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狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第二章
49/57

47話 対立と対話


 フランレシアの王宮は広い。

 政治と軍事の中枢であり、また王族と王宮で働く者たちの住まいであるからだ。


 長い時の中で権力闘争をしてきた名残か、王族はそれぞれ離れた場所に住み、政治活動を行う。身内の敵に知られないように暗躍するには、とても良い環境であろう。


 故に、女王と王太子という関係であっても、ジェイラスとエレアノーラはお互いの執務室に入ったことはなかった。



「本日お招きありがとう、ジェイラス」


「いいえ、こちらこそ。本当に来てくれるとは思いませんでしたよ」



 女王とジェイラスは、まるで鏡合わせのように微笑を浮かべた。

 ジェイラスの執務室は、ピリピリと緊張感のある空気に包まれていて、オーレリアがお茶を準備する小さな音がやけに響く。


 女王は優雅な動作で、ソファーの肘掛けに身体を預けた。



「そうねぇ、周囲をねちっこく嗅ぎまわられるよりは、直接赴いた方が、効果があると思ったのよ」


「最近、母上は若い男と熱心に会っているそうではないですか。息子としては気になって仕方ありません。少しは相談してくれても良いと思いますよ?」



 アルド子爵が女王の元へ通っていることは、ウィリアムの部隊を張り込ませたことで調べがついている。

 しかし、女王の方もジェイラスたちの行動はお見通しで、動揺の色一つ見えない。



「あたくしだって母親の前に女よ。交際相手は好きに選ばせて欲しいわ」


「母上の勝手で、その交際相手に僕は振り回されたくないんですよ」



 ジェイラスが暗にベルニーニ神国との交流を批判すれば、女王は自分が国家元首で決定権があるとばかりに、妖艶に微笑む。



「あら、嫌だわ。二十四歳にもなって、まだ母親離れしていないの?」


「奔放すぎるのは良くないと思いますが」



 そう、ベルニーニ神国との戦争からまだ十年と経っていない。

 あの凄惨な戦争で、民も貴族も多くの物をなくし、かの国を恨んでいる。たとえ利点があったとしても、ベルニーニ神国と国交を開くことは、ジェイラスには時期尚早に思えた。



「常識に囚われていては、人が進化することはないわ」


「緩やかな変化こそが安寧に繋がります」



 誰もが女王のように強い人間ではない。

 時代に追いつけなくなった者は行き場を失い、きっと元凶たる王家へと牙を剥く。

 しかしジェイラスの懸念など、女王はものともしない。彼女はいつだって自分の敵は容赦なく排除してきた。国のためならば、どんな冷徹な判断が下せる。


 ベルニーニ神国との交流を反対する動きがあったとしても、それをねじ伏せるぐらい簡単だ。


「安寧は堕落を生み出すわ。危機感を持って、常に一歩前を進んでいなくては」


「ひとりだけ前に進んでいれば、足を引っ張られて転びますよ」



 ジェイラスは自分が凡才だということを知っている。

 そして今の自分に、女王の政策に対抗できるだけの力がないことも知っていた。



(……オーレリアとウィリアムがいるけれど、まだまだ僕は王宮を掌握できていないからね)



