思い出のお好み焼き1
あけましておめでとうございます!
お久しぶりの更新です。
続きは…早いめに書けるよう頑張ります。
暗い洞窟が続く中、ぽっかりと空いた空間がたまにある。
そこは迷宮の中では『部屋』と呼ばれ、魔物の住処であったり、魔物と遭遇しやすい場所であったりと基本的に危険と認識されている場所だ。
その危険な場所のうちの一つに明かりを灯して、テント屋根までたてているものがいる。屋根の下には横に細長い高さの違う木製の机が2台ならんでいる。
カウンターのようだ。その前には丸椅子が幾つか無造作に置かれていた。
看板には達筆とは言えない字で「迷宮屋台」と書かれている。看板の前には若い男がいた。
「よう。相変わらずだな。シュウ。」
そんな異様とも言える空間にトラの獣人の男がのしのしと入っていく。
シュウと呼ばれた若い男は黒髪黒目の凡庸とした男だ。背は高すぎず低すぎずで、体格はどちらかというと細身だ。
街中では人混みに埋もれてしまいそうだが、屈強な冒険者たちが集まる迷宮で見ると返って浮いて見える。シュウは獣人に気付くと、嬉しそうに笑った。
「お久しぶりです。ガレンさん。」
ガレンと呼ばれたトラの獣人は片手を上げて答えるとカウンターの真ん中に座った。体格が良すぎて椅子がずいぶん小さく見える。
ガレンはシュウより頭2つ分は高い身長に、盛り上がった筋肉がバランス良くついている戦士タイプだ。
全身を覆う毛は黄金色に輝いていて、王者の貫禄を醸し出している。
椅子からはみ出るように尻尾がたれているが、いつもはピクリとも動かない尻尾が今日はゆらゆらと揺れていた。
普段の彼を知っているものが見たら驚嘆するだろう。
「今日は何なんだ?」
「今日はお好み焼きですね。」
「おおっ。良い時に来たなあ。」
シュウが答えるとガレンは嬉しそうな顔をした。最も、顔全体は毛で覆われていて、本当に笑っているのかわからない。
獣人は強さによって見た目に変化がある。強ければ強いほど獣の特性が身体にも出るというもので、ガレンも見た目はほとんどヒト型体型の虎だ。
完全な獣型にも変身できるとシュウは聞いているが、それは最上位の獣人の証でもあった。逆に力の弱い獣人は外見がヒトに近くなり、耳の裏に毛が生えただけといった、ヒトと判別できないような者もいる。
「そうだ。今日は土産があるぞ。」
そう言って、ガレンは楽しそうに手前の低い机にカバンを出し、取り出した品物を奥の高い机につぎつぎと置いて行く。
白いカビた塊に乾いた木の棒、壺に入った茶色い泥のようなものまである。
怪しい品々に普通なら嫌がらせかと思うところだが、シュウは違った。
「いつもありがとうございます。助かります。そろそろ下に取りに行かなきゃいけないと思ってたんですよ。」
シュウの答えにガレンは満足そうな表情で頷いている。今ガレンが取り出した品々は、迷宮の15階層より下に行かなくては手に入らないドロップアイテムだった。
これは迷宮の特徴なのだが、下に行くほど加工された食材や特殊な材質のアイテムが出てくる傾向にある。
ドロップする確率は上の階層に比べて低くなるし、何より魔獣のレベルが段違いに高くなるので、下層階のドロップアイテムは非常に高値で取引される。
その値段はとても庶民に手が届くものではないので、手に入れたければ冒険者を雇うか、自身が冒険者となって迷宮に潜るのが常套手段だった。
先程シュウが言った「下に取りに行く」とは、文字通り迷宮の下層に行くことだったのである。
「これくらい安いもんだ。おめえのメシが食えるならな。」
ガレンの軽口にシュウは苦笑して仕度を始めた。これだけの品を差し入れられれば、気合を入れて作らなくてはならない。
ガレンは軽く言ったが、実際、この品々をそろえるのはかなり大変なことだった。先程並べた品は、シュウが『チーズ』に『鰹節』に『味噌』と呼ぶもので、どれもかなり加工されている食材であり、高価なアイテムとして知られている。
迷宮では、加工の度合いが進めば進むほど下層に潜らなくては手に入らず、尚且つ、ドロップもし辛いことを考えると、ガレンはかなりの期間を下層に潜っていたと容易に想像出来る。
迷宮の中ではアイテムは腐らないためそんなことが出来るのだが、長い期間迷宮にいるということは危険も疲労も増していくということでもあった。
