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ブクマ、評価、いつもありがとうございます!読んでくれて感謝です!


 素晴らしい、の一言だ。


 声もなく広げられたドレスを見つめていた。


「気に入ってもらえたようだ」


 マリーベルの反応に満足そうに呟くのは、テオドールだ。今夜の夜会にマリーベルをエスコートするために用意した物だ。

 もちろん、色は濃い緑。

 テオドールの瞳と同じ色。

 肩のないドレスはマリーベルが好んで着るドレスよりも露出が高いが、意匠のおかげか上品だ。胸から腰までは繊細な花の刺繍が赤で施されており、ドレスはふんわりとしていてたっぷりと使った布が美しい陰影を作っていた。フリルやリボンをほとんど使っていないため、子供っぽさはなかった。


「それから、これを」


 そう言って差し出された箱を受け取る。そっと箱を開けると、中からはドレスに似合いそうな大ぶりの首飾りと耳飾りが入っていた。こちらの色も少し薄いが緑だ。


「素敵」


 ぽつりと呟き、首飾りを手に取ってみた。ずっしりとした重みが宝石の存在感を示している。


「これを着たら、君は私のものだと皆が分かるだろう」

「ありがとう」


 その独占欲に、思わず頬を赤くした。テオドールと一緒に過ごすようになって気が付いたのだが、彼はものすごく独占欲が強い。

 色もそうだが、一緒にいればどこかしらに触れている。髪だったり、頬だったり、手だったり。初めの頃は恥ずかしさに、抵抗していたが、一日中、触れてくるのだ。そのうちに慣れてしまっていた。逆につないでいない手が寂しくて、こちらからテオドールの手を握ることもある。


「では、下で待っている」


 ちゅっと軽く音を立てて、頬にキスをすると彼は部屋から出て行った。残されたマリーベルは思わずため息を漏らした。


「幸せなため息ね」


 くすくすと笑うのは伯母のクラリッサだ。そして、マリーベルを支度させるために侍女たちに指示する。


「お父さまがこちらに来た時はどうなることかと思ったけど」

「そうね、あの程度で済んでよかったわ。エリックだったらもっと大騒ぎするかと思っていたわね」


 二人で数刻前の出来事を思い、意外とあっさりとテオドールを認めたエリックに首を傾げた。


「なんか、理解し合えたような空気だったわね」

「男同士だと何かあるのかしら?」


 エリックとテオドールの間に生まれた何かは二人の女性は想像することはできなかった。



***


 マリーベルが支度をはじめるちょっと前の話。


 ネイサンの屋敷を壊す勢いで入ってきたのは、二週間経っても帰ってこなかった娘を心配したエリックだった。もちろん、エリックにはテオドールからの婚姻の申し込みを話してはいない。皆が押し付け合った結果、時間ばかりが経過していた。

 早く言っても遅く言っても、エリックが暴走するのは目に見ている。しかも確実に早く言えば言うほど、損害が大きい。そんな事情も重なって、最悪、結婚式の日でもいいかと、誰もが思はじめていた。


「マリーベル!」


 鬼のような形相で入ってきたエリックに、マリーベルは口をあんぐりと開けて見てしまった。鬼の形相に驚いたというよりは、普段着ないような上品なフロックコートにばさばさだった赤髪を奇麗に撫でつけていたからだ。普段領地にいる時は気にせずに洗いざらしの髪に、楽だからと一般と変わらない騎士の恰好をしているので貴族然としたところを見たのが実は初めてであった。


「え?お父さま?」

「ああ、無事でよかった。お前を誑かせた悪者はどこだ。叩き斬ってやる!」


 唸るように呟き、疾風のようにマリーベルに近寄ると抱きしめた。力の加減なく抱きしめられて久しぶりに淑女ならぬうめき声を出す羽目になる。


「お、お父さま、苦しい!!!」

「バカ者!マリーベルを放せ」


 小気味よい音が響くのと同時に腕の力が抜けた。胸の圧迫がなくなって、ぜいぜいと息を整える。


「ネイサン兄上」

「全くお前は!どうしてそう成長しないんだ」

「俺はすでに40歳だ。成長しきっている」


 エリックの言葉に馬鹿馬鹿しくなったのか、ネイサンが鼻を鳴らした。くすくすと笑う声でマリーベルはネイサンの後ろにもう一人いることに気が付いた。顔を上げると、そこにはテオドールが笑いを四苦八苦しながら堪えているのが見えた。


