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狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第一章
35/57

番外編1 ヴァレンタイン侯爵家の裏側


以前活動報告に載せた、一万pt記念SSの加筆版です。

時系列は、ウィリアムとロザリンドが結婚してすぐ辺り。





 勤続5年を迎えた、ヴァレンタイン侯爵家の中堅侍女シンシアは苛立っていた。



(もう、こんな朝っぱらに呼び出すとかなんなの……!)



 昨日は非番だったシンシアは、年頃の娘らしく街で遊び、夜更けに使用人棟に帰ってきた。そしてぐっすりと自室で深い睡眠をとっていたのだ。


 それなのに、日の出前にたたき起こされた。シンシアが不機嫌になるのも道理だろう。


 ずかずかと使用人棟の廊下を歩き、目的の部屋に到着したシンシアはノックもせずに、乱雑な動作で扉を開け放つ。



「用ってなんなの、お父さん!」


「シンシア。仕事服を着ているときは、父ではなく執事長と呼びなさいと言っているでしょう?」



 シンシアの父――ヴァレンタイン侯爵家執事長オルトンは眼鏡をくいっと上げ、厳しい声でいった。



「あーはいはい、オルトン執事長。私、今日は昼からの仕事なのに……」


「旦那様がご結婚なされました」


「それ本当!? お父さん!」



 シンシアは先ほどのオルトンの叱責も忘れ、彼に詰め寄った。



(旦那様が結婚だなんて……信じられない!)



 シンシアの主であるウィリアムは、昔は女遊びが激しかったが、今はとても善良な人間だ。しかし、それを分かってくれる若い令嬢はいない。


 何故なら、ウィリアムの悪意ある噂と凶悪な外見に恐れを抱き近づかないのだ。資産や権力目当てにウィリアムへ婚姻話を持ってくる貴族もいたが、相手の令嬢が怯えるか、ヴァレンタイン侯爵家にとって利益にならない話なので、早々に破談となるのが常だった。


 逆に恋愛の酸いも甘いも経験した経験豊富な貴族女性はウィリアムを狙ってきたが、これもヴァレンタイン侯爵家とウィリアムの事情から、結婚に至ることはなかった。



「お父さんは止めなさい、シンシア。旦那様は昨日、ロザリンド・セルザード伯爵令嬢と結婚しました」


「でもでも、お父さん。旦那様は好きな人がいるんじゃなかった……?」



 ウィリアムに好きな人がいることは使用人全員知っていた。あれほど女遊びをしていたウィリアムが戦後、ピッタリと遊ばなくなったのだから、調べない訳がない。



「今回は女王陛下から持ち込まれた縁談でしたから、相手が悪かった……私たちからすれば、良かったのですが。まあ、旦那様も年貢の納め時ということです」


「お相手の令嬢はまさか……30歳の行き遅れの方とか?」


「まさか。旦那様には出来るだけ多くの子を残して貰いたいと女王陛下も思っているでしょうから、18歳の適齢期の女性ですよ」



 先の戦争で、ヴァレンタイン侯爵家は先代当主とウィリアムの兄を失った。先代当主夫人は10年ほど前に亡くなっており、現在、本家筋の人間はウィリアムただ一人。そのため、ウィリアムは若い女性を妻に迎えなくてはいけなかった。



「……最大の問題は旦那様のお顔ですけど……」



 ウィリアムは素晴らしい主だ。しかし、その厳つい顔は何年も見慣れたはずのシンシアですら、時折、怯えてしまう代物なのだ。でも、ウィリアムの顔はよく見ると整っているし、悪いものではない……はずである。



「それならば、早々に解決しました。ロザリンド奥様は、旦那様の本質を見抜きましたから」


「ええ!? 嘘でしょ、お父さん!」


「 シ ン シ ア 」



 オルトンは微笑むが、完全に目の奥が笑っていない。シンシアは慌てて口元に手を当て、上品に取り繕った。


「ホホホッ、良かったですわ。……きっと、奥様は素晴らしい貴族女性なのでしょうね」



 これはシンシアの本心からの言葉だ。


 ウィリアムと結婚したことを怯え嘆くような女性では、ヴァレンタイン侯爵家夫人を勤めることは出来ない。それに、使用人であるシンシアたちも、ウィリアムの本質を理解してくれる人を奥様と呼びたかったのだ。



「……まあ、それはさておき。シンシア、貴女を奥様付きの侍女にしたいと思っています。急に纏まった縁談なので、今は使用人が足りていない状況です。人員が補充されるまでは、侍女内で交代してもらいますが、貴女が専属になるのは確定です」


「分かりました、引き受けます! それで、お父さん。奥様はどんな人!? 髪の色は? 体格は? 髪質は? どんなドレスと色を好まれるんですか!?」


「落ち着きなさい、シンシア」



 オルトンは興奮するシンシアの額を軽く小突いた。



(奥様付き……初めて、女性をお世話できる!)



 シンシアは元々、女性を煌びやかに飾り立てたくて侍女になった。しかし、シンシアが働き始めた頃には、ヴァレンタイン侯爵家には男性しかいなかった。


 おかげで侍女たちは欲求不満。飢えた獣と言っていいだろう。



「やっと、社交界の流行ドレスの知識や髪結いの技術が活かせるときが来る!」


「奥様の髪は、綺麗な金髪でしたね」



 シンシアは目を輝かせながら、わきわきと両手を怪しく動かした。



「金髪!? だったらドレスは淡い色がいいのかな。でも、深紅のドレスとかも映えるし! あっ、研修で磨き上げたエステ技術も活かしたい!」


「……楽しそうで何よりです。ただ、奥様は少しだけ変わった方ですので、貴女の理想像を押しつけてはいけません。そして、侍女の領分を忘れてはいけませんよ」


「分かっています!」



 シンシアは眠気など覚め、希望に胸を膨らませた。



「私は家の調整が済み次第、旦那様の元へ行きます。何やら、嫌な予感がするので。奥様のことは任せましたよ、シンシア」


「任せてください!」



 その後、奥様立てこもり事件でロザリンドに理想の貴族女性像をぶっ壊されたシンシアだったが、ロザリンドのウィリアムと使用人たちに対する優しさを知り、尊敬の念を持って彼女に仕えている。



(旦那様の好きな人が奥様だったなんて、ロマンチック! 奥様も旦那様が気になっているみたいだし……今後も見逃せない。お二人には幸せになってもらわないと! そしてゆくゆくは小さなお嬢様と坊ちゃんを着飾って……ゲへへ)



 シンシアは……いや、ヴァレンタイン侯爵家使用人たちは、当主夫婦の焦れったい恋愛を温かい眼差しで見守っていた。知らないのは本人たちだけ。


 そう、使用人たちはいつも見ているのだ。



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