シュウ自身が迷宮に潜る冒険者でもあるため、その危険さは良く理解していたし、その分、ガレンの心使いをありがたく思って、精一杯美味しい物を提供したいと手を動かしていく。
「いい匂いだ。初めてこれを嗅いだ時は驚いたもんだ。あんな固い棒がこんな美味いもんに変わるなんて思いもしなかったからな。」
漂ってくる魚のだしの匂いにガレンが鼻をひくつかせる。
ガレンの鋭い嗅覚はイカにエビに貝柱という魚介の匂いと、ガバという緑の丸い葉物野菜とペレというイモの匂いを感知していた。
シュウの作る『お好み焼き』とは、小麦の粉を魚の出汁で溶き、そこに様々な具材を入れて焼き固めるといういたってシンプルな料理だ。
だが、『だし』という概念の無いこの世界において、シュウの作ったお好み焼きはガレンに大きな衝撃を与えた。初めて食べた時の感動は今でも忘れられない。
また、お好み焼きはシュウがガレンに初めて作ってくれた料理でもあるため、二人の間では特別な意味を持つ食べ物でもあった。
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ガレンが初めてシュウに会ったのは1年ほど前だ。
迷宮都市ウルテラに向かう道中の湖で休憩を取っていると、いきなり人が湖に落ちてきた。それがシュウだった。
溺れかけていたシュウを助けると、シュウはガレンを見て悲鳴をあげて気絶した。
獣人を見て悲鳴をあげるなんて、獣人のいない辺境の出身だと思われた。
かなりの田舎者だいうことはわかったが、現れ方がかなりおかしかったため、何かのマジックアイテムを使おうとして失敗したか、古代遺跡に忍び込んで罠に引っかかったかのどれかだろうと予想して、ガレンは顔をしかめた。
助けた人間は、よくみればまだ子供といっていい歳だったからだ。
そんな子供がマジックアイテムを手に入れられるはずもないし、遺跡に忍び込むのも考えにくかった。
面倒事はごめんだが、見るからに巻き込まれただけの可能性が高い以上、放っておくことは出来なかった。
幸いシュウは水をほとんど飲んでおらず、湖から引き揚げた際にしっかり吐き出していたので、それについては心配いらないだろうと思われた。
だが、シュウもガレンもずぶぬれであったため、ガレンは急いで薪を集めて魔法で火を起こして、宿泊の支度を始めた。湖の周辺には街も村も無く、意識の無いシュウを運ぶ手だてもなかったからだ。
ガレンは手持ちのタオルで大まかに水気を取ると、毛布の上にシュウを寝かせた。
その間に、ガレンは自分自身と二人分の服を乾かすために風の魔法を使いながら、シュウの服を検分していく。
だが、ガレンは服を眺めるうちにますます顔をしかめていた。
変わった形だが、仕立ても布地も上等なものだ。それだけでなく、首には3色のストライプの細い布を飾りとして巻いていた。
これだけでも、自分の助けた子供がかなりの身分の者なのだとわかる。
ガレンは面倒事の度合いが増えたことに頭痛を覚えながらも、何か身元を示すものはないかと検分を続けた。すると、上着のポケットから四角いものが出て来た。
それは後でシュウに聞いたところによると、『スマートフォン』なる異世界の道具だったのだが、その時は湖に落ちた衝撃のせいか壊れて動かなくなっていたので、ただの黒と白の板を張り合わせた物と化していた。
だが、シュウにとっては幸運なことに、スマートフォンをマジックアイテムだと思ったガレンが風の魔法で綺麗に乾かしてくれたおかげで何とか起動するようになり、後々、シュウが異世界から来たことを信じてもらえる証拠になったのである。
服の検分が終わった頃にシュウは目を覚ました。
また悲鳴をあげられてはかなわないと思ったガレンがシュウの傍を離れて近くの木にもたれていると、寝ぼけているのか、シュウは自分が毛布に包まれていることに不思議そうな顔をしていた。
だが、しばらくするとハッとした顔で周りを見渡し始めるとガレンに気付いた。
シュウは顔を強張らせはしたものの、今度は悲鳴をあげなかった。そのことにホッとしつつも、ガレンは務めてゆっくりと丁寧に話しかけた。
「身体の具合はいかがですか?水はほとんど吐き出したと思いますが、気分はどうですか?」
「…あなたが助けて下さったんですか?」
