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5章 怒る妹。冷める姉

「なに、これ……何で五百万ぐらいしかないの? だって、ママは私が小さい頃からおとし玉とかお祝い金とか全部貯金しているから、大人になったら全額渡してくれるって言ってた! 私を騙す気ね」


 由真は通帳に記載されている数字を信じられない様子で見ている。

 通帳の中身。それは由真達親子が生活していた記録だ。


 一冊目は、父、雅彦の名義。光熱費や保険関係。マンションのローンなど引き落としがメインの通帳。これの残高は十万を切っている。

 二冊目は由真の母親名義の物。如月真帆。そう書かれている通帳は、働いていた会社からの給料が振り込まれていた。残高はこちらも十万ない。


 そして、最後の一冊も父親の名義。通帳の残高は五百万と端数が少しだけ。

 先日、保険会社から死亡保険が振り込まれた金額が三百万。男性の死亡保険としては少ない。それを不審に思って過去の記録を遡って行くと納得できる。

 父、雅彦は六十二歳。六十歳で定年を迎えると退職金が振り込まれていた。その金額は二千万。

 一千五百万をマンションのローンにあてている。残りの五百万は少しずつ下ろして二百万まで減っていた。


 しかも、父は昔から入っていた保険を解約している。その解約した保険のお金が振り込まれていた。その金額は三百万ほど。それもない。

 その後、また新たに安い保険に入り直したらしい。それが、今回死んだ後、保険会社から振り込まれた三百万だ。

 どうして、そんなにお金が必要だったのか。長年入っていた保険を解約してまで。それは由真の母親のためだろう。


 由真の母親は、半年前に病気で亡くなっていた。その治療費に使ったのだ。だから、由真への遺産と呼べるものは、この五百万だけ。

 ちなみに相続税は菫が由真の分まで負担した。さすがに、未成年の妹名義の金は残してやりたいと思った。姉としての気持ちだ。


「私の通帳は? 私の名前の通帳見たもん!」


 由真があきらめきれないと菫を見る。


「あなた達が住んでいたマンションから見つかった通帳はそれだけよ。私も、あなたの名義の通帳がないのは変だと思って、武井先生に通帳開示請求をお願いしたわ。その結果、あなたの口座は解約されていた」


 通帳開示請求。それは、弁護士や警察を通し、銀行にその人の口座がないか確認出来るもの。

 それを菫も行った。

 その結果、由真名義の物は全額引き出された後、解約されていた。由真の児童手当や貯めていたお年玉を使うくらい生活が厳しかったようだ。


「そんな……。なら、この家は?この家の名義は誰なのよ!」


 由真は、この青山の家を思い出したらしい。十四にしてはしっかりしていると菫は苦笑する。


「残念だけど、この家は、私の母の物よ。父親は養子だったの聞いていない? ちなみに名義は私になっているわ。私の母の家だもの。あなたには関係ない。これで満足?」


 青山の家は、元は菫の母親の生家。

 母親が死ぬ前に家の名義を菫に変えたらしい。その事実を知ったのは、つい先日。お金の件で武井先生と話していた時だ。おかげで相続税や固定資産税に菫が立ち眩みを感じたのは言うまでもない。

 どうして父親が家を出てマンションを買ったのか。その理由は、青山の家が私の名義だったからだろう。


 さすがに長年繰り返してきた浮気や金銭の問題で、この家に住むことは憚ったらしい。あんな最低な父親にも良心が残っていたことに驚いた。

 それとも、由真の母親が他の女と住んでいた青山の家に入ることを嫌がったのか、それは、もうわからない。


「……このお金じゃ大学行けない」


 現実を思い知ったのか、由真が俯き呟いた。

 どこの大学や学部を狙っているのか知らないが、けっこうお金がかかる所に行きたいらしい。


「医学部とか薬学部に行きたいの? 行きたいなら、私がお金融通するけど? もちろん将来返しなさいよ。私から借りるのが嫌なら、奨学金と言う名の借金もあるから調べたら?」


