表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第一章
32/57

32話 反撃の狼煙


 ウィリアムはスペンサー公爵家へ戻ると、すぐさまジェイラスの元へと向かった。

 ジェイラスは招待客たちから直接事情聴取をしていたようで、部屋の中には老齢の貴族夫婦がいた。しかし、ウィリアムは構わずジェイラスの元へと駆け寄る。



「ジェイラス!」


「……随分と慌ただしい帰還だね、ウィリアム」



 ジェイラスは部屋にいた貴族夫婦を退室させると、焦るウィリアムの前に手を翳した。



「ウィリアム、深呼吸。それと、まずは報告を。話はそれからだ」


「……ああ、すまない」



 些かジェイラスが落ち着きすぎているように感じるが、ウィリアムは深く息を吸い、心を落ち着けた。



「暗殺者を追跡途中、隊を二つに分けた。私はベルニーニ工作員の拠点へと向かった」


「そうだろうね。暗殺者を捕まえられる望みは薄い。それだったら、主犯者と思しきベルニーニの工作員の拠点を潰すのが合理的だ」


「拠点は簡単に制圧できた。一人、生かして捕らえている。今はおそらくセレスが後片付けをしているだろう。問題は、ベルニーニの工作員たちがロザリンドの情報を欲していたことだ。便せんには、ノース貿易会社のすかしが入っていた」




 ウィリアムがジェイラスに報告したのと同時に、部屋の扉が乱雑にノックされた。ウィリアムが剣の柄に手を伸ばすが、それをジェイラスが手で制す。


 するとジェイラスの許可もなく、扉が開け放たれ、赤毛の青年が転がり込んできた。青年は細身で、とても武術の心得があるとは思えない。



「大変申し訳ありません、ジェイラス王太子殿下! ノース貿易会社のアリックです。無礼を承知ですが、私の話を聞いていただけないでしょうか」


「おや、タイミングがいいね」



 ジェイラスは微笑み、アリックに先を促す。ウィリアムはじっと堪え、ジェイラスにアリックとの話を任せた。



「私の婚約者、ゴートン男爵令嬢クリスティーナの姿が見当たらないのです……!」


「それはおかしいね。貴族たちはスペンサー邸を出ることを禁じたというのに」



 ジェイラスはアリックに同情するでもなく、冷静に、しかし微笑は絶えさせず受け答える。



「暗殺者に狙われ、連れ去られたのかもしれません……!」


「王太子を暗殺しようとする輩が、ただの男爵令嬢を攫ったりするかな?」


「クリスティーナは美しい。狙われる可能性は十分にあります!」


「うん、時間が惜しいね。……アリックを拘束して。容疑は王太子暗殺未遂だ」


「な、何故!?」



 アリックをジェイラスの後ろに控えていた近衛騎士が拘束した。アリックはなすすべもなく床に膝をつき、呆然とジェイラスを見上げる。



「ノース貿易会社がベルニーニの工作員と手紙をやり取りをしていたのが分かった。君を疑うのは十分だろう? まあ、その様子だと君は関係ないみたいだけど」



 アリックは反論する余地もなく、近衛騎士によってジェイラスの元から遠ざけられていく。ジェイラスは小さく息を吐いた。



「消えたノース貿易会社嫡男の婚約者か。色々な事件が続くね」


「……その婚約者はロザリンドの学友だ」


「うわぁ、一気にきな臭くなってきたね」



 ジェイラスは立ち上がり、ウィリアムと足早に部屋を出た。



「まずは、ロザリンド嬢の無事を確認をしたいね」


「……ロザリンド」



(どうか……無事でいてくれ)



 ウィリアムの思いとは裏腹に、オーレリアのいる治療室にロザリンドの姿はなかった。



「ジェイラス殿下、ヴァレンタイン侯爵、おはようございます。オーレリアお嬢様なら、ロザリンド様の献身的な治療のおかげで、九死に一生を得ました。今は眠っていらっしゃいます」



 慣れ親しんだスペンサー家の侍女がウィリアムとジェイラスに声をかける。

 ジェイラスは眠るオーレリアの傍に寄ると、眉根を下げて深く息を吐いた。



「……ロザリンドはどこだ?」



 ウィリアムが問いかけると、侍女は怯えることなく背筋を伸ばした。



「ご友人と外の空気を吸いにいかれましたけど……そう言えば少し遅いですね。すごい集中力で朝までオーレリアお嬢様を看ていてくれましたから、お疲れでしょうに……」



 侍女は頬に手を当てながら、心配そうに言った。



「……友人とは?」


「あの方は……ゴートン男爵令嬢だと思います」


「してやられたね。ロザリンド嬢は誘拐されたわけだ。ゴートン男爵令嬢は関係者か……? それともただ巻き込まれただけ? 僕の暗殺はただの陽動で本命はロザリンドなのか? そうなると、ベルニーニ側の思惑はやはり……」