「テオドール様?」


 そんなに可笑しなことがあっただろうか、と首を傾げるとテオドールは咳払いと共に笑いを封じる。


「初めまして。マリーベルの御父上ですか?」

「誰だ?」


 じっとエリックはテオドールを見た。その目は初見の魔獣を見ている時のようで、ギラギラとしている。マリーベルは慌てて、エリックの頭を叩き注意を自分の方へと向けさせた。


「お父さま!ちゃんと挨拶して。婚約者のテオドール様よ」

「……誰の婚約者だ?」

「え?誰って、わたしのだけど?」


 事態が飲み込めず、ネイサンに助けを求めた。ネイサンはあー、と声を出し天を仰いでからいい笑顔を浮かべる。


「すまん。エリックに了承取るのを忘れていた。カルロス兄上が許可していたから、すっかり」

「カルロス兄上が?マリーベルと婚約を認めたのか?」

「そうだ。お前に言うのは結婚式前でもいいかと」


 さらりとネイサンは心の奥にしまっておいたことを言ってしまう。ふるふると体を震わせると、エリックが叫んだ。


「ふざけんな!マリーベルは俺の娘だ!」

「お父さま、降ろして!潰れる!!」


 再びぐっと抱きしめられて、マリーベルはばんばんと父親の頭を叩いた。

 そんなマリーベルを救ったのがテオドールだった。テオドールはマリーベルとエリックの前に来ると、マリーベルをさっと奪ってしまう。簡単に娘を奪われたエリックは唖然としていた。


「御父上とは気が合いそうです」


 テオドールがにっこりと笑う。そして真正面からエリックを見据えた。エリックは驚きと共にニヤリと笑った。


「お前、強いのか?」

「まあ、それなりに」


 何故か空気が不穏になっていく。ハラハラして今度はテオドールの気を引こうと、マリーベルは彼の腕をつかんだ。だが、逆にぽんぽんと抑えられていない方の手で宥められテオドールを止められない。


 こんなにも好戦的な人だったかな?


 そんな疑問を持ちながら慌ててテオドールを引っ張った。


「俺は強いぞ?」

「負けていないと思いますよ」


 マリーベルはテオドールを止めることも、二人の間に入ることを諦めた。そっとテオドールがマリーベルから腕を外すと外を指さす。彼の視線はエリックから外れていない。無言の誘いに、エリックがニヤリと笑った。


「二人とも、訓練場を使ってもいいが。屋敷を壊さないでくれ」

「心配いらない。ちゃんと結界を張る」


 エリックがそう一言残して、二人は外へと連れ立って行ってしまった。残されたマリーベルは呆然とその後姿を見送った。


「まあ、心配するな。テオドール様もかなり強い」

「そう、なんですか?」

「ああ。騎士団でも満足に相手ができないとか聞いたことがある」


 そうなると、エリックが危険なのでは?


 別の心配をし始めたマリーベルにネイサンは慰めるように優しく頭を撫でた。


「エリックも強い。あいつは素手でも魔獣を殺す男だからな」

「……二人とも無事ならいいです」


 マリーベルにはそれしか言えなかった。







 数時間後、何故か意気投合した二人が戻ってきた。

 しかも二人の服装はひどいもので、どこもかしこも汚れていてボロボロだ。服だけでない。奇麗に撫でつけられていた髪はぼさぼさになっているし、あちらこちらと細かい傷がある。見ただけでどれほどの戦いになったのか、想像がついてしまう。


「マリーベル」


 エリックに呼ばれて、近寄った。がしっと首に腕を回された。


「お父さま?」

「テオドールなら認めよう。幸せになれ!」

「お父さま……」


 笑顔と共に言われ、思わずじんと胸が熱くなった。やはり結婚はエリックの祝福が欲しかった。

 

「幸せにしますよ」


 テオドールがさらりと言う。エリックは納得したのか、満面の笑みを浮かべた。


「着替えはどうするの?」


 意気投合してくれたのはいいが、この格好では夜会には行けないだろう。


「予備の着替えは準備してあるから心配ない」


 上機嫌にテオドールはマリーベルの頬にキスを落としてから、一度、部屋を後にした。そして、戻ってきたときには自分自身の着替えと共に持ってきたのが先ほどのドレスの入った箱だった。




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