ガレンの質問には答えず、シュウは自分の状況の説明をガレンに求めた。
ガレンは僅かに顔をしかめたものの、シュウの取り乱した様子のないことに感心して、自分が見た状況を簡潔に伝えた。
「私がこの湖で休憩を取っていると、あなたが突然湖に落ちてきたんです。溺れそうだったので引き揚げて、今服を乾かしたところです。」
ガレンの説明に考え込んでいたシュウだったが、顔をあげるとガレンに向かって深々と頭を下げてきた。
「助けて頂いてありがとうございました。あなたは命の恩人です。」
その様子はガレンが今まで見てきた身分のある者たちとはかけ離れていた。
人間でも獣人でも、基本的に身分の高い者は自分より下の者には頭を下げたりしないものだ。
たとえ礼を言うにしても、軽く会釈するまでが精一杯だ。
それが序列であり、社会の秩序を示すものだからである。
だが、目の前の見るからに身なりの良い少年はガレンに向かって頭を下げてきた。
ガレンにとっては顎が外れそうなほど驚くべき出来事であり、それだけに、少年が辺境の出身だというガレンの予想を強固なものにした。
「いえ。身体の具合はいかがですか?気分は?」
驚きはしたものの、先に確認しなくてはいけないことを思い出し、ガレンは再びシュウに質問をした。
ガレンに質問されて、あらためて自分の身体を確認したシュウは「大丈夫です。」と静かに答えた。
辺境の出身であるにしても、シュウの言葉使いと落ち着いた態度から見るに、身分のある者なのは間違いないと思われた。
面倒なことに巻き込まれるのは違いないが、ここまでした以上、見捨てるという選択肢はガレンにはなかった。
「あの。ここはどこでしょうか?」
「ヴィガンテ大陸のコルテ平野にある湖です。迷宮都市ウルテラに行く街道の途中にあります。」
シュウの質問にガレンは極力丁寧に答えた。辺境出身なら国名を答えてもわからない可能性があったので、極力、地理的な説明に務めた。
ウルテラの情報は、大陸でもかなり古い迷宮なので、古くから大陸中に知られていることもあって説明に付け加えてみた。
だが、説明を聞き終えたシュウの顔色も表情もかんばしくない。どうも知らないようだった。
「迷宮…。そうか。やっぱり…。」
様子を見ていると、シュウは一人でブツブツつぶやき始めた。迷宮のことは知っているようだ。
だが、シュウがそのまま何かを確認するように指を折り始めるのを見ると、ガレンはしばらく待たなくてはいけないことを悟った。
恐らく自分の状況を整理して理解しようとしているのだろう。いきなり見知らぬ土地に放り出されたのなら仕方ないことだと、ガレンはシュウを見守っていた。
だが、ガレンの予想に反して、シュウはすぐに顔をあげて、声をかけてきた。
「あの。僕は三笠修一郎といいます。名のりもせず、失礼しました。」
「私はガレンといいます。…しゅちろー殿?」
「えっと、修で結構です。ガレンさん。」
呼び捨てでいいと言われたことにガレンはとても驚いた。
自分がさん付けで呼ばれたことにも驚いたが、それよりも、身分ある者が呼び捨てを許すことへの衝撃の方が大きかった。
一方、シュウはシュウでガレンの驚きように逆に驚き、何か失礼なことをしただろうかと先程の会話を真剣に思い出していた。
この時、シュウはすでに異世界にいることを理解しており、それをどこまで伝えていいのか、ガレンの人柄をはかるために話しかけていたのである。
「いいのか?俺みたいなやつに呼び捨てにされて。」
「呼び捨てですか?ええ。ガレンさんの方が年上のようですし、周りには普段から修と呼ばれていますので。」
驚きから回復したガレンが確かめると、シュウはあっさりと認めた。その態度で、ガレンはシュウが自分が思っているような身分ではないのではないかと新たな疑問を持った。
「お前。何者だ?どっからきた?」
「名前は先程名乗った通りです。どこから…というなら、地球の日本という国から来たことになります。…でも、この世界にはありませんよね?」
怪訝そうなガレンに対して、シュウは何かに挑むように話しかける。
まるで、これからが本番だとでも言うかのようだ。ガレンはその態度にも疑問を持ったが、続いたシュウの言葉の方に意識がいく。
「信じて頂けないかもしれませんが、僕の話を聞いて頂けますか?」