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最初のパニーニ

 薄暗い洞窟にほのかに明るい光が見える。

 それが目的地だと言わんばかりに急ぐ足音が3人分。



 一人は銅製のアーマーに細身の剣をたずさえた黒髪の少年、一人はつま先まで覆う黒いローブをまとった茶髪の少女、一人は茶色の皮のライトアーマーに短剣と大きなカバンを持った灰色の髪の少年だった。



「〜っ。やっとたどり着いた。」

「ここが?」

「ああ。見てみろよ。あそこに看板がある。」



 黒髪の少年が指した方には木の板が立てかけてあった。

 そこにはこう書いてある。



『迷宮屋台』



 その名の通り迷宮に存在する屋台である。

 ここは大陸でも有数の迷宮都市ウルテラ。巨大な迷宮の攻略目指して、日々冒険者たちが潜り込む。街にはそんな冒険者たち目当てに宿や食堂、商業施設や娯楽施設が立ち並んでいる。



 そんな迷宮に最近とあるウワサがあった。

 曰く、「迷宮の中に屋台がある」というものである。



 その屋台は店主が気まぐれで、好きな場所で店を出す。そのため、場所は迷宮内のどこか、としかわからない。

 だが、その屋台に行った者はみな絶賛する。「あそこはオアシスだ。」と。そして、「また出会いたい。」と。

 ゆえに、今日も冒険者たちは祈るように迷宮へ潜る。迷宮屋台に出会えるように。





 ******************





『迷宮屋台』と書かれた看板の隣には、粗末なテント屋根をたてただけの店があった。

 その下には高さの違う横に長いテーブルが2つとイスが数脚あるだけだ。

 3人の少年たちがそれぞれ座ると、水の入った木製のコップがそれぞれの目の前に置かれた。



 置いてくれたのが店主だろう。細身の男性だ。3人はまずその若さに驚いた。自分たちとそう変わらないくらいの年に見える。

 黒い髪に黒い目、やや黄色がかった肌をしている。違う大陸から来たのだろう、明らかに作りの違う顔立ちに小柄な体格が印象に残る。



 次に驚いたのは店主の服装だ。迷宮にいるというのに、簡素な布服を身につけているだけだ。魔導師でもない限り、最低でもアーマーは身につけているはずだ。その魔導師でも、茶髪の少女のようにローブを身につけるのが常識である。



 少年たちの驚きと不躾な視線にさらされながらも、店主は何も言わずに革製の板を差し出した。茶髪の少女が受け取ると、二つ折りで中が開くようになっている。

 どうやらメニュー表らしい。開いたページにはこう書かれてあった。



『材料持ち込み歓迎。店内のメニューは店主にお任せ。料理1つにつき銅貨3枚。使用済みの食器はカウンターへ。持ち帰りメニューは専用のメニュー表からお選びください。』



「「「………。」」」



 3人は顔を見合わせる。屋台にしては妙だと思ったからだ。

 まず、屋台といえば、持ち帰りが普通だ。なのに、この店は狭いがテーブルとイスが置いてある。さらには水まで出て来た。ありえない。



 ここは迷宮内なのだから、いつ魔獣に襲われるかわからない。腰を落ち着けて食事をするなど、誰が考えられるだろう。



 さらに、メニューは店主にお任せときた。普通はおすすめメニューや名物料理は決まっていて、いつでも食べられるようにある程度は用意がしてあったりするし、見ればわかるものだ。

