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狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第一章
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14話 罪悪と祝福

「それはどういう意味かな、ロザリンド嬢」



 ジェイラス王太子は、人の良さそうな笑みを浮かべながら言った。

 しかし、ロザリンドを警戒しているのだろう。彼の目は笑っていない。



「すみません。特に意味はありませんでした」



 嘘だ。意味なら大いにあった。ジェイラス王太子の反応から、彼とウィリアムがロザリンドの秘密を知らないことが分かったのだから。



(でも、失ったものも多いよね。……信用とか)


 

 明らかな含みを持たせたロザリンドの質問に、ジェイラス王太子のロザリンドに対する心証は大きく下降しただろう。そして悪い意味で興味を持ち、ロザリンドの過去を詳しく調べるかもしれない。


 しかし、ロザリンドはそのことに不安はない。遅かれ早かれ、彼は次期王として、ロザリンドの過ちを知ることになるだろうから。



「少しは大きく構えられないのかしら。王太子の風格なんて微塵も感じませんわ」



 そう言って、ウィリアム宛の手紙を書き終えたオーレリアが、ジェイラス王太子を睨み付けた。



「酷いなぁ、オーレリア。僕が賢王の器じゃないことは君が一番知っているじゃないか」



 睨み付けられているはずなのに、ジェイラス王太子は目を細め愛しそうにオーレリアを見つめている。オーレリアは煩わしそうに鼻を鳴らすと、腕を組み、ジェイラス王太子から目をそらした。



「たとえそうでも、愚王になることは許しませんわ。まあ、そうなる前に根性をメッタメタに叩き直してさしあげますけど。……抵抗力のないボロ雑巾になるまで」


「ずっと側で僕の心に寄り添ってくれるんだね、オーレリア! 僕の一生を支えるために結婚してくれ!」



 ロザリンドは、二人の会話についていけない。



(どうして今の流れで求婚したんだろう……?)



 ロザリンドは自分の知識不足に歯がみする。


 人間関係は複雑だ。基本的に引きこもり気質のロザリンドには、人の心の機微は理解しがたい。



「嫌。勝手に一人で朽ち果ててくださる? ……まあ、ジェイラス殿下のことは放っておいて」



 オーレリアはゴミを見るような目でジェイラス王太子を見た後、軽く咳払いして、ロザリンドに歩み寄る。そしてウィリアム宛の手紙をロザリンドに手渡した。



「ウィリアムは、わたくしたちにとって幼馴染みであり、本心から我が儘を言える兄ですわ」


「……ごめんなさい。わたしなんかが妻になって」



 次いで「離縁するから許してください」という言葉は、ロザリンドの口から出ることはなかった。彼らの大切な人であるウィリアムを、ロザリンドは望まない結婚というかたちで縛り付け、現在進行形で危険に晒している。



(それなのに……わたしが心を痛めるなんて、最低だ)



 ロザリンドはきゅっと下唇を噛みしめ、俯いた。

 オーレリアは、そんなロザリンドの前髪を優しい動作で梳いた。



「ウィリアムは大事な人をたくさん失ってきましたわ。家族を、友人を、同僚を……愛する少女を。だから、ウィリアムには幸せになって欲しいんですの。わたくしは、ロザリンド様が失ってばかりだったウィリアムの妻になってくださったことを、本当に祝福してますわ」



 とてもやわらかな声だった。オーレリアは本当にウィリアムとロザリンドの結婚を祝福してくれている。しかし、ロザリンドの心は罪悪感でいっぱいだった。



「わたしは……旦那様に相応しくありません。とても大きな隠し事があります」


「誰にだって秘密はありますわ。ウィリアムだって、ロザリンド様に隠していることがありますもの。……ねえ、ロザリンド様。わたくしは結婚していませんから、説得力に欠けると思いますけど、夫婦は話し合うことが大切だと思いますのよ」


「その……旦那様の書類は渡しましたし、今日はもう失礼します」



 ロザリンドは頼りない足取りで逃げるように王太子執務室を出ると、オーレリアの言葉を何度も心の中で反芻させた。



 










 ウィリアムにすべてを話すべきか、それとも隠すべきか。

 いくら考えてもロザリンドの中で答えは出ない。


 ウィリアムには夫としてロザリンドのことを知る権利はある。しかし、ロザリンドに好意を持っていない彼に話すことは、ファリスとの約束に反する。そして離縁することになるのなら、ウィリアムに話さないことが最善だと思い、ロザリンドの心は燻っていた。



(……もっとよく考えよう)



