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ブクマ、評価、本当にありがとうございます。
ゆったりとした時間の中、テオドールとの距離が縮まっていった。身構えていたほどテオドールはぐいぐいと距離は縮めてこなかったし、マリーベルはすっかり甘やかされいて、ちょっとしたことでもついテオドールを探してしまう。
気が付けばすぐ側にテオドールがいて、色々と話してしまう。
たまたま見つけた変わった花の話、今日食べた朝食の話、読んだ本の話。
どれもこれも他愛ない話であったが、テオドールは嫌がることなく楽しそうに聞いてくれる。
そして、花の話から温室へ見に行こうと誘われ、朝食の話からは昼の食事を一緒に取ろうと誘われ、読んだ本からは別の本を勧められ。
こうしているうちにどんどんと距離が近くなっていった。テオドールに対してマリーベルが拒否反応がなく、素直に言葉を受け入れられるところもある。テオドールはとても博学で、マリーベルが疑問に思うようなことは何でも知っていた。無知なマリーベルを笑うことなく丁寧に分かりやすく教えてくれるから余計に素直になってしまうのかもしれない。
「これは、まずいかも?」
自分自身の変化に、思わず呟いた。
「問題ない。間違っていない」
魔法陣の写しを見つめていたせいで、テオドールが勘違いをした。マリーベルはその勘違いを訂正しようと顔を上げる。だが、彼の表情を見て勘違いしていないことを理解した。少し唇を尖らせてしまう。
「問題だらけ。言葉だっていつの間にか崩れちゃった」
「いいんだよ。そうなるようにしているんだから」
マリーベルだけでなく、テオドールも言葉がかなり砕け、親しい感じに変わっていた。テオドールはマリーベルの髪に手を伸ばすと、優しく指に絡め梳いた。
「奇麗な色だ」
「……テオドール様って絶対に女性嫌いじゃないと思う」
「女性嫌い?なんだそれ」
驚いたようにテオドールが聞き返した。違ったかな?と疑問に思いながらもテオドールに話す。
「テオドール様に会う前に言われたの。過激な?女性に好かれやすくて女嫌いだって。だから色目を使うなと」
「過激な女性……ああ、なんとなくわかった」
テオドールはその説明に苦笑気味に頷いた。
「ねえ、本当にあった話なの?」
「大抵は。ただ、かなり尾ひれ背びれついているからな。どこまでのことを言っているのかは不明だ」
「媚薬仕込んだり、寝台にもぐりこんだり?」
「媚薬は本当だ。夜会で仕込まれた。あの時はあの女をどうやって殺してやろうかと本気で考えたな。寝台にはもぐりこまれたことはない。護衛もいるから、まずあり得ない」
それもそうかとマリーベルは頷いた。媚薬を仕込んだという女性の末路は考えないことにした。王弟の息子に手を出したのだ。体が無事だったとしても、きっともう社交界にはいないだろう。
「それから」
「何?」
「今後、君に余計な手出しをするような女もきっと出てくる。こちらでも十分気を付けるが、マリーベル自身も気を付けて欲しい」
じっと真剣に告げられ、頷いた。
「何人くらいいるの?」
「多分……1人?」
「本当に?」
思っていた以上に少ない数で、疑いの目を向けた。不安にさせたくなくて言っているんじゃないだろうかと思ったのだ。
「いや、本当だ。というか、そいつが周りを排除していて、質の悪い奴が最後に残った」
最悪だとぼやくように言う。それを聞いてマリーベルは心底嫌そうな顔をした。
「わたし、そういう女性的なもの、苦手なんだけど」
「護衛を付けるかな?普段は私が側にいるから大丈夫だろう」
そんなことを話しながら時間は過ぎていった。
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「テオドール様」
テオドールと二人、庭園を歩いていると声を掛けられた。もちろん、護衛がすっと間に入る。テオドールは無表情に声を掛けてきた女性を一瞥した。そしてマリーベルを自分の体に隠すように動く。マリーベルには知らせなかったが、ここしばらく連続して庭園へ散策していたので、そろそろやって来るのではとテオドールも護衛も警戒していた。
テオドールの体に隠されながらもマリーベルはそっとその女性を観察した。
髪は品よく結い上げられ、首まで隠した外出用のドレスはそれなりの物であったが、どこにでもいる普通の顔立ちをした小柄な女性だった。髪は濃い茶色で、瞳も茶色だ。
