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狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第一章
34/57

34話 狼侯爵と愛の霊薬


 スペンサー公爵家の夜会から一か月が経った。

 夜会の後はロザリンドとウィリアムはお互いに忙しい日々を過ごしていたが、現在は少しだけ落ち着き、ふたり揃って王宮を訪れていた。



「女王陛下との謁見なんて、とっても緊張する……。動悸と息切れが止まらないよ……」



 ロザリンドは胸に手を当てて、深呼吸をする。

 ウィリアムはロザリンドの背を優しい手付きで撫でた。



「ロザリンド、緊張するだけ意味が無い。女王陛下は気まぐれな方だからな。まったく、久々にロザリンドと共にゆっくりとした休日を過ごせると思っていたのに……絶対にわざとだな」



 女王からの王宮へのが届いたのは今朝のこと。

 ロザリンドとウィリアムは大慌てで準備をして登城したのだ。


 ウィリアムにエスコートされながらロザリンドは入り組んだ通路を進み、やがて人通りがほとんどないフロアへと出た。そして、こぢんまりとした部屋へと入る。



「待っていたわ、ウィリアム、ロザリンド!」



 ロザリンドたちを迎え入れたのは、たったひとり。紫のドレスに身を包んだ年齢不詳の美女だった。


 彼女は部屋の奥にある豪奢な椅子に座り、妖艶に笑う。その圧倒的な存在感から、ロザリンドはすぐに美女の名に思い当たった。



「お初にお目にかかります、エレアノーラ女王陛下」

 


 ロザリンドは膝を折り、女王に頭を垂れる。



「礼儀正しい子は好きよ。でも、そんな他人行儀は嫌だわ」


「分かりました」



 ロザリンドはすぐに立ち上がり、女王の前に立った。

 すると、女王はころころと笑い始める。



「うふふっ、ウィリアムとは違ってロザリンドは頭がやわらかいのね」


「ロザリンドをからかうのはおやめください、女王陛下。まったく、護衛なしでこんなところにいるなんて、無防備すぎます」


「ねえ、頭が固いでしょう?」



 ウィリアムの苦言を軽く流した女王は、ロザリンドを手招きした。

 すると、ロザリンドを腕の中に閉じ込め、ロザリンド髪の毛を撫でたり、頬をひっぱって弾力と伸びを楽しみ始める。


 ロザリンドは女王の突然の奇行に戸惑いながら、されるがままでいた。



「……女王陛下。私の妻に悪戯するのは止めてください」



 痺れを切らしたウィリアムが女王を窘めた。



「あら。あたくしは可愛い孫弟子を可愛がっているだけよ?」


「孫弟子? え……えええぇぇ!?」



 ロザリンドは驚愕し、口をぽかんと開けた。女王はロザリンドの反応を見て、満足そうに口角を上げる。



「あたくしはファリスの師匠。そして名付け親であり、姉であり、掃きだめから救った恩人であり、死の道へと歩かせた女王よ」




 ロザリンドは女王の顔をのぞき込むが、彼女はただ微笑むだけで心は読み取れない。

 でも、ロザリンドの頭を撫でる彼女の手が、少しだけ震えた気がした。



「弟子の愛情を利用して、あの子に戦場へ行くように女王として命令したわ。だからね、ロザリンド。ファリスを殺したのは、あたくしなのよ。どう? あたくしを嫌いになったかしら?」


「……嫌いになんて、なりません。だって、ファリスは権力者が大嫌いだった。それなのに、女王陛下の命令を聞いたってことは、ファリスは貴女を愛していたということ」



 ファリスが捻くれた性格なのは、弟子であるロザリンドがよく知っている。

 本当に命令が嫌だったら、ロザリンドを連れて国外逃亡ぐらい簡単にやってのけるだろう。



「貴女はファリスと一緒で、眩しいぐらいにいい子ね」


「女王陛下、聞かせて欲しいのですが……貴女にとって、ファリスはどういう存在でしたか?」



 女王は一度目を閉じた。

 そして少女のように澄んだ瞳で、ロザリンドを見つめる。



「あの子はあたくしの……夢であり、誇りであり、愛すべき弟よ」


「その答えだけで十分です。ファリスもきっと……笑っている」



 ロザリンドと女王は笑い合う。

 すると背後からウィリアムの咳払いが聞こえた。



「あー、あの、少しいいですか?」


「ウィリアムは空気の読めない子ね。まあ、いいわ。何かしら?」


「戦後、ロザリンドを学院に留め、私との縁談を持ち込んだのは……」


「もちろん、あたくしの采配よ。可愛い弟子に、自分が死んだらロザリンドをできるだけ守ってくれって言われたんだもの。この国で一番強い男の庇護下に置こうするのは当然でしょう? ちゃんと努力して頑張って良かったわね、ウィリアム」



 ウィリアムはへなへなと力なく踞ると、恨めしそうな瞳で女王を見上げた。



「……すべて貴女の手の上だったということですか……」


「そうとも言えないわ。人の気持ちの変化までは、あたくしでも予測できないもの」



 女王はロザリンドを膝から下ろし、立ち上がった。



「ロザリンド、貴女が死灰毒の解毒薬を開発したことはフランレシアの社交界のみならず、ベルニーニにも知れ渡っているでしょう。もう貴女は研究を愛するだけのものぐさ姫には戻れないわ」