 ジェイラスの側についている貴族は、まだまだ若い者が多く、優秀な古参貴族たちは根こそぎ女王の忠実な臣下となっていた。

 今からジェイラスが彼らを取り込むのは無理な話だろう。


 複雑な劣等感を抱いたジェイラスを知ってか知らずか、女王は情けないとばかりに深い溜息を吐いた。



「そんな脆弱な鍛え方はしないわ。あたくしに注意する前に、早く一人前になって結婚して頂戴。まったく、あのお花畑脳だったウィリアムでも結婚できたというのに……」


「よ、余計なお世話です! 僕にはオーレリアという、運命の赤い糸――いいえ、もっと強固な赤い鎖に繋がれた女性がいますから……!」



 ウィリアムにとってロザリンドが聖女ならば、ジェイラスにとってオーレリアは女神だ。

 自分を救い、手を伸ばし、共に歩んでくれる最愛の人。彼女以外にジェイラスの心を射止める女性など、皆無である。



「変態趣味はお断りですわ、ジェイラス殿下」



 オーレリアはお茶をテーブルに並べながら、淡々と言った。



「ぷふっ。我が息子ながら、なんて無様な」


「心配には及びません。オーレリアが思わずギャフンと言って承諾してしまうようなプロポーズを計画中ですから」



 千本の紅薔薇を贈って愛を囁いても、時計塔の上から命綱をつけたまま飛び降り愛を叫んでも、オーレリアはなかなか首を縦に振ってくれない。



(そんなつれないところも愛しいよ! だから今度こそ、世界で一番衝撃的で感動的なプロポーズを成功させてみせる……!)



 メラメラとジェイラスが闘志を燃やしていると、女王は口元をひくつかせ、身を引いた。



「……やめておきなさい、ジェイラス。これは母の心からの助言よ」


「ジェイラス殿下。また無駄なことをして国費を圧迫したら、つるし上げにしますわよ」


「僕は諦めないからね! 絶対にオーレリアを世界一幸せな女性にしてみせる!」


「あいにく、間に合っていますの。そういうのを無駄な足掻きと言うのですわ」



 オーレリアはきびきびとした動きでジェイラスの後ろに回る。



「さて、ジェイラス殿下。そろそろ本題に入っては。女王陛下に暇などないのですから」


「そうだね」



 臣下としての礼を崩さないオーレリアに苦笑しつつ、ジェイラスは女王へと向き直った。

 女王は扇で口元を隠しながら、楽しそうにジェイラスの言葉を待っている。



「……ねえ、母上。貴女はいったい何を考えているの?」


「何、とは?」


「まず一つ目に、ベルニーニ貴族と密会をしていること。もちろん、彼が母上の恋人だとは思っていないよ? だって母上は、どれほど再婚を進められようとも首を縦に振らなかった。亡き父上に惚れているのでしょう?」



 ジェイラスがそう言うと、女王は初めて不快感を表した顔を見せる。



「おやおや、息子の癖に生意気ね。お前の父は、あたくしを守ることしか能の無い馬鹿だったわ」


「母上に心底惚れていたということでしょう?」


「……それで死んだから、馬鹿だと言っているのよ」



 小さく女王は呟くと、すぐに元の余裕ある微笑を浮かべた。



「ベルニーニ貴族――アルド子爵と会っていたのは、国交を結びたいから。感情だけで国交を遮断できるほど、隣国との関係は簡単なものじゃないの。上手に付き合っていかないといけない。貧しすぎても、富みすぎても困るのよ。今は少し支援をしてあげた方が後々都合がよいと判断しただけだわ」


「……つい最近まで戦争をしていた相手ででも?」


「だからお前は子どもだというの」



 女王は呆れた顔で言った。

 ジェイラスはそれを見て、子どものように拗ねた表情を浮かべる。



「感情を切り捨てられるほど、僕はできた人間ではないので。そして、人間のほとんどがそういう性質だと思っていますよ。……あの戦争は未だ根強く心の奥に痛みを与えています。皆が母上のように考えられるほど強くはない」


