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狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第一章
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9話 褒美

 ベルニーニ神国との戦争がフランレシア王国の勝利で終結し、外交も落ち着いた頃。ウィリアムはエレアノーラ女王陛下に極秘で呼び出されていた。


 王宮のこぢんまりとした部屋にいるのは、ウィリアムと女王陛下、そして護衛の近衛騎士一人だけだ。女王は跪こうとしたウィリアムを片手を上げて止めさせ、椅子に腰掛けるように促した。



「英雄を殺してしまったら、また強欲なベルニーニが攻めてくるでしょう? 面倒だわ。だから座ってちょうだい、ウィリアム。め・い・れ・い」



 40歳を超えたとは思えない美貌の女王は、有無を言わせない微笑みを見せた。


 ウィリアムとしても戦争で負った怪我が完治していないため、恐れ多いが、女王の言葉に有り難く従うことにした。



「恐れ入ります、女王陛下」


「やーねぇ、堅苦しいわ。あたくしはジェイラスのお母様よ?」


「その前に女王でしょう」


「ほんと、ヴァレンタイン侯爵家の男共はガッチガチの階級主義で困っちゃう」


「それが軍人ですから」



 女王は憂いを帯びた溜息を吐くと、ウィリアムの顔をじっと見つめた。



「右目。残念だったわね」



 戦場で敵の矢を受け、ウィリアムの右目は潰れてしまった。今は包帯を巻いている。



「……命があるだけ儲けものです。それに、利き目は失わずに済みました。手当した者の腕が良かったのでしょう」


「そうねぇ。あの女好きで困ったちゃんのウィリアムが、恋に落ちるほどの『聖女』ですものね」



 女王は意地悪く笑い、返答は不要だとばかりに継ぐ。



「ええっと、確か……琥珀色の瞳を持つ、戦争医療従事者だった平民の少女……だったかしら? 随分と派手に探しているみたいじゃない。でも、見つからないでしょう?」


「……ご存じでしたか」


「ええ、もちろん。大切な臣下のことですもの。そしてウィリアムが探し続けている答えも知っているわ」



 女王の言葉を聞いて、ウィリアムの心臓がバクバクと音を立てる。背にはジットリと冷や汗が伝った。



「女王陛下、彼女は……」


「そんな少女は存在しないわ」



 キッパリと女王は言った。

 

 ウィリアムの心はガラガラと崩れていく。自分の恋い焦がれた聖女と言って良いほど美しい少女は、ヴァレンタイン侯爵家の力を総動員しても見つからなかったのだ。そのため、自ずと結果は見えてくる。しかし、認めたくはなかった。



「ベルニーニの戦術はいやらしいものだったわ。優秀な文官や医師を暗殺し、ジワジワと国力を削いでいく。補給物資を農民に変装して焼き討ちする。攻め込んだ村々を蹂躙し、略奪の限りを尽くす。戦場では新種の毒物をまき散らす。おかげでフランレシアは甚大な被害を受けたわ」



 多くの人々が死んだ。ウィリアムも優秀な軍人だった父と兄を戦場で亡くした。おかげで、お気楽次男だった自分が、今やヴァレンタイン侯爵を名乗っているような現状だ。



「……戦争に美挙はありません」


「そうね。でも勝った方が正義になるのよ?」



 女王の笑みは、軍人のウィリアムでも恐ろしいと思えるほどに凍えたものだった。



「だから、ウィリアム。貴方には感謝しているの。片目を失いながら、ベルニーニの総大将である神王を討ち取り、皇太子を生け捕りにしたんだから」


「……それは自分だけの功績ではありません」



 確かにウィリアムは神王を討ち取り、皇太子を生け捕りにした。しかしそれは、ウィリアムに従ってくれる勇猛な部下たちがいたから成せたこと。決して、自分一人の功績ではない。