 たとえ狼侯爵の庇護があったとしても、今回のクリスティーナの件も考えて、これからロザリンドを狙う者は後を絶たないだろう。


 しかし、ロザリンドはすべて分かっていてオーレリアを治療したのだ。この程度では決意は鈍らない。



「狼侯爵の妻に、恐れるものなどございません」


「よく言ったわ。それならば、貴女に『黄金の聖女』の称号を与えます。ロザリンド、ファリスの意志を継ぎ、人々に癒やしを与え、希望と平和の象徴となりなさい」



 女王は頷くと、ウィリアムへと視線を移した。



「ウィリアム、戦後の混乱期をよくぞ支えてくれたわ。これからも貴方は強さの象徴でなければならない。その重さに耐えられる?」


「ロザリンドと一緒ならばどこまでも」



 そう言ってウィリアムは女王に膝をついた。

 女王は小さく息を吐くと、ぽすんと再び椅子へと腰掛けた。



「ふぅ……これで困ったちゃんの一人が片づいたわ。お母様としては、あともう一人も、いい加減おかしな求婚芸をしていないで落ち着いて欲しいのだけど」



 女王の母親としての呟きに、ロザリンドとウィリアムは思わず笑い出した。









 ロザリンドとウィリアムは女王との謁見の後、ヴァレンタイン侯爵家へと戻っていた。

 テラスにオルトンとシンシアがティーセットを並べ、久方ぶりのティータイムを楽しむ。

 


「……ん、おいしい」



 ロザリンドは十分に紅茶の香りを楽しんだ後、カップに口をつけ、頬を緩ませた。



「今日の紅茶は少し変わった香辛料が入っているようだな。なかなかうまい」


「旦那様、この紅茶は奥様が用意したんですよ!」


「そうか、さすがロザリンドだな」



 ウィリアムはよほど気に入ったようで、一気に紅茶を飲み干した。ロザリンドはそれを見届けると、自分も紅茶をゆっくりと飲み干した。



「ねえ、ウィリアム様。こっちに来て」


「どうしたんだ、ロザリンド?」



 不思議がるウィリアムの手をロザリンドは引っ張った。そして手すりの近くにまで行くと、ウィリアムの青い双眸をじっと見つめる。



「な、なんだ、どうしたんだ……?」



 ロザリンドの熱い視線にウィリアムはたじろぐ。


 しかし、これはロザリンドの望んだ反応ではないため、ロザリンドは手でオルトンに合図をした。するとオルトンは優秀な執事らしく、素早く動いた。



「奥様。踏み台をお持ちいたしました」


「ありがとう」



 ロザリンドは少々不安定な踏み台に上ると、またウィリアムの瞳を熱心に見つめる。踏み台に乗ったことで、ロザリンドの目線はウィリアムと一緒になり、普段よりも近い顔にロザリンドの心臓がドキドキと高鳴る。



「わ、わたしがドキドキしている場合じゃな――いひゃぁっ!」



 踏み台から転げ落ちそうになったロザリンドを、ウィリアムが慌てることなく抱き上げた。先ほどよりも近い視線にロザリンドは赤面する。



「ねえ、ウィリアム様。動悸息切れに悩まされていない?」


「……いったい何がしたいんだ、ロザリンド」


「愛の霊薬の効果が薄いみたいだから、吊り橋効果を狙ったの」



 きょとんと首を傾げるロザリンドを見て、ウィリアムは眉間に皺を寄せた。



「愛の霊薬……確か、惚れ薬だったか。……ロザリンド。もしかして、あの紅茶には……」


「もちろん、入っているよ。でも、安心して。人体に有害な物質は入っていない。むしろ、血行促進、疲労回復の効果が期待できる。折角、ウィリアム様が死霊花をプレゼントしてくれたんだから、作らない手はないと思って」



 古の錬金術師が作り上げたという、幻の霊薬の一つを作れる材料が揃ったのだから、研究熱心なロザリンドが作らない訳がない。もちろん、安全性には気を配っているし、効果もほぼすべて想定済みで、惚れ薬というよりも滋養強壮剤といった感じだ。


 その中に惚れる成分が入っているとは思えなかったが、ロザリンドは確かに愛の霊薬の効果を感じていた。



「……一緒に飲めばウィリアム様にもっと好きになってもらえると思ったけど、わたしばっかりに効果が出て、ウィリアム様には効かないみたい。個人差があるのかな?」


「……ロザリンド」



 ウィリアムはロザリンドの耳元で囁くと、ちょうど胸の辺りにロザリンドの頭を寄せた。するとドクンドクンと力強い鼓動が聞こえる。



(……ウィリアム様も、わたしにドキドキしてくれてるの?)



 ウィリアムの腕の中、安心したようにロザリンドは笑った。そして慈しむようにロザリンドの頬にウィリアムが口づけを落とす。



「私にとっての愛の霊薬はロザリンドだ。目を合わせ、言葉を交わすたびに、私は君に恋をしているんだ。もう、私は君を手放すことなんてできない」


「わたしだって、ウィリアム様の手を離すつもりなんてないよ?」



 ロザリンドはウィリアムの首に手を回し、ぴっとりと身体を寄せた。


 捕獲されたのはどちらなのか。それに気づくのは、ずっとずっと先の未来になるだろう。



 

 雲一つない翡翠色の空へ金茶色の鳥が1羽、悠々とヴァレンタイン侯爵家から飛び立った。

 鳥はふたりの未来を祝福するように大きく旋回すると、遠く果ての無い地平線へと駆けていく――――




―FIN―





以上で完結になります。

長い間、ありがとうございました。

活動報告で書いた通り、感想欄を開き直しました。

もしよろしければ、お立ち寄り下さい。



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