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狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第二章
55/57

53話 描く未来は


 戦いの後、ロザリンドたちはお互いの状況を整理するために、屋敷へ入った。

 そして漸くそこで、ランベルトは愛しい人たちと再会する。



「シャーリー!」


「ランベルト様……!」



 戦争で引き裂かれたふたりは、お互いを求め合うように熱い抱擁を交わす。



「ああ、愛しい人。君のその垂れ目がちな眦も、蠱惑的な唇も、すべてが私の理想を具現化したようだ。美しい、美しすぎるよ!」


「ランベルト様は、世界で一番美しく素敵なお顔ですわ……!」


「ありがとう。ルカ、私がお父様だぞ」



 生まれてから一度も父親の姿を見たことがないルカは、ランベルトを見て小首を傾げた。



「とうさま?」


「きゃーっ! まるで天使のようだわ!」


「私たちは罪深いことをしてしまったかもしれない。こんなにも美しく愛らしい天使を地上に産み落としてしまったのだから」


「その罪はわたくしもランベルト様と背負うは。美しき者の宿命よ……!」



 悲劇なのか、喜劇なのか分からないような大仰な動きをすると、今度は三人でガッチリと抱擁を交わした。

 それを見たオーレリアの額には血管が浮き出ている。



「思考回路がねじ切れていますわね」


「まあでも、愛し合う姿勢は素晴らしいと思うよ」



 ジェイラスはこほんっと咳払いをすると、懐から美しいエメラルドとプラチナの指輪を取り出し、跪いた。



「さあ、僕たちも愛し合おうじゃないか! 君は世界で一番美しい。その輝きをどうか、僕へ向けてくれないか。結婚しよう、オーレリア!」


「嫌。頭に蛆でも湧いているんですの?」



 オーレリアが不快そうに見下ろすが、ジェイラスは堪えた様子もなく「今回はいけると思ったのにねぇ。また策を練ろうか」と言いながら懐に指輪を戻した。



「またお前たちは……他国の要人たちの前で、求婚芸など見せるんじゃない!」



 襲撃者たちを捕縛し終えたウィリアムは、部屋に来て早々に行われた幼馴染みの求婚芸に頭を抱えた。



「追い縋る浮気男の痴態を見せたクズ野郎にだけは言われたくないですわ」


「同感だね。ウィリアム、少し自分を客観的に見れるようになった方がいいよ」


「私は浮気などしていない!」



 ウィリアムは必死に叫んだ。


 それを見たロザリンドは、堪えきれずにクスクスと笑いを漏らす。

 しかし部屋にいる全員が自分を見ていることに気づき、顔を紅潮させた。



「笑ってしまってごめんなさい。ただ、懐かしくって」



 いつもの日常が戻って来た。

 そう思うだけで、ロザリンドの視界は潤む。



「ロザリンド……」



 ウィリアムは妻が人一倍寂しがり屋だったことを思い出し、抱きしめるためにそっと手を伸ばす。

 だがそれはすぐにシリウスによって叩き落とされた。



「ちょっと失礼するよ、ロザリー姉上」


「シ、シリウス! 分かっていてやっているな?」


「なんのこと?」



 シリウスとウィリアムの間にバチバチと見えない火花が散る。



「ろざりーねえさま、きれー!」


「いい子だね、ルカは」



 飛びついてきたルカを抱きしめると、ロザリンドは花開くように微笑んだ。

 それを見たシリウスとウィリアムは呆然とルカを見つめ、声を揃えて呟く。



「「父親に似て、末恐ろしい子だ」」


「あ、すごく失礼なことを言われている気がするよ」


「ランベルト様。ただの嫉妬ですわ!」


「これも神が与えた美しき試練か」



 ランベルトは憂いげな溜息を吐いた。



「……さて、皆揃ったようですし、お遊びは止めて話し合いを始めましょう。妃殿下と子どもたちは別室で待機です」



 ギクラスは入室すると、呆れた声で言った。

 それを合図に、ピリリとした緊張感に包まれる。



(当事者の中の一人だから仕方ないとはいえ、この顔ぶれの中で話し合いに参加するのは気が引けるね)



 ロザリンドはおずおずと席に座る。

 不安げなロザリンドを気遣ってか、隣に腰を下ろしたウィリアムは、周りに見えないように彼女の手を握った。



「さて、話し合いの席を設けたのはお互いの状況を整理するためです。そして、これからの道を決めるため」



 ギクラスがそう言うと、真っ先にランベルトが片手を上げる。



「まずは私から話した方がいいかな。信頼を勝ち得るには、先に手札を明かすのがいいからね」


「では貴殿は何故フランレシアに赴いた?」


「シャーリーとルカが皇太子派に狙われていたから。それと、ロザリンドに興味があったから。もしも虐げられているようであれば、彼女も一緒に救い出す予定だった。友好の密約はエレアノーラ女王からの条件だったかな」



 ジェイラスの質問に、ランベルトはスラスラと答えていく。

 それはロザリンドが事前に聞いていたこと一緒で、彼は嘘を吐く気がないことが分かる。



「ランベルト殿下。密約の内容は、わたくしたちに話すことは可能ですか?」


「普通なら絶対に答えないところだけど、美しいオーレリア・スペンサー補佐官に言われたら話してしまうよ!」


「して、内容はなんですの?」



 普段求婚され慣れているオーレリアは、眉一つ動かさずに受け流した。

 ランベルトは嘆くこともなく微笑んだ。しかし、瞳の奥は笑っていない。



「自由貿易の開始と、宗教改革を持ちかけられたよ」


「……宗教改革、とは?」


「簡単な話だよ。援助するかわりに、フランレシアが信じる神を奉る教会を、少しベルニーニに建てさせ

てくれないかって言われた。いやはや、恐ろしいよね」



 復興が進まず、少なからず王家の信頼が揺らいでいるベルニーニ。そこへ慈悲深い女王の援助が入り隣国への悪感情が薄らぐ、貿易によってフランレシアの文化が流入する。そして新たな思想が入り込めば、それに傾倒する者は出てくるはずだ。