 だが、この書き方だと、何が出てくるかわからない。



 それに、食べ物の匂いが全くしないのも気になった。食べ物を商う店は、店の大きい小さいを問わず、料理や残飯などの何かしらの匂いがするものだ。

 なのに、ここにはそういう匂いがまったくない。



「…ねえ。ここって屋台なのよね?」

「…だろ?迷宮屋台って看板に書いてあるし。」

「…迷宮で店を出すなんて、他に考えられないよ。」



 少年たちは小声で確かめあう。自分たちの予想した屋台とはあまりにも違っていて、戸惑っているのだ。

 だが、せっかく目的の屋台にたどり着いたのだ。帰るという選択肢はない。



 彼らは迷宮都市にある冒険者養成学校の生徒で、学校の課題で初めて迷宮に潜ることになった13歳のヒヨっ子パーティーだった。



 課題が出された時、彼らは真っ先に迷宮に潜った。

 課題は簡単だったし、迷宮屋台は上の方の階層に出現すると聞いていたから、自分たちでもお目にかかれるかもしれないと期待したのだ。



 彼らは課題のドロップは早々に手に入れ、後は迷宮内をさ迷っていた。

 課題攻略期間中、何度も迷宮に潜ってやっとたどり着いたのだ。



「…あの。お任せってどんな料理なんですか?」



 灰色の髪の少年が店主に質問する。何が出てくるかわからないまま注文するのは怖かったのだ。

 店主は少年を見ると、ボソリとつぶやいた。



「…パニーニ。」

「え?」

「パニーニだ。」



 少年が聞き返すと、店主は律儀にもう一度答えてくれた。

 だが、聞いたことの無い名前に、少年たちの困惑はますます高まる。



「…ねえ。パニーニって何?」

「…俺が知るかよ。ロイ。知ってるか?」

「…僕も知らないよ。っていうか、聞いてもわからなかったね。」



「…そうね。でも、せっかく来たんだもの。私は食べるわ。」

「…お、俺も。俺も。次に見つかるかわかんねえし。」

「…そうだよね。美味しいって評判だし。」



 小声で話し合った結果、注文することに決まった。

 ロイと呼ばれた灰色の髪の少年が「えっと。じゃあ、その、パニーニ?を3つ下さい。」と店主に注文する。



 店主は「了解。パニーニ3つね。」と答え、仕度を始めた。





 *******************





「お待ちどう。」



 しばらく待つと、少年たちの前に皿が置かれた。皿の上には平たいパンのようなものが置かれている。

 白っぽいパンだが、焼き目がついていてつぶれたようにも見える。



「…これ?」

「…パニーニってやつだろ?」

「…どうやって食べるのかな?」



 少年たちは困り果てて顔を見合わせた。

 さらに乗せて出されただけで、フォークもナイフも無い。



「…おしぼり。これで手を拭いて。両手で持って食べるんだ。」



 少年たちの話が聞こえていたのか、店主が食べ方まで説明してくれる。

 少年たちはバツの悪そうな顔をしながらも、店主の言うことに従った。



「っっ。」

「んぐっ。」

「ん~っ?」



 三者三様に驚きながらも、かじったパニーニを咀嚼していく。

 口の中に広がる濃厚なコク。とろりとした食感に香ばしい香りが鼻をくすぐる。かと思うとさわやかな酸味が口の中をすっきりさせてくれる。



「何これっ?」

「うめえっ。」

「…これってロック入ってる?」



 茶髪の少女と黒髪の少年が顔を輝かせているのと対照的に、ロイと呼ばれた灰色の髪の少年は良く知る味に驚いていた。

 ロックというのは赤くて酸味の強い野菜で、初級ドロップアイテムの定番だ。酸味が強いため人気は低く、引き取り額も最低の半銅貨1枚である。



 ロイはコクの正体はわからないが、酸味の正体はロックで間違いないと思った。

 何故かと言うと、ロイはロックが苦手だった。煮物に入っていてもすぐにわかるし、サラダなんて論外だった。



 それなのに、このパニーニとかいう食べ物ではロックは絶妙のポジションにいる。

 嫌いな酸味も弱くなってて、むしろ口の中をさわやかにしてくれるし、圧縮されて密着したパンの間で味が濃縮されているようだった。



「えっ。うそ。…ホントだわ。ロイ。あんた食べれるの?」

「大丈夫だよ。エマ。僕、これなら大丈夫だ。」



 エマと呼ばれた少女はロイのつぶやきにギョッとする。ロイがどれだけロックを苦手としていたか知っているからだ。生で食べようものなら、その日1日、口の中に酸味が残るらしい。