「この件に関しては平行線になることが目に見えているわ。あたくしとジェイラスの思想は異なるものね」



 革新的な女王と保守的な王太子。対立するのは道理と言える。

 もはや相互理解を諦めているジェイラスは、話題を変えることにした。



「では次ぎに、ロザリンド嬢をエレアノーラ学院に戻したことです」


「そんなこと? ただ、あたくしはロザリンドの知識や経験を学生たちに知って欲しかったのよ。後世に継承させないのは、実に惜しいもの」


「それも事実でしょう。ですが、学院にはロザリンド嬢の異母弟もいると報告を受けています」


「単純に、姉弟仲を取り持ってあげようとあたくしが思ったと考えないの?」



 女王は扇を閉じると、ぱしんっと自分の手を叩いた。



「ロザリンド嬢の父は、母上の元側近のセルザード伯爵だ。関係ないとは言わせません」



 ジェイラスがそう言うと、女王はすっと目を細めた。

 威圧するようなその佇まいにジェイラスは内心臆したが、オーレリアが彼を支えるように肩に手を置いた。



「恐れながら女王陛下。アルド子爵はセルザード伯爵家に滞在しているのですよね?」


「貴族たちには極秘事項だけどね」



 ジェイラスは心強い味方にホッと安堵すると、王族らしい笑みを浮かべる。



「それほど隠したがるアルド子爵は、本当に子爵なのでしょうか? とある筋から入手した情報によると、彼の身体的特徴は隣国の王弟と同じものだそうですわ」


「それはとっても気になるよね、オーレリア」



 シャーリーとルカの境遇を知ってから、ジェイラスはウィリアムの部隊に女王とロザリンドの周りの監視を徹底させた。

 そこから得た情報から考えて、アルド子爵がただの貴族ではないのは予想がつく。しかし、彼が王弟だというのはただの憶測にすぎない。身体的特徴にしたって、ベルニーニではそう珍しくないものだ。



「うふふっ、まるであたくしが売国奴のような言い方ね。今のフランレシアの政治方針に文句があるのなら、この母を玉座から引きずり下ろしてみせなさい。確たる証拠と力を持ってね」



 ジェイラスとオーレリアのハッタリに気づいているのか、女王は挑発するように鼻で笑う。

 そしてもう興味がないとばかりに、適当な挨拶をしてそのままジェイラスの執務室を出て行ってしまう。



「……はぁ、緊張した」



 女王がいなくなり、緊張の糸の切れたジェイラスは、ソファーに顔を押しつけるようにぐったりと沈み込んだ。

 オーレリアはジェイラスにブランケットをかけると、テキパキと茶器を片付ける。



「結局、言質一つ取れなかったよ。少しぐらい、有益な情報をポロッと言ってくれると思ったんだけど……」


「あの女王陛下が青二才相手に負けるはずないでしょう。相変わらず、強く凜々しく素敵なお方」


「オーレリアは僕の味方じゃないのかい?」


「失礼ですわね。味方じゃなければ、王太子補佐官になどなっておりませんわ」


「そうだけど……」


「まあそこそこ頑張ったと思いますわ」



 オーレリアは茶菓子のチョコレートを一粒、ジェイラスの口に放り込んだ。

 甘くなめらかな味が、疲れ切ったジェイラスの身体に染み渡る。


 カッと目を見開くと、ジェイラスはブランケットを広げてコウモリのようにはためかせた。



「君のすべてが甘いチョコレートのように愛おしい。だから結婚しよう、オーレリア!」


「嫌。そんなに今あげたチョコレートが恋しいのなら、これを作った菓子職人に求愛してくださる?」


「王族付きの菓子職人は、むさいオッサンしかいないよ!?」


「確か、全員妻帯しておりましたわ。彼らにも選ぶ権利はありますわよね」


「僕じゃなくて、菓子職人の心配かい!?」



 涙目のジェイラスを無視すると、オーレリアは腕を組み思考を巡らせる。



「そんなことより、これからどういたしますの。せっかく女王陛下がこちらの誘いに乗ってくれたのに、収穫はゼロ。真の目的がなんなのか、結局分からず仕舞いですわ」


「そのことなんだけど、これはどうかな?」



 ジェイラスは懐から黄色の手紙を取り出し、ひらひらと見せつける。

 オーレリアはそれを無言で奪い取ると、既に封の開いていた手紙を読み始めた。



「……セルザード伯爵家令息誕生パーティーの招待状ですの? いったい、どの貴族からくすねてきたのかしら」


「失礼だな、正式なものだよ」


「……セルザード伯爵は、積極的に王族や上級貴族を招待しようとはなさらない方ですわ。現に、スペンサー公爵家に伯爵からの招待状は届きませんでした」



 ギクラスは明らかに権力を避けている。

 しかし、それなりの地位を持つ貴族たちとは交流を深めているため、社交に関心がない訳ではないのだろう。


 功績がありながら、上を目指さないその思考はオーレリアには理解できないものだった。



「だって、貴族の繋がりを作るための野心ある招待状じゃないからね。ロザリンド嬢が、いつもお世話になっているお礼を込めてくれたものだよ。しかも、パートナーを連れて来て欲しいと書いてある。オーレリアにも来て欲しいんじゃないかな」


