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狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第二章
48/57

46話 波乱の誕生パーティー

本日8話目


 ホール内は騒がしく、それは豪奢なドレスを身に纏った女性を中心としていた。

 彼女は上品に扇で口元を隠し振り向くと、ロザリンドを見て剣呑な視線を寄越す。



「まあまあ! 今更、生家に出戻り? 狼侯爵に手酷く扱われたのかしら」


「……継母様……?」



 目の前にいる女性からは継母の声がする。

 しかし、ロザリンドの記憶の中にある継母の姿とは似ても似つかなかった。



「貴女なんかの帰る場所はないわ。さっさと婚家に帰りなさい。それが嫌なら、修道院にでも入るのね」



 懐かしいとも思える罵倒を聞きながら、ロザリンドは淡々と事実を言い返す。



「心配しなくても、わたしの帰る場所はウィリアム様のところだけ」


「誰が心配など……!」


「…………継母様、顔が変わった……?」



 思わず、ロザリンドは疑問を口に出してしまった。


 でもそれは仕方ないだろう。

 いつも冷たく見下ろされていた目線は、今ではロザリンドの方が高い。華奢だった肢体は記憶よりも少しふっくらとしていて、髪だってもっと輝いていた。

 彼女の顔は白粉やら紅やらが塗りたくられていて、元の顔立ちが分からなくなっている。



(……本当に継母様? 継母様の皮を被った普通の貴族夫人なんじゃ……?)



 好奇心と探究心のかたまりであるロザリンドは、じっと彼女を頭のてっぺんから足の先まで観察していく。



「じ、じろじろ見ないでくださる?」


「……ふむ。骨格は記憶のままだし、別人ってことはないか。加齢による新陳代謝低下と肌の衰えかな。髪に艶がないのもそのそれが原因と」



 ロザリンドは淡々と考察を述べる。

 すると継母は顔を歪ませ、ポロポロと乾燥した白粉が剥がれていく。



「なっ、な、なっ、なっ、なぁぁぁあああああ!」


「久しぶりですね、継母様」



 ぺこりと頭を下げて挨拶をすると、氷塊が崩れるように継母の白粉が剥がれ落ちた。



「なぁぁあああんですってぇっ!?」


「久しぶりですね、継母様……?」



 ちゃんと伝わっていなかったのかと、ロザリンドはもう一度継母に挨拶をした。



「そうじゃないわよ!」


「興奮すると白粉がひび割れますよ。それに健康にも良くない。白粉には鉛が含まれているものが多く、それは中毒症状を引き起こすため、人体に有害です。長い目で見れば肌の寿命を縮めています」


「あ、あんただって……あんたなんか……」



 継母はロザリンドの頭のてっぺんから足の先まで視線を這わせた。

 そして、わなわなと口を動かすが、それが言葉になることはない。



「……どうかしましたか?」


「もう知らないわよ! 別邸に戻るわ!」



 継母は最後にふんっと鼻を鳴らし白粉を飛ばすと、そのまま別邸へと戻っていった。



「姉上、完全勝利だね」



 継母とロザリンドの会話を聞いていたのか、物陰からひょっこりとシリウスが姿を現した。



「いつの間に勝負していたの……?」


「天然って恐ろしい」



 シリウスはジトッとした目でロザリンドを見た。



「よく分からないけれど、継母様に皮脂欠乏症の薬を贈ってあげなきゃね」



 皮脂欠乏症の薬――ロザリンドの作る保湿クリームは、貴族女性に中々好評だ。

 きっと継母も喜んでくれるだろう。



「そうだ、忙しくなる前にシリウスに誕生日プレゼントを渡さなきゃ」



 ロザリンドがそう言うと、シンシアが手際よく大きな箱を渡してくれた



「……僕に……?」



 シリウスは恐る恐る箱を開けた。

 中には細い長い筒と脚立、そして、分厚いレンズが丁寧に梱包されている。



「これ、望遠鏡? しかも、こんなに高性能なの、エレアノーラ学院にもないよ。……ありがとう、姉上。すごく……すごく嬉しい」


「わたしも嬉しい」



 シリウスの笑顔に釣られ、ロザリンドもまた笑みを浮かべる。

 ロザリンドとシリウスは姉弟なのだと、今は確かに胸を張って言えるだろう。









 シリウスの誕生パーティーには、多くの貴族が招かれていた。

 貴族たちはにこやかにシリウスへと祝いの言葉を述べるが、彼らの関心は隣にいるロザリンドに向いている。


 ヒソヒソと――しかし、時にはこちらへ聞こえるように『ロザリンドがついにウィリアムから捨てられた』だの、『愛人を囲った狼侯爵に耐えられなくなり家を出た』だの、好き勝手に色々なことを言っていた。