 その果てに引き起こされることを、フランレシアは関係ないと突っぱねることはできるだろうか。



「……母上はベルニーニを支援すると言っていた。だがこれは……血の流れない戦争ではないのか。もし、母上の策略が失敗すれば、フランレシアとベルニーニは先の戦争以上の惨劇を招くよ」


「……長い時間はかかりましょうが、いずれはベルニーニを併合したいと女王は考えているのでは」


「そういうセルザード伯爵は、どうしてランベルト殿を滞在させたんだい?」


「女王に頼まれたからです。そして何より、先妻の親戚を蔑ろにはできませんから。……まあ、そこを利用された訳ですが」



 そう言ってギクラスはロザリンドに視線を向ける。



「……えっと、結局……女王陛下は何がしたかったの?」



 ロザリンドが問いかければ、ギクラスは深く眉間に皺を寄せた。



「あれは欲深い女。言うなれば求めるべき利益のすべて、だな」


「……ジェイラスの命も利益のためならば、チップにもなり得ると?」



 ウィリアムは苦々しい顔で言った。



「女王の後継に王としての考えが異なる殿下を快く思っていなかった貴族も多いのは、ご存じでしょう。今回の襲撃を退け、皇太子派を捕らえたたことで、ジェイラス王太子殿下は世継ぎとしての箔がつきました。表だって反対する者はいないでしょう」



「そうだねぇ。でもそれって、僕が心配だった訳じゃないよね。王太子として相応しくなかったら、側近のウィリアムとオーレリアごと消えても構わなかったってことだよね。傷つくなぁ」



 からからと笑うが、ジェイラスの心が傷ついているのは伝わってきた。

 それを見て、ロザリンドと重なったウィリアムの手に力が入る。



「だがジェイラス。お前は生き残り、私とオーレリアも無事だ」


「皆のおかげだよ。僕は凡人だからねぇ。多くの手に支えて貰わなくては立ちゆかないんだ」


「何を弱気になっているんですの。頼りない貴方を支えるために、わたくしたちがいるのですわ」


「……でも、今回のことで分かったよ。母上はきっと、自分の意に沿わない者は息子であっても排除するよ」



 ウィリアムとオーレリアの言葉を聞いても、尚、ジェイラスは不安げな表情を浮かべる。

 オーレリアはジェイラスを睨み付けると、一気に捲し立てる。



「約束を守らないつもりですの……? 勝手に責務から逃れようとするのは、許しません! だいたい、貴方と女王陛下の格の違いなど最初から分かっております。それでも傍にいると決めたのは、わたくしですわ!」


「私はずっとジェイラスの味方だ」


「わたしも!」



 堪らずロザリンドも一緒に名乗りを上げた。

 するとジェイラスは驚愕の表情でロザリンドを見る。



「ロザリンド嬢も……?」


「ジェイラス殿下は、ウィリアム様の隣で笑っているわたしが一番だと言ってくれた。だからきっと、正しくわたしを使ってくれる。それに大胡がましいかもしれないけれど、わたしは……友人だと思っているから」



 そうでなければ、可愛い弟の誕生パーティーの招待状なんて送らない。

 短い付き合いではあるけれど、ジェイラスは人の意思をねじ曲げるようなことはしない。人の心に寄り添うことのできる王になれると思っている。

 それを友人として助けたいと思うのは、自然なことだろう。



「ありがとう、ロザリンド嬢。僕も君を大切な友人だと思っているよ」



 ジェイラスは穏やかな表情を見せると、オーレリアに「迷ってごめんね。頼りにしているよ」と耳打ちする。

 オーレリアはそっぽを向いた。その耳は真っ赤になっている。



「……ジェイラス王太子殿下は、この国をどう導きたいと思っていますか……?」



 ギクラスは探るように問いかけた。



「僕の王の器では、母上のように変革をもたらすことなんてできないよ。きっと現状維持で精一杯だ。でも……皆が手を取り合い支え合うような国を作りたいと思っている。歴史に残らない王に、僕はなりたい」



 普通の人ならば不甲斐ないと言うかもしれない。

 しかし歴史に残らない王とは、大きな国の乱れを招かず、安定した治世を敷いたということだ。

 いかにもジェイラスらしい考え方だとロザリンドは思った。



「なれば、私はセルザード伯爵として貴方の味方となりましょう」


「どうしてだい?」


「元々、女王の思想は好きではありません。ジェイラス王太子殿下の方が肌に馴染む。そして何より……最後に残った私ぐらい、彼女の敵であってもよいでしょう。いつだって叱るのは私の役目でしたから」



 そう言ったギクラスは、ここではないどこかへ想いを馳せているようにも思える。



「さしずめ僕らは王太子派かな?」


「是非とも、ベルニーニ神国とも良い関係を結んで欲しいね」



 ランベルトは握手を求めてジェイラスに手を伸ばす。



「価値観に反発するでも、染めるでもない。お互いを理解し尊重できる隣国となれるように少しずつ歩んでいこう」



 ジェイラスは迷うことなくランベルトの手をとった。



「妃の出身国だからね。それぐらい計らうさ。ああ、今回の襲撃の責任問題だけれども……なるべくお手柔らかに頼むよ。あとロザリンド、薬をよろしく頼むよ」



「両国の架け橋となれるのならいくらでも作るよ、ランベルト」


 ロザリンドがそう言うと、場の雰囲気一気に華やいだ。



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