 私立の医学部だと一千万は超える。それだけ医者になるには頭とお金が必要だ。

 だが、研修医を経て医者になると元も取れる。

 ある私立の大学病院は、一カ月、休みはなし。朝も夜も関係なく働いて、月収は一千万と聞く。国立の病院は、同じ条件で働いて六百万ほど。

 差はでかいが、将来お金には困らないだろう。奨学金も余裕で返せる。


「……教えない。もう、寝る」


 由真は今にも泣きそうな顔を上げた。そして、菫を睨みつけると、通帳を掴んで居間から出て行った。


「由真! ご飯どうするの? お腹空いているんでしょ? それにお風呂は入りなさい。明日、学校でしょ?」


 菫も由真の後を追い駆けて、階段の下から声をかけてみるが返事はない。

 どうやらふて腐れたらしい。

 思ったよりも遺産が少なくて傷ついた様子だ。


「……とりあえず、ご飯作るか」


 居間に置かれたままになっていたスーパーの袋を持つ。そのまま台所へと移動すると、ダイニングテーブルで材料を取り出す。

 冷蔵庫に入れるのを忘れていた魚や肉は短時間だから問題ないと判断した。どうせ食べるのは菫だ。一人暮らしの時も、賞味期限切れの食材を気にすることなく、平気で食べていたことを考えれば余裕だ。

生鮮食品を片づけると鍋に水を入れて火にかける。


 電気やガス、水道は青山の家に住むと決まった一週間前にそれぞれ連絡し、今日までに使えるようにして貰っていた。

 古い家だから、勿論オール電化などと言う現代的な設備はない。プロパンガスにガスコンロ。菫には、こっちの方が馴染深い。

 火の様子を確認した後、菫はトマトを取り出した。トマトを一口大に切ると、鍋でベーコンを炒め始める。


 その後に、トマトや玉ねぎを入れると水を加えて煮立たせた。

 すぐに出来て簡単なスープ。トマトは、菫の大嫌いな野菜の一つ。それを嫌々ながら食べる理由。それはトマトには老化防止の作用があると聞いたからだ。

 菫も、もう三十二歳。年々身体の衰えは身にしみるお年頃。

 今食べている食材、肌につけている成分は、十年後身体に現れる。美容に執着を持っている友人に言われて以来、適当だった食生活を菫は改善した。


 海人と離婚してから、スーパーやコンビニ生活を止めて自炊メインに切り替えた。それまでは、毎年のように風邪を引いていたが、それもなく、すこぶる身体の調子が良い。しかも、痩せた。

 自炊が嫌いだった菫が、少しだけ料理が好きになった瞬間だった。


 それから、同じように老化防止の食物、ゴボウを使って、牛肉とゴボウの炒め煮。それに、千切りにした、にんじんにオリーブ油や塩、オレンジを混ぜ合わせたサラダ。にんじんは冷え性に良いと聞く。

 それらを作り終えると、居間に運びテレビを見ながら食べ始めた。

 多めに作っておいたから、お腹が空いたら下りて来て由真が食べるだろうと思い、菫は由真に声をかけなかった。


 由真が両親を立て続けに亡くして落ち込んでいるのは、菫にも良く分かる。しかも、遺産があると思い込んでいたのに、それもない。

 好きでもない姉と暮らさなくてはならない。ストレスも溜まるだろう。

 でも、菫にも消化出来ない感情があった。

 そのわだかまりが、由真と仲良くなれない、近づけない理由であるこを菫は自覚していた。


「……あいつ、また明日来るのかな」


 海人のことを思い出すと、菫は知らず知らずの内に溜め息が出る。良い別れ方をしなかった。そんな想いが、まだ菫を苦しめている。

 海人と、また会うことになった偶然に菫は今後どう対処したら良いのかわからなかった。

 ゆっくりとご飯を食べて片づけをすると、もう夜の十時を過ぎていた。由真は姿も見せず、結局ご飯は食べないらしい。


「……明日のご飯の仕込みでもして寝るかな。明日は掃除で忙しそう」



 お風呂に入り、朝ご飯を仕込んで菫も眠りについた。

 姉妹が初めて一緒に住んだ一日目は、絵に書いたように散々な日となった。


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