Blue Moon
いつも通り―それは“日常”だった。
机の上に載せられているノートパソコンの画面を見つめながら、“ウカ”は物憂げにため息をついた。
いつもなら焦りながら隣の机で問題を解いているはずのルームメイトは、金曜日だということを幸いに、今晩は寮を抜け出して恋人に会っている。
浮かれながら出かけていったルームメイトの様子を思い出して笑いを零したウカは、一つ息を吐くとパソコンの電源を落として、カーテンを引いていなかった窓から月を眺めた。
暗闇に浮かぶのは、仄かに青白い月―いや、青白く見える月というのが正しいのだろう。それともウカの心境がそう見させているのかもしれない。
酷く感傷的になっている自分に気がついたウカは、苦笑しながら椅子から立ち上がり、逡巡した後でそのままの格好で窓の鍵に手をかけた。
「那糸や有華じゃ無いと良いんだけどな」
ポツリ、と笑いながら窓を開け放ったウカは、一度部屋の中を振り返った。
「バイバイ……カリア。カリアは捕まらないようにね」
誰もいない部屋に“ルームメイト”への伝言を残したウカは、二階の窓から静かに飛び降りると、寮の外に向かって歩き出した。
一人、沈黙の中を歩きながら、ウカはもう一度月を見上げた。
「冷たい月……あの時と同じように見える」
「レノ様はそういう感傷を嫌うわ」
独り言のつもりで呟いた言葉に返ってきた答えに、ウカは苦笑しつつも驚きはしなかった。
「こんばんは……きてくれたのがあなたでよかった。舞彩」
寮の外れ、林道に近い道に立っていた“昔馴染み”の少女に、ウカは微笑んでも見せた。
「ウカ……わかっているのでしょう?」
「えぇ」
訪ねられた言葉に軽く頷いたウカは、そのまま目を閉じた。
「ここなら今の時間は大丈夫……そのままやってくれれば良いわ」
反論も、言い訳も、抵抗もせずにウカは舞彩の言葉に同意して促した。そんなウカに驚いたのか、舞彩の気配が動揺したのを感じてウカはただ苦笑した。
「ウカ!」
「“裏切り者には死の制裁を”」
「っ」
一瞬、頭に血が上ったらしい舞彩にその言葉で来訪の目的を思い出させたウカは、息を呑んだ舞彩に微笑んだ。
「舞彩が私の元に来た。私への答えとしては、もう充分。腹心“だった”私がそれを破るわけにはいかない……これを貴方がレノ様に渡してくれるなら、それで私は救われる」
スカートのポケットからSDカードを取り出したウカは、それを舞彩に渡して頷いた。
「――っ」
何度か口を開き、閉じ、結局は何も言葉にしなかった舞彩は、泣き出しそうな表情でナイフを取り出し、ウカの心臓に突き立てた。
「……ありがとう」
今にも涙を零しそうな舞彩から月に視線を向けたウカの意識は、感謝の言葉を囁くのと同時に闇の中に沈んだ。
××××
最後の言葉を囁かれた舞彩は一粒、涙を零すと、ウカの心臓からナイフを抜き出し、胸の上で両手を重ねてからその場を後にした。
二度と、振り返らなかった。