正直に言ってこの女性がテオドールを魅了するとは思えない。容姿が、というよりも持つ独特の雰囲気が、だ。誰もが苦手そうな一種独特な空気を纏っていた。話を聞かなそうな、都合よく解釈しそうな、そんな勝手さを感じるのだ。
「何かな、セラーズ夫人」
「最近、ご連絡がないので声を掛けさせてもらいましたわ」
意味ありげにうっそりと笑みを浮かべて彼女は言った。マリーベルは心配そうにテオドールを見上げる。彼は心配ないという様に小さく笑みを浮かべた。
「連絡などしたことはないが、誰かと勘違いしているようだ」
「そうだったかしら?」
テオドールのきつい言葉にも動じることはない。きっと彼女にとってテオドールの心証などどうでもよくて、こうしてテオドールと話しているところを周りに見せつけたいのだろう。ある程度、テオドールから事情を聞いていたのでなるほどと、その図太い神経に納得した。凍るほどの視線にさらされても、冷たくあしらわれても、楽しいことを言われたかのような振る舞いに何かが壊れてしまっているような空恐ろしいものを感じる。
「ああ、そうだ。紹介しよう。婚約者のマリーベルだ」
「初めまして。噂はかねがね」
挨拶を促されて、マリーベルはにっこりと笑みを浮かべて優雅にお辞儀をした。少し外でするには仰々しいが、これぐらいがちょうどいいだろう。
初めてカリスタの顔色が変わった。どうやら婚約者ではなく恋人か何かと勘違いしていたようだ。恋人なら牽制し、いかにも付き合っていた女性のようにふるまって別れさせようとしていたのかもしれない。
マリーベルはニコニコしながら続けた。
「旦那様がテオドール様の友人だったとか。ご友人がされていた女性払いをセラーズ夫人が体を張って、代わりにしていたと聞いていますわ」
「そ、そうですの」
そう、このカリスタのことだけでなく、他の沢山の女性たちのことも聞いていた。
テオドールは隠し事はしないと言って、普通なら教えないようなことも教えてくれた。初め聞いた時は驚いたものだが、他にも攻撃的な女性が現れた時に何も知らないのでは信じたいものも信じられないだろうと。
贔屓にしていた娼館や今でも夜会で取り巻くような令嬢・婦人たちなど聞きたくないようなことまで教えてもらっていた。一時的な付き合いのつもりが、恋人のように勘違いした令嬢とか、もう色々。
何故かその話にユリウスまで混ざっていたし、裏付けするように当時のあるある話まで聞かされた。
正直に言えば、幻滅しそうなこともあったがテオドールは25歳の健康な男性だ。そういうものも必要だということはわかっている。
あの母命のエリックでさえ、アマンダが死んでからは定期的に娼館を利用しているのだ。初めて父を異性として見た時の衝撃は強く、拒絶した時期もあった。もちろん、エリックとの接触は嫌悪感でできずにいた。そんな状態の父娘をとりなしたのが従兄達だ。男性としては普通だと従兄達に根気よく諭されたものだ。
「でも、もうその必要はありませんわ。ねえ、テオドール様」
そう言いながら、テオドールに視線を向けると、テオドールも笑みを浮かべる。
「そうだな。こうしてマリーベルにキスをすればいいだけだしな」
そういって、軽く唇にキスを落とす。マリーベルは思ってもみなかった唇へのキスに目を見開き、徐々に頬が熱くなっていった。
「もう!そういうことは外でしないでくださいと……!」
「いいじゃないか。君が私のものだと示したいんだ」
甘く蕩けるような視線を向けながら、テオドールは囁く。そして、カリスタに冷たい目を向けた。
「リックが亡くなって5年だ。あなたもそろそろ再婚相手を見つけてもいい頃じゃないか?」
「それは……」
「自分がマリーベルと幸せだからかもしれないが、是非とも誰かと幸せになってほしい」
優しいようで突き放した言葉に、カリスタは黙るしかなかった。彼女の握りしめられた手は細かく震えていた。
「では、私たちはこれで失礼するよ」
「先ほどわたし達、薔薇を見てきたの。とても素晴らしかったわ。時間があるなら、あなたにもぜひ見て欲しいわ」
にこやかに挨拶すると、カリスタを置いて二人は庭園を後にした。
「ねえ、あれでよかったの?」
「ああ」
ちらりと後ろで立ち尽くすカリスタを見た。呆然としていながらも、顔が悔しさで歪んでいる。
「ちょっとまずいんじゃない?かえって思い詰めていそう」
「そうか?」
テオドールは彼女を見ていないから気にしていないようだが、マリーベルは彼女の表情を見て不安を感じていた。