「ふふっ、謙虚なこと。確かに、貴方一人で成し遂げたことではないわ。でも、ウィリアムだから他の者たちも従ったのでしょう? 貴方が讃えられるべきよ」


「……はい」


「不満が残るのなら、確固たる立場を築き、貢献した者たちを出世させなさい。それが貴方にできることよ」


「分かりました」



 ウィリアムはグッと拳を握った。

 女王の前では自分など、ただの青二才でしかない。ウジウジしている暇があるのならば、考え行動しろということだろう。



「そうそう。オーレリアも戦後外交で素晴らしい成果を叩きだしているわ。このままだと、女性文官初の宰相になってもおかしくないわね。ジェイラスの周りに優秀な臣下が集まっているようで、あたくしも嬉しい」


「いや、オーレリアは女王陛下のために頑張っていると思います」



 オーレリアは女王を尊敬している。王太子の婚約者になれる機会を蹴飛ばして、親の反対を押し切り、女王に仕えるため女性文官の道を歩むぐらいだ。



(まあ、そのおかげでジェイラスに惚れられてしまった訳だが)



 戦時中もジェイラスは変わらず毎日求婚していたらしい。まったく、どうしようもない幼馴染みだ。



「遅くなったけど、ウィリアム。戦争では良い働きをしてくれたわ。褒美をあげる。何がいい?」


「……褒美など要りません」



 思わず尖った口調でウィリアムは答えてしまう。しかし、女王は特に機嫌を損なうことはなかった。



「うーん。質問を変えましょう。ウィリアム、本当はあたくしに何を望みたかったの?」



(女王陛下は人心まで見通せるのか……!)



 驚愕したウィリアムだったが、投げやりな気持ちで女王を見た。



「件の平民の少女との婚姻の許可を……お願いしようと思っていました」


「それは無理ね」



 女王は間髪入れずに両断した。



「……分かっています。既に私の求めた少女はいないのですから」


「理解力のある子は好きよ。でも、目に見える褒美を与えないといけない、ということも分かるわよね?」


「……ええ」



 戦果を上げた臣下に十分な報償を授ける。国の頂点に立つ者として当然のことだ。これを怠ると、臣下の質は下がり、政治が荒れ、ゆくゆくは王の地位も危うくなる。それが理解できぬほど、ウィリアムは未熟ではない。



「ウィリアム・ヴァレンタイン。貴方を軍務大臣に任命します」


「待ってください! まだ30にもなっていない若輩者を軍のトップに据え置くのですか!?」


「拒否は許さないわ。先の戦争で多くの上級武官が死んだ。今生き残っている武官の中で、家柄・実力を兼ね備えて、王家に都合のいい人物はウィリアムだけ。国力が弱まっている今、下手な家に軍の権力を渡したくないの。分かるわよね?」



 ヴァレンタイン侯爵の肩書きと英雄の名声、そして何より王家への忠誠心。それらがウィリアムの年齢という欠点を上回ったのだろう。



(絶対に褒美じゃないぞ!)



 若いというだけで貴族共はウィリアムを嘗めてかかる。そして引きずり下ろそうと画策する者たちもいるだろう。確実に苦労する。ウィリアムは未来を想像し、げんなりとした。



「うふふっ、ちょっとだけ就任が早まるだけよ。ウィリアムに軍務大臣の地位を押しつ――与えれば、表向きは破格の報償に見えるでしょうね」



(今、押しつけるって言いそうにならなかったか!?)



 そうは思ったが、自分が女王に意見できるはずもない。



「……そう、ですね」


「ウィリアム、お・返・事・は?」



 催促するように、女王はパシパシと扇子で手を叩いた。



「謹んで拝命いたします」



 ウィリアムに許された言葉はそれだけだ。



「良かったわぁ。安心してね、ウィリアム。きちんと軍務大臣を勤め上げれば、最高の褒美をあげる」


「最高の褒美……ですか?」



 ウィリアムは怪訝な顔をした。

 女王は一際妖しく微笑むと、薔薇色の唇を震わせる。



「今のウィリアムには相応しくないわ。……だって耽美的で危殆な宝石だもの。弱者が手にしたら、なくしてしまうでしょう?」



 ウィリアムが女王の言葉を理解するのは、それから四年後のことである――――





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