46話 波乱の誕生パーティー
本日8話目
ホール内は騒がしく、それは豪奢なドレスを身に纏った女性を中心としていた。
彼女は上品に扇で口元を隠し振り向くと、ロザリンドを見て剣呑な視線を寄越す。
「まあまあ! 今更、生家に出戻り? 狼侯爵に手酷く扱われたのかしら」
「……継母様……?」
目の前にいる女性からは継母の声がする。
しかし、ロザリンドの記憶の中にある継母の姿とは似ても似つかなかった。
「貴女なんかの帰る場所はないわ。さっさと婚家に帰りなさい。それが嫌なら、修道院にでも入るのね」
懐かしいとも思える罵倒を聞きながら、ロザリンドは淡々と事実を言い返す。
「心配しなくても、わたしの帰る場所はウィリアム様のところだけ」
「誰が心配など……!」
「…………継母様、顔が変わった……?」
思わず、ロザリンドは疑問を口に出してしまった。
でもそれは仕方ないだろう。
いつも冷たく見下ろされていた目線は、今ではロザリンドの方が高い。華奢だった肢体は記憶よりも少しふっくらとしていて、髪だってもっと輝いていた。
彼女の顔は白粉やら紅やらが塗りたくられていて、元の顔立ちが分からなくなっている。
(……本当に継母様? 継母様の皮を被った普通の貴族夫人なんじゃ……?)
好奇心と探究心のかたまりであるロザリンドは、じっと彼女を頭のてっぺんから足の先まで観察していく。
「じ、じろじろ見ないでくださる?」
「……ふむ。骨格は記憶のままだし、別人ってことはないか。加齢による新陳代謝低下と肌の衰えかな。髪に艶がないのもそのそれが原因と」
ロザリンドは淡々と考察を述べる。
すると継母は顔を歪ませ、ポロポロと乾燥した白粉が剥がれていく。
「なっ、な、なっ、なっ、なぁぁぁあああああ!」
「久しぶりですね、継母様」
ぺこりと頭を下げて挨拶をすると、氷塊が崩れるように継母の白粉が剥がれ落ちた。
「なぁぁあああんですってぇっ!?」
「久しぶりですね、継母様……?」
ちゃんと伝わっていなかったのかと、ロザリンドはもう一度継母に挨拶をした。
「そうじゃないわよ!」
「興奮すると白粉がひび割れますよ。それに健康にも良くない。白粉には鉛が含まれているものが多く、それは中毒症状を引き起こすため、人体に有害です。長い目で見れば肌の寿命を縮めています」
「あ、あんただって……あんたなんか……」
継母はロザリンドの頭のてっぺんから足の先まで視線を這わせた。
そして、わなわなと口を動かすが、それが言葉になることはない。
「……どうかしましたか?」
「もう知らないわよ! 別邸に戻るわ!」
継母は最後にふんっと鼻を鳴らし白粉を飛ばすと、そのまま別邸へと戻っていった。
「姉上、完全勝利だね」
継母とロザリンドの会話を聞いていたのか、物陰からひょっこりとシリウスが姿を現した。
「いつの間に勝負していたの……?」
「天然って恐ろしい」
シリウスはジトッとした目でロザリンドを見た。
「よく分からないけれど、継母様に皮脂欠乏症の薬を贈ってあげなきゃね」
皮脂欠乏症の薬――ロザリンドの作る保湿クリームは、貴族女性に中々好評だ。
きっと継母も喜んでくれるだろう。
「そうだ、忙しくなる前にシリウスに誕生日プレゼントを渡さなきゃ」
ロザリンドがそう言うと、シンシアが手際よく大きな箱を渡してくれた
「……僕に……?」
シリウスは恐る恐る箱を開けた。
中には細い長い筒と脚立、そして、分厚いレンズが丁寧に梱包されている。
「これ、望遠鏡? しかも、こんなに高性能なの、エレアノーラ学院にもないよ。……ありがとう、姉上。すごく……すごく嬉しい」
「わたしも嬉しい」
シリウスの笑顔に釣られ、ロザリンドもまた笑みを浮かべる。
ロザリンドとシリウスは姉弟なのだと、今は確かに胸を張って言えるだろう。
#
シリウスの誕生パーティーには、多くの貴族が招かれていた。
貴族たちはにこやかにシリウスへと祝いの言葉を述べるが、彼らの関心は隣にいるロザリンドに向いている。
ヒソヒソと――しかし、時にはこちらへ聞こえるように『ロザリンドがついにウィリアムから捨てられた』だの、『愛人を囲った狼侯爵に耐えられなくなり家を出た』だの、好き勝手に色々なことを言っていた。
