最初のパニーニ
薄暗い洞窟にほのかに明るい光が見える。
それが目的地だと言わんばかりに急ぐ足音が3人分。
一人は銅製のアーマーに細身の剣をたずさえた黒髪の少年、一人はつま先まで覆う黒いローブをまとった茶髪の少女、一人は茶色の皮のライトアーマーに短剣と大きなカバンを持った灰色の髪の少年だった。
「〜っ。やっとたどり着いた。」
「ここが?」
「ああ。見てみろよ。あそこに看板がある。」
黒髪の少年が指した方には木の板が立てかけてあった。
そこにはこう書いてある。
『迷宮屋台』
その名の通り迷宮に存在する屋台である。
ここは大陸でも有数の迷宮都市ウルテラ。巨大な迷宮の攻略目指して、日々冒険者たちが潜り込む。街にはそんな冒険者たち目当てに宿や食堂、商業施設や娯楽施設が立ち並んでいる。
そんな迷宮に最近とあるウワサがあった。
曰く、「迷宮の中に屋台がある」というものである。
その屋台は店主が気まぐれで、好きな場所で店を出す。そのため、場所は迷宮内のどこか、としかわからない。
だが、その屋台に行った者はみな絶賛する。「あそこはオアシスだ。」と。そして、「また出会いたい。」と。
ゆえに、今日も冒険者たちは祈るように迷宮へ潜る。迷宮屋台に出会えるように。
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『迷宮屋台』と書かれた看板の隣には、粗末なテント屋根をたてただけの店があった。
その下には高さの違う横に長いテーブルが2つとイスが数脚あるだけだ。
3人の少年たちがそれぞれ座ると、水の入った木製のコップがそれぞれの目の前に置かれた。
置いてくれたのが店主だろう。細身の男性だ。3人はまずその若さに驚いた。自分たちとそう変わらないくらいの年に見える。
黒い髪に黒い目、やや黄色がかった肌をしている。違う大陸から来たのだろう、明らかに作りの違う顔立ちに小柄な体格が印象に残る。
次に驚いたのは店主の服装だ。迷宮にいるというのに、簡素な布服を身につけているだけだ。魔導師でもない限り、最低でもアーマーは身につけているはずだ。その魔導師でも、茶髪の少女のようにローブを身につけるのが常識である。
少年たちの驚きと不躾な視線にさらされながらも、店主は何も言わずに革製の板を差し出した。茶髪の少女が受け取ると、二つ折りで中が開くようになっている。
どうやらメニュー表らしい。開いたページにはこう書かれてあった。
『材料持ち込み歓迎。店内のメニューは店主にお任せ。料理1つにつき銅貨3枚。使用済みの食器はカウンターへ。持ち帰りメニューは専用のメニュー表からお選びください。』
「「「………。」」」
3人は顔を見合わせる。屋台にしては妙だと思ったからだ。
まず、屋台といえば、持ち帰りが普通だ。なのに、この店は狭いがテーブルとイスが置いてある。さらには水まで出て来た。ありえない。
ここは迷宮内なのだから、いつ魔獣に襲われるかわからない。腰を落ち着けて食事をするなど、誰が考えられるだろう。
さらに、メニューは店主にお任せときた。普通はおすすめメニューや名物料理は決まっていて、いつでも食べられるようにある程度は用意がしてあったりするし、見ればわかるものだ。
だが、この書き方だと、何が出てくるかわからない。
それに、食べ物の匂いが全くしないのも気になった。食べ物を商う店は、店の大きい小さいを問わず、料理や残飯などの何かしらの匂いがするものだ。
なのに、ここにはそういう匂いがまったくない。
「…ねえ。ここって屋台なのよね?」
「…だろ?迷宮屋台って看板に書いてあるし。」
「…迷宮で店を出すなんて、他に考えられないよ。」
少年たちは小声で確かめあう。自分たちの予想した屋台とはあまりにも違っていて、戸惑っているのだ。