「くそっ……ロザリンド!」



 ジェイラスは考え込み、ウィリアム痺れを切らしてロザリンドを探しに行こうと部屋を飛びだそうとする。



「先ほどから……耳元でうるさいですの! まったく、淑女の眠る部屋に許可無く男ふたりが騒ぐなんて、無礼千万、紳士にあるまじき愚行ですわ!」



 

 しかしウィリアムは、眠っていたはずのオーレリアの叱責により、条件反射でぴたりと動きを止めた。



「……オーレリア」


「なんですの? まるで死人を見るような気に入らない目ですわね、ジェイラス殿下」


「本当に……良かった……オーレリア……」



 ジェイラスが壊れ物を扱うようにそっとオーレリアを抱きしめる。しかし、その抱擁は3秒と持たずにオーレリアに突き飛ばされて終了した。



「許可無く淑女に触れるなんて、訴訟ものですわ。わたくしに不名誉な噂が流れたらどうしてくれますの?」


「大丈夫だよ。そのときは僕が責任を持ってオーレリアをもらい受けるから。ああ、やっぱり気持ちを抑えられない! オーレリア、君を失うなんて考えられない。僕と結婚してくれ……!」


「絶対に嫌ですわ。馬鹿なことを言っていないで、ロザリンド様を奪還する作戦を立てますわよ」


「オーレリア、身体はもう大丈夫なのか……?」



 ウィリアムはおずおずとオーレリアに問いかけた。



「さあ? ロザリンド様がいないので判断しかねますわ。でも、王太子補佐官として、この窮地を打開する作を考えない訳にはいきませんもの。いい歳をした馬鹿ふたりのおかげで、状況は概ね理解していますわ」



 オーレリアはベッド脇のキャビネットからフランレシア国内の地図を引っ張り出すと、それをベッドの上に広げた。



「いまここで、ゴートン男爵令嬢の真偽を確かめる必要はありませんわ。ジェイラス殿下を囮にしてでもロザリンド様の才能を手に入れたい可能性も、美しい淑女を手に入れたい可能性もあります。ロザリンド様が誘拐されているのは事実でしょうし」



 オーレリアはスペンサー公爵家の街道を指でなぞり、数カ所ある関所を指差した。



「王太子暗殺未遂で、わたくしが重傷となれば、真っ先に思いつくのが関所の封鎖ですわ。犯人を逃がす要素はできるだけ潰しておきたいですもの。……もちろん、封鎖していますわよね、ジェイラス殿下?」


「もちろんだよ、オーレリア! 昨夜のうちに伝令は出してある」


「上々ですわね。関所が封鎖されているとなれば、誘拐犯が通る道は限られますの。まして、令嬢を抱えてベルニーニへ行く道となれば馬車を使うでしょうし、もっと選択肢は限られますわ。警戒網がしかれている中で、迂回路を使うのは握手ですし、誘拐犯も時間が惜しいはず」



 オーレリアは羽ペンを取り出し、ベルニーニ神国の方向にある山道に線を引いた。



「周辺の住民しか使わない少々荒い道ですが、ここならば関所を通らずスペンサー公爵領を出ることができますわ。一般的には知られていない道ですし、わたくしが誘拐犯ならばここを選択いたします。侍女の物言いから言って、ロザリンド様がいなくなってから数刻も経っていないでしょう。早馬で行けば十分追いつけますわ」


「さすがオーレリアだね!」


「浮かれすぎは良くないですわ」



 オーレリアはキリリとした目でジェイラスを窘める。

 ジェイラスはとんっと胸を叩き、笑った。



「うん。関所にも人を送るし、他の懸念材料も潰していくよ」


「ふん。その程度のことが考えられないでくの坊でしたら、しばき倒して再教育していたところですわ」



 オーレリアはそう言うと、今度はウィリアムへと視線を移す。



「ウィリアムはこれからどういたしますの? また闇雲にロザリンド様を探すのかしら?」


「私はオーレリアの示した道を行く。一番信用できるからな。必ずロザリンドを助け出す」


「そうだね。僕もロザリンド嬢を救いに行こうかな」


「貴方も行きますの、ジェイラス殿下。……はぁ、いいですわ。もう勝手にしてくださいまし」



 まだ本調子ではないのか、オーレリアはジェイラスを咎めることもなく再びベッドに身体を沈める。オーレリアの顔色は悪く、彼女に休息が必要なのは明白だった。



「絶対に助け出してくださいませ。……わたくしたちの聖女を」


「もちろんさ」


「……ロザリンドを守ると約束したからな」



 太陽が昇った朝、ウィリアムとジェイラスは騎馬に乗り、ロザリンド奪還へと動き出す――――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