(噂なんてつまらないと思うよ。だって真実を探求する方が何倍も面白いし)
ロザリンドは元々、自分への関心が薄い。
それ故、貴族たちの心ない噂も、このパーティーを盛り上げるスパイス程度にしか思っていなかった。
だが、シリウスは違うようで、ロザリンドの噂が聞こえるたびに不機嫌な顔を作る。
「……酷い。姉上がいるのに……しかも、嘘ばっかり。あの変態侯爵を捨てるのは、姉上のほうだよ……!」
「シリウス、それ違う」
「だいたい、もうパーティーは始まっているのに、まだ来ないなんて……」
「きっと、理由がある。それに、ウィリアム様は来るよ。約束は絶対に守る人だから」
ウィリアムはいつだってロザリンドを守ってくれる。
そして優しい彼は、皆を守ろうと頑張ってくれるのだ。
「噂なんて気にしても無駄。今日はシリウスが主役なんだから。貴方を祝ってくれる人を大切にしなくちゃ」
ロザリンドはそう言うと、シリウスの学友たちが集まる一角を指さした。
招待客の挨拶もほとんど終わり、後は歓談と社交の時間だ。
「……いってくる」
「うん、いってらっしゃい」
ロザリンドは眩しい思いでシリウスの背中を見送る。
研究ばかりにのめり込み、友人作りの下手だったロザリンドとは違い、シリウスは友人が多かった。
(……セルザード伯爵家は次代も大丈夫だね)
人脈とは大きな財産だ。間違いなくシリウスは良き当主となる。
きっともう、ロザリンドの出る幕はなくなるだろう。
「……少し寂しい」
やっとセルザード伯爵家に居場所ができたかと思ったが、やはりロザリンドはもう他家の人間なのだ。
目を瞑り、思い起こされるのはヴァレンタイン侯爵家での生活だ。
広大な敷地にそびえ立つ質実剛健な印象を抱かせる白亜の屋敷、可愛らしいレンガ造りの研究所、堅実な仕事をする明るい使用人たち、そして、いつもロザリンドを優しく抱きしめてくれるウィリアム。
すべてが愛しく、ロザリンドが心から欲していた温もりだ。
(……今、無性に……貴方に会いたい)
重い瞼を再び開けば、そこにはロザリンドが心から望む愛しい人がいた。
「……ウィリアム様」
「遅くなってすまない」
ロザリンドは堪えきれなくなり、勢いよくウィリアムへ抱きついた。
「ウィリアム様!」
ウィリアムはなんなくロザリンドを受け止めると、そのまま手を取り、口づけを落とす。
「私と一緒に踊ってくれますか、奥さん」
「喜んで、旦那様」
ワルツの調べに合わせ、ウィリアムとロザリンドは踊り始める。
「……もう、怒っていないのか……?」
「怒ってないよ。わたしもごめんなさい。ウィリアム様に酷いことを言って……」
「構わない。私にはいつだって、君の本心をぶつけて欲しい」
ロザリンドはよりぎゅっとウィリアムに密着すると、彼の耳元で囁く。
「ウィリアム様、大好き。誰よりも一番愛している」
「い、いきなりどうした!?」
「本心をぶつけただけだけど……?」
焦るウィリアムを見て、ロザリンドは不思議そうにこてんと首を傾げた。
「……不意打ちだ……」
「ねえ、ウィリアム様は?」
「好きだ、愛している。私と結婚してくれてありがとう」
「……直球すぎる……」
ロザリンドは恥ずかしさで顔を紅潮させながら、ウィリアムから目をそらした。
「少しは私の気持ちが分かったか?」
「……うん」
そしてしばらくダンスを楽しんでいると、今度はウィリアムがロザリンドの耳元で囁く。
「なあ、ロザリンド。ヴァレンタイン侯爵家へ帰ろう。……シャーリーたちのことならば、もうすぐ片がつきそうだ。そうすれば、真実を話すことができる」
「わたしは帰らない」
「ロザリンド!」
ウィリアムは少し声を荒げる。
彼の瞳は捨てられそうな子犬のように潤んでいた。だが、ロザリンドの意思は揺らがない。
「ウィリアム様が信じられないからじゃない。……過去の自分と……家族と向き合いたいの。逃げていたけれど、わたしはセルザード伯爵家の娘であることを誇りに思いたい。その上で、貴方の妻になりたい」
「……分かった。家族が生きているのならば、いくらでもやり直すことができるだろう」
ウィリアムそう言うと、寂しそうに目を細めた。
