03
侍女にドレスを着せてもらい、髪を結ってもらった私は荒々しく近寄ってくる足音に眉を潜めながら扉の方を振り返った。
すると「バターン!!!」と盛大な音をたてながら、立派な衣装を身に纏った一人の美青年が姿を見せる。
その姿を見たシルクは思った。
(王子様すぎて笑えない)
神々しい輝きを放つ金髪に、琥珀色の瞳。
ひょろっとして細長く、男らしいとはお世辞にも言えない。
だが中性的なその顔はまさに女性の好みど真ん中で、シルクが出会ってきた幾多もの王子様の中でも群を抜いて王子様らしい。(実際王子様なのだが)
…と、いうか。
(全身白タイツでも違和感なく着こなせそう)
その姿をモロに想像してしまったシルクは思わず吹きだしそうになった。
が、寸前の所でそれを止め、皆の知る"深窓の姫君"らしい弱々しい笑みを浮かべる。
そうすれば目 の前の"王子様"は不愉快だといわんばかりに眉を潜めた。
その表情を見てシルクは心の中でほくそ笑む。
(どうやってこの王子の鼻をへし折ろうか)
プライド高いこの王子がひざまづく様子を想像して、シルクはますます興奮した。
話を元に戻すが、シルクは目の前の人物のような線の細い中性的な男性ではなく、男らしい、それもゴリマッチョという部類に分類される大変な美丈夫が好みなので、彼に好かれようが好かれまいが彼女には関係ないのだ。
だから彼女は。
「君が噂の"深紅の百合"か?やはり噂は噂なんだな。大した美人でもないのによく僕の前に現れたものだよ。まぁその愚かさには拍手を送ってあげなくもないが」
ピキ…。
淑女スマイルを浮かべているシルクの額に一本の青筋が浮かび上がった。
それを隣で見つけたシェナは「あーあ」と手を目に充て天を仰ぐ。
(愚かなのは君の方よ、王子)
「僕は君みたいなオドオドした人間が一番嫌いなんだ。まぁ平和ボケした国王夫妻の間に生まれたのだから、それは仕方のない事だがな」
ピキ、ピキ…
青筋が一本から一気に三本へと増えたのを見て、シェナは 心の中で目の前の王子に向かって合掌をした。
(地雷を踏んでしまったわね…ナルシス王子)
ご愁傷様、と思った瞬間、「げぇぇ!」と、王子様らしからぬ声を発した王子がシルクの裏拳によって見事に壁に大穴を開けていた。
シェナ以外のその場にいた人達はみな唖然とした表情でにこやかな笑顔を浮かべているシルクに視線を向ける。
それもそうだろう。
深窓の姫君と謳われていた少女が、細い腕のどこにそんな力があるのかと思うぐらい簡単に成人男性を吹き飛ばしたのだから。
しかも片手で、尚且つ裏拳。
可哀想なぐらい呆然としている人達を見て、シェナはお得意の黒い笑みを浮かべながら言った。
「"深紅の百合"…この国では美しい女性に対して謳われる言葉みたいだけど、私達の国では別の意味があるの」
「そ、それは…?」
呆然としていた侍女の一人が恐る恐る問いかける。
すると更に黒い笑みを深めたシェナは静かに、だけど傍観者達の反応を楽しむかのように嬉々しながら言った。
「"戦場を無傷で駆け抜ける、紅い鎧を纏った百合のように凛々しい戦乙女"
それが本来の"深紅の百合"の意味なのよ」
" 深紅の百合"という言葉の本当の意味を知った他の人達は、顔を青ざめさせながらへなへなと床に座りこんだ。
「あの、"血塗れの最強女剣士"がもしかして…」
つい最近起こった東西戦争。
その仲介役として現れたのが、件の"血塗れの最強女剣士"。
美しい顔に貼り付く紅は、見事なまでに美しく、同時に恐怖を与えたものだ。
「もしかしなくてもシルク王女の事よ。あ、ちなみにその血は全て返り血よ」
「じゃ、じゃあそれに並ぶ"双子の獅子王"って…」
「正真正銘シルク王女と血を分けた兄弟の事よ。"最強の女剣士"がシルクの事だとバレないようにするためのカモフラージュ。…ま、カモフラージュ以上に有名になっちゃったけどね」
シェナはそう言って遠い目をした。
シルクの兄であるジルと、シルクの弟であるシルキーはまるで双子のように顔がそっくりだ。
そして甘いマスクには似合わない血生臭い歴史を持っている。
そして病気かって思うぐらいにシルクの事を溺愛している。
そのシスコンぶりを初めて目にした時は正真ドン引きしものだ。
今ももちろん気持ち悪がっているが。