01
「姫様…私達は姫様の侍女を勤められて、とても誇りに思います」
そう言って涙ぐむ、侍女A。
「あちらの国へ行っても、どうかお元気で」
ハンカチを目に充てて嗚咽を堪えている、侍女B。
「イシュレイ王国はこちらとは違い四季のある国とお聞きします。どうかお風邪を召されませぬよう、体調管理にはお気をつけください」
ボロボロと涙を流し、化粧が崩れまくっている侍女C。
「お気の弱い姫様があちらの国でいじめられないか、心配でなりません」
ううう、と涙を流す、一番最年少の侍女D。
その侍女Dの言葉に賛同するように、侍女A〜侍女Cが何度も何度も頷いた。
「皆…心配してくれてありがとう」
私はそんな侍女達に弱々しく笑ってお礼を言う。
そうすればもう侍女達は号泣だった。
「姫様のその華奢な身体があの王子の餌食になるとは、お可哀想でなりません」
「あら、下卑な言葉は使ってはいけませんよ、侍女D」
「申し訳ございません、姫様」
侍女同士の間で交わされている会話に一切口を挟む事なく、私はただ弱々しく笑って見ていた。
深窓の姫君。
私を一度でも見た者は必ずそう思うだろう。
シミ一つない真っ白な肌に、外に出た事がないと思わせる細い手足、華奢な身体。
緩いウェーブのかかった薄い水色の髪は儚げな印象を与え、小動物のような大きブラウン色の瞳は見る者の庇護欲を煽る。
強くも優しい両親と、過保護すぎる兄弟、明るい人柄の民に愛され、すくすくと成長し18を迎えた私は今日、名字であるこの国の名を捨て、私の嫁ぐ事が決まった国の名前を背負う事になった。
つまりは、結婚。
それも国同士ではありきたりな、政略結婚。
だけど私はそれを一度も不満に思った事はない。
王族として生を受けた以上、それが義務なのだと誰かに言われるまでもなく理解している。
旦那となる人とその国の民を愛せればいいだけの話。
本当に愛する事はできなくても、愛している振りをすることは容易にできる。
それが、王族なのだから。
「姫様」
…おっと。
すっかり失念していた。
まだ私の侍女は他にもいたんだ。最近は侍女というよりおっさんだった彼女の本職は侍女なんだということを忘れていたよ。
「かの国は悪逆非道な王子とお聞きしております。そんな人の元へ嫁がれていく姫様が可哀想で仕方ありません」
…おい。
泣いた振りをしても無駄だぞ。
ハンカチにつくはずの染みがないし、どう見ても演技だろ。
それに口元が笑っているのが丸見えだ。
だから私は深窓の姫君に相応しい、弱々しい笑顔を浮かべながら言った。
「貴女がついてきてくれるのなら何があっても平気だわ」
「まぁ、姫様…」
どうせ私が可哀想などと微塵も思っていないだろう。むしろあちらの王子が可哀想だと思っているんじゃないか?なぁ、侍女E。
いや、私の幼なじみの、シュナ・リチェルダ。
「みんな、ありがとう…」
「「姫様ー!!!」」
涙を流しながら手を振る侍女達に手を振り返し、私は馬車の中へと入っていった。
馬車に乗り込んだ私とシュナは、互いに向き合うように椅子に腰を下ろす。
するとすぐに、シュナが口を開いた。
「さすがシルク。半端ない演技力だね。姫なんてやめて、演劇団に入ったら?」
ケラケラ 笑いながら、一応は姫である私に敬語を使わず、あまつさえ侮辱するような言葉を使ったシュナに、私はクスリと笑った。
「それは無理だな。今の身分は色々と有利に働く。それを捨てるなど、そんな馬鹿な事を私はしない」
「だろうね。表では深窓の姫君、裏では一国を束ねる特殊部隊騎士団の団長のシルクは、団長らしく頭が切れて最強の剣士だもんね」
「ふっ。」
―そう、これこそが本当の私。
深窓の姫君というのは、周りの目を欺く為の嘘の設定。
体裁の面から考えても、それが一番だと思ったからだ。
編み物や読書より、剣技や武術。
リスや小鳥より、馬や鷹。
それらを好む私は、深窓の姫君とは正反対に位置しているだろう。だが、これが本当の私なのだ。
当然この私を知っているのは、両親兄弟と幼なじみであるシュナだけであるから、侍女を始め、城で働く人は皆は深窓の姫君だと思い込んでいる。