(噂なんてつまらないと思うよ。だって真実を探求する方が何倍も面白いし)



 ロザリンドは元々、自分への関心が薄い。

 それ故、貴族たちの心ない噂も、このパーティーを盛り上げるスパイス程度にしか思っていなかった。

 だが、シリウスは違うようで、ロザリンドの噂が聞こえるたびに不機嫌な顔を作る。



「……酷い。姉上がいるのに……しかも、嘘ばっかり。あの変態侯爵を捨てるのは、姉上のほうだよ……!」


「シリウス、それ違う」


「だいたい、もうパーティーは始まっているのに、まだ来ないなんて……」


「きっと、理由がある。それに、ウィリアム様は来るよ。約束は絶対に守る人だから」



 ウィリアムはいつだってロザリンドを守ってくれる。

 そして優しい彼は、皆を守ろうと頑張ってくれるのだ。



「噂なんて気にしても無駄。今日はシリウスが主役なんだから。貴方を祝ってくれる人を大切にしなくちゃ」



 ロザリンドはそう言うと、シリウスの学友たちが集まる一角を指さした。

 招待客の挨拶もほとんど終わり、後は歓談と社交の時間だ。



「……いってくる」


「うん、いってらっしゃい」



 ロザリンドは眩しい思いでシリウスの背中を見送る。

 研究ばかりにのめり込み、友人作りの下手だったロザリンドとは違い、シリウスは友人が多かった。



(……セルザード伯爵家は次代も大丈夫だね)



 人脈とは大きな財産だ。間違いなくシリウスは良き当主となる。

 きっともう、ロザリンドの出る幕はなくなるだろう。



「……少し寂しい」



 やっとセルザード伯爵家に居場所ができたかと思ったが、やはりロザリンドはもう他家の人間なのだ。

 目を瞑り、思い起こされるのはヴァレンタイン侯爵家での生活だ。

 広大な敷地にそびえ立つ質実剛健な印象を抱かせる白亜の屋敷、可愛らしいレンガ造りの研究所、堅実な仕事をする明るい使用人たち、そして、いつもロザリンドを優しく抱きしめてくれるウィリアム。

 すべてが愛しく、ロザリンドが心から欲していた温もりだ。



(……今、無性に……貴方に会いたい)



 重い瞼を再び開けば、そこにはロザリンドが心から望む愛しい人がいた。



「……ウィリアム様」


「遅くなってすまない」



 ロザリンドは堪えきれなくなり、勢いよくウィリアムへ抱きついた。



「ウィリアム様!」



 ウィリアムはなんなくロザリンドを受け止めると、そのまま手を取り、口づけを落とす。



「私と一緒に踊ってくれますか、奥さん」


「喜んで、旦那様」



 ワルツの調べに合わせ、ウィリアムとロザリンドは踊り始める。



「……もう、怒っていないのか……?」


「怒ってないよ。わたしもごめんなさい。ウィリアム様に酷いことを言って……」


「構わない。私にはいつだって、君の本心をぶつけて欲しい」



 ロザリンドはよりぎゅっとウィリアムに密着すると、彼の耳元で囁く。



「ウィリアム様、大好き。誰よりも一番愛している」


「い、いきなりどうした!?」


「本心をぶつけただけだけど……?」



 焦るウィリアムを見て、ロザリンドは不思議そうにこてんと首を傾げた。



「……不意打ちだ……」


「ねえ、ウィリアム様は?」


「好きだ、愛している。私と結婚してくれてありがとう」


「……直球すぎる……」



 ロザリンドは恥ずかしさで顔を紅潮させながら、ウィリアムから目をそらした。



「少しは私の気持ちが分かったか?」


「……うん」



 そしてしばらくダンスを楽しんでいると、今度はウィリアムがロザリンドの耳元で囁く。



「なあ、ロザリンド。ヴァレンタイン侯爵家へ帰ろう。……シャーリーたちのことならば、もうすぐ片がつきそうだ。そうすれば、真実を話すことができる」


「わたしは帰らない」


「ロザリンド!」



 ウィリアムは少し声を荒げる。

 彼の瞳は捨てられそうな子犬のように潤んでいた。だが、ロザリンドの意思は揺らがない。



「ウィリアム様が信じられないからじゃない。……過去の自分と……家族と向き合いたいの。逃げていたけれど、わたしはセルザード伯爵家の娘であることを誇りに思いたい。その上で、貴方の妻になりたい」


「……分かった。家族が生きているのならば、いくらでもやり直すことができるだろう」



 ウィリアムそう言うと、寂しそうに目を細めた。



(……そっか、ウィリアム様の家族はもう……)