 当てもなく王宮内を歩いているロザリンドはやがて、華やかで活気のある場所へ出た。

 鮮やかな花が咲く庭園の脇にテーブルセットがいくつも置かれていて、紳士淑女が紅茶やコーヒー、軽食などを食している。よく見ると、給仕の者たちが忙しなく動いていた。


 ロザリンドは近くのテーブルに座っていた老紳士たちの会話に耳をそばだてる。



「いやはや、王宮のカフェで飲む紅茶は格別ですな」


「一介の商人である私たちも貴族になれた気分になりますね」


(そっか、ここは一般開放されている社交場なんだ)



 許可を得た者たちだけが楽しめる場所なのだろうが、平民が王宮でくつろいでいるなんて、この辺りの国々ではフランレシアだけだろう。


 女王は型破りな実力主義だ。政治でも優秀な平民を登用し、結果を出す者には積極的に叙爵している。貴賤を問わない学院の創設など、女王の破天荒な政策は有名だ。おそらく、このカフェも彼女が立案した場所なのだろう。



(ちょっと、休んで行こうかな)



 おいしいコーヒーでも飲めばいい案が浮かんでくるんじゃないか。そう思ったロザリンドは近くを通りかかったウェイターに声をかける。



「コーヒーが飲みたいんですけど」


「かしこまりました。お席にご案内します」



 先導するウェイターの後ろを、ロザリンドは花を見ながらひょこひょこと付いていく。



(あの花、見たことない。薬の材料になるかな? 効能とか調べたい! 盗ったら怒られるよね?)



 ロザリンドが花を手に入れる算段をしていると、ガシャンと茶器が床に落ちて割れる音が聞こえた。何事かと振り返ると、ロザリンドのすぐ後ろのテーブルで、でっぷりと肥え太った男が憤怒の表情を湛えていた。



「いやはや、女王陛下のお膝元でこんなものを飲まされるとは。恐れ入ったぞ?」


「も、申し訳ありません」



 男の給仕をしていたウェイトレスが、今にも倒れそうなぐらい真っ青な顔をして謝罪した。



(何があったんだろう?)



 不審に思っていると、ロザリンドを案内していたウェイターが「申し訳ありません、少々お待ちを」と言ってどこかへ駆けだした。大方、責任者を呼びに行ったのだろう。



「エクランド伯爵位を持つ私に毒を盛るとは……末恐ろしい娘だ」


「毒!? そ、そんなもの盛っていません!」



 ウェイトレスは目を見開き必死に言ったが、男――エクランド伯爵は鼻で笑うだけだった。



「白々しい。こんな黒みを帯びた紅茶が存在するか?」



 敷石の上に茶器と一緒に飛び散る紅茶は、紫に近い黒色だった。

 その不自然な色にロザリンドは首を傾げる。明らかに紅茶から出る色ではない。



「わ、わたしがお入れした時は、綺麗な赤茶色で……」


「下女風情が口答えをするな!」



 再びガシャンと音が鳴り、今度はサンドウィッチが乗せられていた皿が敷石へと叩きつけられた。ウェイトレスはエクランド伯爵の行動に怯え、ガタガタと震えながら眉尻から涙をこぼす。


 それを見たエクランド伯爵は下卑た笑みを浮かべると、ウェイトレスの腕を掴み上げた。



「毒々しい色に、強烈な苦みの紅茶。いったい、どんな物を私は盛られたのやら。……ああ、分かったぞ。貴様、ベルニーニの死灰毒しはいどくを私に盛ったのだろう? 万死に値するな」


「そ、んなの、しらな……」



 痛みと恐怖に震えるウェイトレスを助ける者はいない。皆、目をそらし、見て見ぬフリをしていた。

 エクランド伯爵に意見できるほどの身分の者がいないのだろう。



(本当に身分制度って面倒くさい)



 いくら女王が実力主義でも、身分制度はしっかりとフランレシアで機能している。たとえウェイトレスを助けに出たとしても、彼女と一緒に処罰される可能性の方が高い。彼女を助けられたとしても、エクランド伯爵のお咎めは最小限で、彼に目を付けられることになる。だから、エクランド伯爵より身分の低い彼らが見て見ぬフリをするのも、ロザリンドは理解できた。


 しかし、ロザリンドの心はふつふつと静かに怒りが増していく。




「こんな場所で給仕をしているのだ、ろくな生まれではなかろう? 仕方ないから、私直々に指導してやろう。下女一人消えたところで、何も問題なかろう?」


「ひぃっ」



 エクランド伯爵はウェイトレスの腰を撫で回した。


 そこが、ロザリンドの限界だった。






活動報告に一万pt記念SSあります。

良かったらどうぞ。

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