「まあ! さすがロザリンド様ですわ。何も知らせなくても、わたくしたちの仕事ために行動してくれるなんて」


「あれれ? そこは僕とオーレリアの仲を深めようとしてくれているとは思わないのかい?」

 ロザリンドは貴族ではあるが、極力社交界を避けて研究にのめり込んでいた。

故に、彼女の行動は裏表がない。招待所にしたって、王太子に媚びを売りたいのではなく、純粋にパーティーに来て楽しんで欲しいと思っているのが伝わってくる。


「寝言は寝てから言ってくださる?」


「鼻で笑われてしまったよ! けどそんなオーレリアも好きだ!」


「ウィリアムにセルザード伯爵家へ行ってもらっていますけれど、わたくしたちも行くかたちでいいんですの?」



 ジェイラスの告白は、道端の石ころよりもオーレリアに気にしてもらえなかった。

 しかしそれはいつものことなので、ジェイラスは失恋に心を痛めることもなく、そのままオーレリアに答える。



「まあ、ウィリアムにセルザード伯爵家へ行ってもらったのは、夫婦仲が危ういのにこき使った贖罪の意味が大きいからね」



 今回は女王がジェイラスの敵だったため、絶対的な信頼を置くウィリアムにばかり実働的な仕事を頼ってしまった。そのため、彼はずっと働きづめで嫁にラブレターを送るぐらいしかできなかったのだ。

 ……でもまあ、セルザード伯爵家から何か情報を嗅ぎ取ってきてくれないかと思ってもいるが。



「ウィリアムは生粋の武官ですから、索敵は得意でも、諜報活動は苦手ですものね」


「せっかくだから、僕自ら殴り込んでアルド子爵の正体を暴いてやるさ! そして母上の鼻を明かしてやろう」


「……ウィリアムからの情報から考えて、アルド子爵が簡単に口を滑らせる人種には思えませんけど」


「簡単だ。彼を知っている人間を連れて行けば良い」


「……シャーリーとルカですか」



 ジェイラスは女王に似た狐のような笑みを浮かべる。

 国の行く末のためならば、シャーリーとルカを利用することさえ、彼は戸惑いがない。


「ねえ、オーレリア。シャーリーは美形中毒だけど、中身なクズな男には決して近づかない野生の嗅覚を持っている。そんな彼女が心底惚れた相手だよ。仮にアルド子爵がランベルト殿下だったとして、何を目的に来たのか気にならないかい?」


「……フランレシアの支援を受けたいだけではない、ということですの?」



 オーレリアの目がぎらりと光った。



「もしもオーレリアがベルニーニに囚われていたとしたら、僕は絶対に救出するよ。国を傾けない程度の力でね」


「シャーリーとルカが目的であるのなら、わたくしたちが彼女たちをヴァレンタイン侯爵家に匿って情報を遮断していることは、女王陛下の後押しになっていたかもしれないということですわね」


「僕の予想では、アルド子爵はランベルト殿下の忠実な部下だと思うよ」


「確かに、今最も王近い身で自ら動くこと得策ではありませんわ」



 暗殺という手段を常用するベルニーニの皇太子が相手ならば、彼を排除し即位するまでランベルトは警戒で息もつけないだろう。

 目立つ行動は避けるはずだ。



「そんな中で元敵国に殴り込んでくるとしたら、僕と同じぐらい愛に生きた男だということだね!」


「……もしもそんな愚かなことをしたら、ボロ雑巾のようになるまで再教育してさしあげますわ。ああ、東の国の拷問で躾けるのもいいかもしれませんわ」



 オーレリアは割と本気の声で言った。



「あはは、そんなことにはならないよ! それではヴァレンタイン侯爵家でシャーリーたちを拾った後、セルザード伯爵家へ急ごうか。今からなら、ギリギリだけどパーティーの時間内に到着するだろう?」


「もたもたしていると、ギリギリ間に合いませんわ」



 不穏な空気を察したジェイラスは、すぐさま馬車の手配を済ませるのであった。




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