だが、せっかく目的の屋台にたどり着いたのだ。帰るという選択肢はない。
彼らは迷宮都市にある冒険者養成学校の生徒で、学校の課題で初めて迷宮に潜ることになった13歳のヒヨっ子パーティーだった。
課題が出された時、彼らは真っ先に迷宮に潜った。
課題は簡単だったし、迷宮屋台は上の方の階層に出現すると聞いていたから、自分たちでもお目にかかれるかもしれないと期待したのだ。
彼らは課題のドロップは早々に手に入れ、後は迷宮内をさ迷っていた。
課題攻略期間中、何度も迷宮に潜ってやっとたどり着いたのだ。
「…あの。お任せってどんな料理なんですか?」
灰色の髪の少年が店主に質問する。何が出てくるかわからないまま注文するのは怖かったのだ。
店主は少年を見ると、ボソリとつぶやいた。
「…パニーニ。」
「え?」
「パニーニだ。」
少年が聞き返すと、店主は律儀にもう一度答えてくれた。
だが、聞いたことの無い名前に、少年たちの困惑はますます高まる。
「…ねえ。パニーニって何?」
「…俺が知るかよ。ロイ。知ってるか?」
「…僕も知らないよ。っていうか、聞いてもわからなかったね。」
「…そうね。でも、せっかく来たんだもの。私は食べるわ。」
「…お、俺も。俺も。次に見つかるかわかんねえし。」
「…そうだよね。美味しいって評判だし。」
小声で話し合った結果、注文することに決まった。
ロイと呼ばれた灰色の髪の少年が「えっと。じゃあ、その、パニーニ?を3つ下さい。」と店主に注文する。
店主は「了解。パニーニ3つね。」と答え、仕度を始めた。
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「お待ちどう。」
しばらく待つと、少年たちの前に皿が置かれた。皿の上には平たいパンのようなものが置かれている。
白っぽいパンだが、焼き目がついていてつぶれたようにも見える。
「…これ?」
「…パニーニってやつだろ?」
「…どうやって食べるのかな?」
少年たちは困り果てて顔を見合わせた。
さらに乗せて出されただけで、フォークもナイフも無い。
「…おしぼり。これで手を拭いて。両手で持って食べるんだ。」
少年たちの話が聞こえていたのか、店主が食べ方まで説明してくれる。
少年たちはバツの悪そうな顔をしながらも、店主の言うことに従った。
「っっ。」
「んぐっ。」
「ん~っ?」
三者三様に驚きながらも、かじったパニーニを咀嚼していく。
口の中に広がる濃厚なコク。とろりとした食感に香ばしい香りが鼻をくすぐる。かと思うとさわやかな酸味が口の中をすっきりさせてくれる。
「何これっ?」
「うめえっ。」
「…これってロック入ってる?」
茶髪の少女と黒髪の少年が顔を輝かせているのと対照的に、ロイと呼ばれた灰色の髪の少年は良く知る味に驚いていた。
ロックというのは赤くて酸味の強い野菜で、初級ドロップアイテムの定番だ。酸味が強いため人気は低く、引き取り額も最低の半銅貨1枚である。
ロイはコクの正体はわからないが、酸味の正体はロックで間違いないと思った。
何故かと言うと、ロイはロックが苦手だった。煮物に入っていてもすぐにわかるし、サラダなんて論外だった。
それなのに、このパニーニとかいう食べ物ではロックは絶妙のポジションにいる。
嫌いな酸味も弱くなってて、むしろ口の中をさわやかにしてくれるし、圧縮されて密着したパンの間で味が濃縮されているようだった。
「えっ。うそ。…ホントだわ。ロイ。あんた食べれるの?」
「大丈夫だよ。エマ。僕、これなら大丈夫だ。」
エマと呼ばれた少女はロイのつぶやきにギョッとする。ロイがどれだけロックを苦手としていたか知っているからだ。生で食べようものなら、その日1日、口の中に酸味が残るらしい。