 しかし、ロイは笑って大丈夫だと答えた。エマは信じられない思いでロイを見る。



「へえ。ロックが入ってるのか。俺、ぜんっぜんわかんなかった。つうか、うめえよ。これ。」

「だよね。キオ。すごく美味しいよ。これ。」



 エマとロイのやりとりを聞いて、キオと呼ばれた黒髪の少年は、自身の半分以上食べてしまったパニーニを驚いて眺めた。

 あまりの美味さに次から次にかぶりついて、気がつけば残りはわずかだ。

 ロイはキオに同意しながら、上機嫌でパニーニにかぶりつく。



 あっという間に3人はパニーニを食べ終わった。



「「「ごちそうさまでした。」」」



 綺麗にハモッて食事を終えた後、自分たちの皿を重ねてカウンターに出す。そして、それぞれ銅貨3枚を置いた。



「美味しかったですっ。」

「マジ美味かったっすっ。」

「こんな美味しいの初めて食べました。ありがとうございました。」



 少年たちは店主に口ぐちに賛辞を贈る。

 店主は嬉しそうに微笑んでいるだけだ。とにかく無口な男らしい。



「あ。ここって、持ち込みOKなんですよね?だったら、僕、次までに腕を上げて、いろんな材料集めときますっ。」



「あ。抜け駆けはずりいぞっ。ロイっ。俺も俺もっ。下に行けばいくほど美味いものが手に入るって聞いたし。レベル上げて集めときますっ。」



「ちょっと。あんたたちは収納魔法使えないでしょうっ?私は使えますから、次の時までに最高の材料をそろえておきますね。」



 ロイが次の来店を予告すると、キオとエマも乗ってくる。

 店主は3人の勢いに押されたようだったが、最後には嬉しそうに笑って頷いていた。





 *******************





「あ~。うまかったあ。あれだけで腹いっぱいになるなんてなあ。」

「確かに不思議だよね。具が挟まっていたけど、両手に乗るサイズだったし。それに、何だか身体が軽くなった気がするし。」

「ちょっと。いつまでも気を抜いていたら不意を突かれるわよ?迷宮で安全なのは、迷宮屋台の傍だけなんだから。」



 キオとロイがまだパニーニの余韻に浸っていると、エマがしかりつけた。

 今は屋台を後にして、迷宮の入口を目指している。場所は1階だが、自分たちの腕では不意を突かれれば重症もあり得るのだ。



 エマの言葉にキオとロイがハッと気を引き締める。

 迷宮屋台はウワサ通りの店だった。自分たちはそれを体験したのだ。だったら、気を抜くわけにはいかない。と。



 迷宮屋台にはいくつかのウワサがあった。どれも確かなことはわからず、眉唾物だと言う者もいる。

 曰く、「迷宮屋台では見たこともない美味い料理が味わえる」、「迷宮屋台の料理は疲労を回復する効果がある」等など。



 その中でもっとも有名なのが、「迷宮屋台の周りでは魔獣に遭遇しない」だった。



 そのため、迷宮屋台は別名『迷宮のオアシス』とも呼ばれている。迷宮に関わるもの達にとっては貴重な休息所であり、傷つき疲れた冒険者たちの避難場所にもなっているのだ。



「…次はいつ食えるのかなあ。」

「運が良ければ。だね。」

「ホント。早くレベルを上げて、もっと魔法を習得しなきゃ。」



 油断なく進みつつも、3人の口元には笑みが浮かんでいた。





 *******************





 数年後、迷宮都市ウルテラに期待の新人が現れる。剣士キオ、魔導師エマ、探索士ロイの若干15歳のパーティーだ。

 彼らは単独でAクラスの15階層を突破して、迷宮都市の話題をさらった。また、彼らは変わったパーティー名でも有名になる。



 パーティーの名は、『パニーニ』といった。

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