 彼の母はウィリアムが幼い時に病で、父と兄は戦争で亡くなっている。

 孤独の中で重い責任を背負い、寂しさを押し殺して期待に応えてみせた彼が、ロザリンドは堪らなく愛しく思った。



「でも、わたしの帰る場所はウィリアム様の側だけ」


「君はとんだ小悪魔だな」



 ロザリンドの額に、ウィリアムの優しいキスが落とされる。



「……さて、名残惜しいが君の体力が心配だし、セルザード伯爵と話もしなくてはならない。ひとまず、ダンスは終いだ」



 ウィリアムの顔はロザリンドを愛しむものから、冷徹な軍務大臣のものへと変わった。



「うん、いってらっしゃい。お仕事、頑張って」



 ロザリンドはすっとウィリアムから離れると、小さく手を振った。









「やあ、ロザリンド」


「……アルド子爵」



 壁際で甘いジュースを飲んでいると、白い正装に身を包んだアルド子爵がロザリンドへ話しかけた。

 彼はピンッと背筋を伸ばし、令嬢が好みそうな、社交用の甘い笑みを張り付かせている。

 その姿は気品があり、子爵ではなく高位貴族だと言われても納得がいく。



「君と内密に話したいことがあるんだ」



 僅かに瞳を鋭くさせ、しかし恋人に囁くように柔らかな口調でアルド子爵は言った。

 ロザリンドもまた、心を隠し通した、麗しい貴婦人の笑みを浮かべる。



「奇遇だね。わたしも」


 そしてロザリンドとアルド子爵は、ひっそりとパーティーの喧騒から抜け出す。







 話し合いの場所に選んだのは、セルザード伯爵家の庭だ。

 昼間は美しい花々を咲かせる庭も、夜になれば生け垣に囲まれたどこか恐ろしい場所となる。



「狼侯爵はロザリンドにベタ惚れだね」


「違う。わたしがウィリアム様にベタ惚れなの」



 ロザリンドが真顔で返すと、アルド子爵は噴き出した。



「ふふっ、恋する乙女はこの世の何よりも輝かしいね」


「……ねえ、貴方、今まで何をしていたの?」



 アルド子爵はセルザード伯爵家に滞在していたが、時折姿を眩ましていた。

 それはギクラスと一緒の時もあれば、アルド子爵単独の時もあった。

 この国で彼が何をしているのか、ロザリンドには疑問が尽きない。



「酷いな、パーティーの準備で忙しくて構ってくれなかったのは君じゃないか」


「嘘。屋敷を抜け出していたのは知っている」


「ロザリンドにそんなに気にしてもらえていたなんて、嬉しいよ」



 のらりくらりと軽い調子でロザリンドの言葉を交わす彼に、苛立ちの感情が湧いてくる。

 おそらく、アルド子爵の目的はロザリンドとウィリアムも無関係ではない。そうでなければ、ロザリンドを気にかけないだろうし、ウィリアムを毛嫌いすることもないだろう。



「とぼけないで。アルド子爵……貴方は、この国に何をしに来たの……?」


「……君を連れ去りに来たって言ったらどうする?」


「わたしが本物の黄金の錬金術師だから?」



 腐れ縁のクリスティーナが、ロザリンドをベルニーニ神国へ売ろうとしていたことは記憶に新しい。

 ロザリンドには、生かす才能も殺す才能も秘めている。平時も戦時も有効活用ができ、国としては喉から手が出るほどに欲しいもののはずだ。



「違う。そうじゃない」



 ロザリンドの予想とは異なり、アルド子爵は露骨に嫌な顔をする。



「……血の繋がりとやらが原因?」


「それは――――」



 そのとき、ぐいっとロザリンドの腕が引っ張られた。



「ロザリー姉上から離れろ!」


「シリウス!」


「だめじゃないか、こんな暗がりでアルドみたいな変態と二人っきりになるなんて。襲ってくださいって言っているようなもんだ!」



 シリウスはロザリンドを目一杯抱きしめ、アルド子爵を睨み付ける。



「酷い評価だな。私は美しい花は手折らずに、そのまま観賞する方だよ」


「尚、気持ち悪いぜ!」


「まったく、私がロザリンドに邪な思いを抱く訳がないよ。だいたい私には結婚を誓った女性がいるし、彼女は私の――――」



 アルド子爵が言い切る前に、彼は前のめりに倒れた。



「え、何!?」



 突然のことに驚愕していると、強い力でロザリンドの口元が布で覆われる。



「んぐっ」



 そして、ツンとした薬品の匂いがしたのと同時に、ロザリンドの視界は黒く染まり、意識は闇に堕ちた――――




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