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愛情処方箋を君に

 この世界はとても冷たいと思った。凍えた心臓は僕をさらにひんやりと冷やしていく。


「――そんなに冷たいもんだとは思わないけどなぁ」


 親友は僕にそう告げて苦笑した。だけど、僕が今説明したことをバカにした様子はない。


 ファストフードの安い紙コップを握って、彼は振りながら続ける。


「っても、俺だってちょっと前まではお前とおんなじだった」


「何か変わるきっかけでもあったのかい?」


 最近の彼に、物の見方が変わるような出来事があったようには思えない。そのくらい、ずっと一緒にいたはずなのだが思い至らなかった。


「まぁね」


「ふぅん……」


 僕は最後のフライドポテトを口に運ぶ。油と塩の組み合わせは食欲を刺激するようにできている。


「あ、そうだ」


 親友は自分のバッグから一通の封筒を取り出す。


「世界が変わるきっかけ、知りたけりゃそれをやるよ」


「今時、手紙かい?」


 とりあえず受け取ると、親友を見て笑う。


「まあまあ、そう言いなさるな」


 笑って、彼はバッグを背負った。


「じゃあ、俺、そろそろ行くわ。時間潰しに付き合ってくれてサンキューな」


「あぁ、いいって。久しぶりにだべって楽しかった」


「俺もだ」


 そう告げて作られた笑顔は、どこか距離を感じるものだった。





 これを最後に、親友は失踪した。





 失踪したと気付いたのは週明けのことで、勤勉な彼が大学を休み、バイトを無断欠勤したと聞いたのがきっかけだった。


 ――どういうことだよ?


 失踪の理由がわからない。彼の携帯に電話をしても、電波が届かないと言われ、彼がよく使っていたSNSも更新が途絶えたままだった。


 なんの手立ても残されていない――親友の部屋の前、溜められた数日分の新聞を見て途方にくれる。どうして彼は自分のことを話してくれなかったのだろう。


 ――いや、待て。


 この前渡された封筒のことを思い出して、僕は鞄を漁る。教科書の間に挟まって、その真っ白な封筒が見つかった。


 まだ、封はしたままだ。


 僕はすぐさま口を破って中身を取り出した。数枚のコピー用紙には、彼の丸っこい文字が並んでいる。


 ここに何かヒントがあるかも知れないと、必死になって目を通す。


「……これは」


 結論としては、ここには彼の居所など書いてはいなかった。だけど、彼が何を意図してこれを渡してきたのかは理解できた。


 君と僕の間は、こんなにも近かったのか。


 手紙をぎゅっと抱き締める。どこか温かい。


「うん、君は、どうしようもないヤツだ」


 すぐに追い掛けようと思った。こんなに時間を掛けてしまったけれど、まだ間に合うはず。


 僕はスマートフォンを操作して予約状況を確認すると、自分の故郷への切符を購入した。





 親友と僕は近所に住んでいた。大学に進学するのにあたって上京すると言ったら、一緒に行くと言われた。物心がついてからずっと一緒だったけれど、最近は授業とバイトでなかなか顔を合わせられなかったのは事実だ。


 寂しかった。


 それは僕だって同じことだ。だけど、いつまでも一緒にはいられないと思っていたし、互いに依存し過ぎるのはよくない。だから、勉学やバイトに力を入れて見ない振りをした。


 世界が凍結したのはその頃からだ。


 ずっと見ないようにしてきた。その結果がそれだとしたら。


「おせーよ」


 親友は、今は誰も住んでいない彼の実家の前に立っていた。


「わりぃ」


 僕は息を切らしていた。スキップする鼓動は、だけど走ってここに来たからというだけではない。


「だが、特攻隊になったみたいだ、とか、愛情処方箋だとか言われても、僕は嬉しくない」


「仕方ねぇだろ。照れくさくて、そのまま書けなかったんだから」


「せめて、『月が綺麗ですね』にしてくれ。ってか、愛情処方箋まで書けりゃ、書けるだろ」


 やっと息が整ってきた。白い息が落ち着いてくる。


「で、答えは?」


「女の子をこんな夜遅くに駆け付けさせておいて、それはないだろ?」


 僕が不満げに返すと、親友はにかっと笑った。


「遅くなったのはお前のせいでもあるだろ。お前が早く気付いていれば、休まなくて済んだのに」


「そんなことをしてまで、追いかけて欲しかったのか?」


「だってさ――」


 言って、空を指差す。


 そこにあるのは、都内では滅多にお目にかかれないだろう満天の星。


「世界は冷たくないだろ? この星空を見て、あったかいって言ったこと、忘れたのかよ。俺はあのときから、お前のことを特別だと思っていたんだ」


 小学生の時の星空観察会。僕たちは並んでこの真冬の星を見ていた。


 ――確かにそうだった。


 懐かしい思い出だ。消えかけていた、だけど大切な。


「――とりあえず、ホテル行って身体暖めるか。冷えただろ?」


「いや、待て。僕はまだそんなつもりは――」


「なんもしねーって」


 おそらく真っ赤になっているだろう僕を笑って、親友は、いや、恋人候補は僕の手を引く。


 彼の手は意外と温かくて。


 僕はそっと握り返す。

《了》

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