(……そっか、ウィリアム様の家族はもう……)
彼の母はウィリアムが幼い時に病で、父と兄は戦争で亡くなっている。
孤独の中で重い責任を背負い、寂しさを押し殺して期待に応えてみせた彼が、ロザリンドは堪らなく愛しく思った。
「でも、わたしの帰る場所はウィリアム様の側だけ」
「君はとんだ小悪魔だな」
ロザリンドの額に、ウィリアムの優しいキスが落とされる。
「……さて、名残惜しいが君の体力が心配だし、セルザード伯爵と話もしなくてはならない。ひとまず、ダンスは終いだ」
ウィリアムの顔はロザリンドを愛しむものから、冷徹な軍務大臣のものへと変わった。
「うん、いってらっしゃい。お仕事、頑張って」
ロザリンドはすっとウィリアムから離れると、小さく手を振った。
#
「やあ、ロザリンド」
「……アルド子爵」
壁際で甘いジュースを飲んでいると、白い正装に身を包んだアルド子爵がロザリンドへ話しかけた。
彼はピンッと背筋を伸ばし、令嬢が好みそうな、社交用の甘い笑みを張り付かせている。
その姿は気品があり、子爵ではなく高位貴族だと言われても納得がいく。
「君と内密に話したいことがあるんだ」
僅かに瞳を鋭くさせ、しかし恋人に囁くように柔らかな口調でアルド子爵は言った。
ロザリンドもまた、心を隠し通した、麗しい貴婦人の笑みを浮かべる。
「奇遇だね。わたしも」
そしてロザリンドとアルド子爵は、ひっそりとパーティーの喧騒から抜け出す。
話し合いの場所に選んだのは、セルザード伯爵家の庭だ。
昼間は美しい花々を咲かせる庭も、夜になれば生け垣に囲まれたどこか恐ろしい場所となる。
「狼侯爵はロザリンドにベタ惚れだね」
「違う。わたしがウィリアム様にベタ惚れなの」
ロザリンドが真顔で返すと、アルド子爵は噴き出した。
「ふふっ、恋する乙女はこの世の何よりも輝かしいね」
「……ねえ、貴方、今まで何をしていたの?」
アルド子爵はセルザード伯爵家に滞在していたが、時折姿を眩ましていた。
それはギクラスと一緒の時もあれば、アルド子爵単独の時もあった。
この国で彼が何をしているのか、ロザリンドには疑問が尽きない。
「酷いな、パーティーの準備で忙しくて構ってくれなかったのは君じゃないか」
「嘘。屋敷を抜け出していたのは知っている」
「ロザリンドにそんなに気にしてもらえていたなんて、嬉しいよ」
のらりくらりと軽い調子でロザリンドの言葉を交わす彼に、苛立ちの感情が湧いてくる。
おそらく、アルド子爵の目的はロザリンドとウィリアムも無関係ではない。そうでなければ、ロザリンドを気にかけないだろうし、ウィリアムを毛嫌いすることもないだろう。
「とぼけないで。アルド子爵……貴方は、この国に何をしに来たの……?」
「……君を連れ去りに来たって言ったらどうする?」
「わたしが本物の黄金の錬金術師だから?」
腐れ縁のクリスティーナが、ロザリンドをベルニーニ神国へ売ろうとしていたことは記憶に新しい。
ロザリンドには、生かす才能も殺す才能も秘めている。平時も戦時も有効活用ができ、国としては喉から手が出るほどに欲しいもののはずだ。
「違う。そうじゃない」
ロザリンドの予想とは異なり、アルド子爵は露骨に嫌な顔をする。
「……血の繋がりとやらが原因?」
「それは――――」
そのとき、ぐいっとロザリンドの腕が引っ張られた。
「ロザリー姉上から離れろ!」
「シリウス!」
「だめじゃないか、こんな暗がりでアルドみたいな変態と二人っきりになるなんて。襲ってくださいって言っているようなもんだ!」
シリウスはロザリンドを目一杯抱きしめ、アルド子爵を睨み付ける。
「酷い評価だな。私は美しい花は手折らずに、そのまま観賞する方だよ」
「尚、気持ち悪いぜ!」
「まったく、私がロザリンドに邪な思いを抱く訳がないよ。だいたい私には結婚を誓った女性がいるし、彼女は私の――――」
アルド子爵が言い切る前に、彼は前のめりに倒れた。
「え、何!?」
突然のことに驚愕していると、強い力でロザリンドの口元が布で覆われる。
「んぐっ」
そして、ツンとした薬品の匂いがしたのと同時に、ロザリンドの視界は黒く染まり、意識は闇に堕ちた――――




