「そんな、ダメよ。連れていくなんて、そんな危険な事させられない。それに憤怒の魔人はあなた狙っているのよ」
アニーは強く否定した。
それもベルの事を思っての事だった。
だが、それでもベルは引き下がらなかった。
「でも、あたしも自分にもできる事をしたいの。みんなが困っているのに何もしないなんてできないよ」
「……ならば、同行してもらおう。ベル・ポリティーエ。君の力を貸してほしい」
ラスティーユが極めて冷静に口を挟んできた。
「閣下! 辞めてください、あの子はまだ子供なんですよ」
「君の気持ちは分かるよ、アニー・アルジェンタール。だが、今はリンボシティの危機なのだ。少しでもこちらが有利になるならば、使わなければいけない。分かってくれ」
「でも……」
アニーは頭では分かっているものの、納得できないでいた。
周囲の団員達も騒ついていた。
「子供の言うことを信じていいのか」、この子に重要な役割を任せていいのか」と周囲の団員達も騒ついていた。
そんな中団員の誰かが声を荒げた。
「そんな子供の言うことなど信じられない! 戦場に連れていっても足手纏いになるだけだ。その子を守るために俺達が犠牲になれっていうのか」
その発言を聞いて、詩朗はたまらず声をだした
自分でも驚くほどの大声で。
「その時は俺がベルを……、この子を守ります!」
その場にいた全員の視線が詩朗に注がれる。
こういった事に慣れていない詩朗は萎縮しそうになるが、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「俺なら魔人の力を使って、アンデッドや憤怒の魔人とも戦えます。……余所者が何を言っているんだと思う人もいるかもしれませんが、自分だって、ベルだってこの街を守りたいんです。だから、ベルを傷つけるような言葉は言わないで下さい。あの魔人は必ず自分が倒します」
詩朗は自分でも驚くほど力強く宣言できたものだなぁと思った。
普段の自分だったら、こうは言えないだろう。
この気持ちもベルと出会ってから、誰かの役に立ちたいと思えるようになった。
ベルは詩朗がここに来てから初めて友達になろうと言ってくれたのだ、そんな子が責められる事なんて黙っていられない。
もうその場にいる誰も文句を言うものはいなかった。
「詩朗ぉ……」
ベルがこちらを見つめて、泣き出してしまった
「な、なにも泣く事ないだろう」
まさか泣かれるほど感激されるとは思わなかったので、詩朗は急に恥ずかしくなってしまった。
ラスティーユは満足げに微笑む。
「頼もしい限りだな、有木詩朗君」
「いえ、それほどでも……」
「では、皆の者そろそろまとめに入ろうか。我々の未来を決めるために」
静まりかえった牢屋に扉を開ける音が鳴り響いた。
カウロス・アルジェンタールは誰が入ってきたか確認しようと体を起こす。
「何の用だ……」
「そんなに睨む事はないだろ。顔見知りの相手に」
サリー・マーキシーが不敵な笑みを浮かべながら、壁にもたれかかった。
カウロスは隈のできた瞼をこすりながら答える。
「何をしにきたんだ」
「明後日『異獄の森』に奇襲をかける。失敗は許されない。……単刀直入に言おう、手を貸して欲しい。騎士団トップの実力を持つお前の銀魔法を」