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狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第一章
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19話 弟子先生と大先生

 ロザリンドとファリスは最前線に最も近い医療施設団に送られた。

 森の奥深くに隠されるように建てられたテントで、寝心地が良いとはとても言えない粗末な敷布の上に、大勢の負傷者が横になっていた。

 ベルニーニ軍の攻撃は無差別に行われるため、負傷者は軍人だけではなく、戦場近くの村人も多くいる。テント中で、ロザリンドは忙しく走り回っていた。



「弟子先生! ちぃっと傷が痛むんだが」


「農夫さん、今行く」



 このテントの中では、ロザリンドは弟子先生と呼ばれていた。


 ロザリンドもまた、患者のことは名前で呼ばない。助けられる命もあれば、助けられない命もある。名前を覚えようとすれば覚えられるが、それでは患者に情が移りすぎる。



「弟子先生ここだよここ!」



 農夫は上着を捲り上げた。

 腹には縦に大きく引き裂かれるような深い切り傷があったが、それはやや乱雑であるがきちんと縫われている。腫れも最小限で、化膿している様子もない。



「特に問題はなさそうだけど……?」


「でもなぁ、引きつる感じがすんだよ」



 農夫と一緒にロザリンドは首を傾げる。

 すると背後から馬鹿にしたような笑い声が上がった。



「ぷっふふははは! オッサンの腹が痛むのは、どう考えてもロザリンドの縫い方がヘタクソだからだろ!」


「う、うるさい、ファリス! そのうち、お腹に刺繍ができるぐらい上手くなるんだから!」


「ふーん。いつになることやら?」



 ファリスの挑発的な顔に、ロザリンドは顔を真っ赤にさせて激昂する。



「むっきー! すぐにファリスなんて超えてやる!」


「無理無理。弟子は師匠を超えられないんだぜ?」


「弟子は師匠を踏み台にするものだよ」


「言ったな、クソ弟子! 勝負しろ!」



 ロザリンドとファリスは睨み合いながら、針と糸を手に取った。

 それを見た農夫は青ざめた顔で両手を振った。



「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ! 大先生、弟子先生! 俺は腹に刺繍なんてされたくねーよ!」


「チッ……我が儘なオッサンだな……」



 ファリスはそう言うと、他の患者の元へ向かった。

 このテントの中にはロザリンドとファリスしか医師がいない。他に志願看護師や民間協力者がいるが、合わせて10人ほどしかおらず、深刻な人手不足に悩まされていた。



「……大先生は腕はいいんだが、器と背がちっちゃいな。あと口が悪い」


「それ是非ともファリスの前で言って、農夫さん」


「刺繍されちまうから言わねーよ!」



 農夫は叫ぶと傷に響いたのか、腹を押さえて顔を歪ませた。ロザリンドは農夫を楽な姿勢に誘導すると、患部の消毒を始める。



「いつも思うが、弟子先生の眼鏡はだっせーな」


「……そんなこと言う患者には、塩を傷口にすり込むご奉仕をしてあげる」


「嘘だ! 素敵だと思うぜ? 弟子先生の茶色の髪にすごく似合っている」


「……ありがとう」



 農夫のあからさまなおべっかにお礼を言うと、ロザリンドは自分のくすんだ茶色の髪を見た。

 医師として従軍すると決めたときに、貴族の身分は捨てたも同然だ。ロザリンドの地毛は金髪だが、それは貴族に多い髪色のため、ここでは目立ちすぎる。そのため今は茶色に染められていた。



(まあ、この髪色も悪くない。ちょっと染め直すのが面倒だけど)



 農夫の治療が終わると、ロザリンドはひとりひとりと話をしながら、黙々と治療に励む。

 そして夕暮れ、ドタドタと忙しない足音がいくつも聞こえた。



「急患です!」



 担架で運ばれてきたのは、数人のフランレシアの軍人たちだ。

 ロザリンドとファリスは慌てて彼らに駆け寄る。



「がはっ……」



 軍人の一人が苦しそうに胃液を吐いた。

 ファリスは胃液が逆流して窒息しないよう、軍人を横に寝かせる。



「全員外傷はないな。……嘔吐、痙攣、意識の混濁……毒でも吸ったか?」



 ロザリンドはすぐさま頭の中で該当する毒を検索する。そして迷わず軍服の上着を脱がせた。すると軍人の上半身には赤い発疹がいくつも出ているのが見える。



「……赤毒せきどくだね」



 ロザリンドがそう言うと、軍人たちの介助をしていた看護師が小さく悲鳴を上げた。



「赤毒って、ベルニーニが暗殺に使っているって噂の毒……? まだ治療法も解毒方法も分かってないじゃない!」


「……大丈夫。この人たちは助かる」



 ロザリンドは部屋の隅に置いてある自分の荷物から、小瓶を取り出した。

 小瓶の中身は、もしかしたら役に立つかもしれないと、ロザリンドの作った解毒薬だ。偶然にも数ヶ月前に学院長からプレゼントされた毒が赤毒で、ロザリンドはそれの解毒薬を開発済みだった。


 小瓶の薬を水で薄め、赤毒の症状が出ている軍人たちに根気よく飲ませていく。すると、すぐに嘔吐と痙攣の症状が治まり、二十分経つころには身体の発疹も消えていた。



「すごいですね! この解毒薬、どこで手に入れたんですか?」



 看護師の一人がロザリンドに問いかける。



「えっとそれはね――」


「それは俺が開発した解毒薬だ」



 突然のファリスの物言いに、ロザリンドは瞠目する。



(どうして嘘をつくの……? この解毒薬は、わたしが開発したのに)



 ロザリンドは疑問に思いファリスを見るが、彼はロザリンドと目を合わせようとせず、会話を続けていた。



「俺は天才だからな! 他にも色々開発しているんだぜ」


「すごいです!」


「一瞬、弟子先生が作ったのかと思ったが、やっぱり大先生が作ったんだな。よっ、背は低いが将来に伸び代のある男!」


「うるせー、クソジジイ!」



 ロザリンドはファリスたちを遠巻きに見ながら、ひとり頷いた。



(そっか。わたしが開発したって言うより、大人のファリスが作ったって言ったほうが皆信用するし、面倒が少ないよね)



 納得したロザリンドは軍人たちの治療に戻った。




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