しかし、ロイは笑って大丈夫だと答えた。エマは信じられない思いでロイを見る。
「へえ。ロックが入ってるのか。俺、ぜんっぜんわかんなかった。つうか、うめえよ。これ。」
「だよね。キオ。すごく美味しいよ。これ。」
エマとロイのやりとりを聞いて、キオと呼ばれた黒髪の少年は、自身の半分以上食べてしまったパニーニを驚いて眺めた。
あまりの美味さに次から次にかぶりついて、気がつけば残りはわずかだ。
ロイはキオに同意しながら、上機嫌でパニーニにかぶりつく。
あっという間に3人はパニーニを食べ終わった。
「「「ごちそうさまでした。」」」
綺麗にハモッて食事を終えた後、自分たちの皿を重ねてカウンターに出す。そして、それぞれ銅貨3枚を置いた。
「美味しかったですっ。」
「マジ美味かったっすっ。」
「こんな美味しいの初めて食べました。ありがとうございました。」
少年たちは店主に口ぐちに賛辞を贈る。
店主は嬉しそうに微笑んでいるだけだ。とにかく無口な男らしい。
「あ。ここって、持ち込みOKなんですよね?だったら、僕、次までに腕を上げて、いろんな材料集めときますっ。」
「あ。抜け駆けはずりいぞっ。ロイっ。俺も俺もっ。下に行けばいくほど美味いものが手に入るって聞いたし。レベル上げて集めときますっ。」
「ちょっと。あんたたちは収納魔法使えないでしょうっ?私は使えますから、次の時までに最高の材料をそろえておきますね。」
ロイが次の来店を予告すると、キオとエマも乗ってくる。
店主は3人の勢いに押されたようだったが、最後には嬉しそうに笑って頷いていた。
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「あ~。うまかったあ。あれだけで腹いっぱいになるなんてなあ。」
「確かに不思議だよね。具が挟まっていたけど、両手に乗るサイズだったし。それに、何だか身体が軽くなった気がするし。」
「ちょっと。いつまでも気を抜いていたら不意を突かれるわよ?迷宮で安全なのは、迷宮屋台の傍だけなんだから。」
キオとロイがまだパニーニの余韻に浸っていると、エマがしかりつけた。
今は屋台を後にして、迷宮の入口を目指している。場所は1階だが、自分たちの腕では不意を突かれれば重症もあり得るのだ。
エマの言葉にキオとロイがハッと気を引き締める。
迷宮屋台はウワサ通りの店だった。自分たちはそれを体験したのだ。だったら、気を抜くわけにはいかない。と。
迷宮屋台にはいくつかのウワサがあった。どれも確かなことはわからず、眉唾物だと言う者もいる。
曰く、「迷宮屋台では見たこともない美味い料理が味わえる」、「迷宮屋台の料理は疲労を回復する効果がある」等など。
その中でもっとも有名なのが、「迷宮屋台の周りでは魔獣に遭遇しない」だった。
そのため、迷宮屋台は別名『迷宮のオアシス』とも呼ばれている。迷宮に関わるもの達にとっては貴重な休息所であり、傷つき疲れた冒険者たちの避難場所にもなっているのだ。
「…次はいつ食えるのかなあ。」
「運が良ければ。だね。」
「ホント。早くレベルを上げて、もっと魔法を習得しなきゃ。」
油断なく進みつつも、3人の口元には笑みが浮かんでいた。
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数年後、迷宮都市ウルテラに期待の新人が現れる。剣士キオ、魔導師エマ、探索士ロイの若干15歳のパーティーだ。
彼らは単独でAクラスの15階層を突破して、迷宮都市の話題をさらった。また、彼らは変わったパーティー名でも有名になる。
パーティーの名は、『パニーニ』といった。