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フェアリー・クインテット  作者: 芝森 蛍
蜂蜜酒に踊る即興曲(アンプロンプチュ)
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第一章

「落ち着いた?」

「…………ん、ごめん……」

「謝る事じゃないでしょ」


 俯く仕草に記憶より少しだけ伸びたライトブラウンの波打った髪先が揺れる。

 染まった頬は先ほどまでその瞳に雨を降らせていたからか。それとももっと別の何かか。

 無粋な事を考えつつ、それからひとつ大きく息をすれば、苦しくなって咳を一つ零した。


「大丈夫っ?」

「……寝起きだからね。まだ少し本調子じゃないってだけ」


 笑顔で答えれば、少しだけ身動ぎをした少女。そうして落ちた沈黙に、脳裏を過ぎる幾つかの疑問を零す。


「それで、えっと、ここは?」

「病院だよ。国立の、軍と繋がりのあるとこ。色々な人の力を借りてここ確保してもらったんだ。今のこの国の最先端だよ」

「それは心強いね……。というかそこまで大変だった?」

「そりゃね。クラウス君が居ない間も色々あったんだから」


 何処か懐かしむような声に、少しだけ違和感を覚えながら紡ぐ。


「…………今、いつ?」

「……源生暦1278年。あの日から────三年経ったよ」

「え…………」


 三年。その簡素な響きに、言葉以上の意味を見つけて問い返す。


「……三年間、眠ってたってこと?」

「うん。正確には、二年と二月ほど。死神に襲われたのがユールアフトン……年の終わりだったから暦の上では三年だね。学院はもう少しで卒業式だよ」

「────」


 思わぬ言葉に絶句する。

 クラウスの、記憶で、過去に…………オーベロンの庇護下で過ごしたのが約一週間ほど。それが、こちらの未来で二年と二ヶ月?

 時の流れが極端すぎる。魂だけがあの時のまま、肉体だけが年を取ったと?

 与太話も大概にして欲しいと……。けれど頭の片隅でその原因、というか要因、というか……。そうなるように事を運んだだろう妖精王の顔を思い浮かべて嘆息する。

 クラウスがようやく理解しかけた彼の事だ。きっと何か理由があって、デュラハンから連なる不思議体験を幾重も背負ったのだろうと根拠を丸投げする。

 すべての理由を彼の悪戯と押し付けても、十分に満足できるほどにクラウスの理解が追いつかないのだ。

 けれどしかし、程度の差こそあれ、時間が過ぎたのだろう事は薄々察していた。それが二年と少しとは思わなかったけれども……。

 まず目の前の少女、アンネの顔立ちが少し大人っぽくなったような気がする。背はあまり変わらない気がするが、纏う雰囲気にまた少しだけ女性らしさが加わったようで。分かってやっているのかそうでないのか……時折こちらに向く水色の瞳の奥に、妖艶さまで覗かせている。

 それからユーリア。疲れているのか深い眠りの底に落ちている彼女は、クラウスが目を覚ました事に気付かないまま、クラウスの足に覆い被さるようにして健やかに寝息を立てている。そのあどけない横顔に、彼女にもまた女性らしさが増えたようで、少しだけ居心地が悪くなる。


「……ユーリ起こそうか? 重いでしょ」

「いや、いいよ。寝かせてあげて……。自惚れてもいいのなら、ずっと傍に居てくれたんでしょ?」

「おんなじこと、今度はユーリに直接言ってあげてよね」

「もちろん」


 向けた視線に気付いたか、アンネが気遣ってくれるが優しく断る。

 彼女がそこにいることで、掛けられた布団の上からでも温かさを感じるから。その重みに、生きている現実を噛み締められるから。

 まだ少しだけ地に足つかない曖昧な感覚を取り戻す為に、彼女の存在に縋っていたいと。

 また一つ。長く綺麗な黒髪を撫でれば、ユーリアは小さく身動(みじろ)ぎをして。そんな事にアンネと二人静かに笑って。

 殆ど音のない、それぞれの鼓動の音さえ聞こえそうな静寂に身を委ねて……。

 そうして言葉を紡がなくても分かるもので会話をしていると、不意にアンネが肩を揺らして静かに立ち上がった。


「どうかした?」

「ニーナさんたちに連絡入れてなかった……」

「……もう遅いし明日にしたら?」

「クラウス君はもう少し人の気持ちを素直に受け取る練習でもしてればいいよっ」


 月の光が降り注ぐ暗闇の世界を窓から眺めて口にすれば、アンネは聞き馴染んだ口舌を放って静かに病室を出て行った。

 何もそこまで言う事ではないだろうに。クラウスだって現在の時間──窓の外の暗闇から考えるに普通は寝静まっている時間だろう。そんな夜遅くに報告を受ける身の事も考えて提案したのだが……まぁ仕方ないのかもしれない。

 心配という意味では、二年もの間、意識不明で知らぬうちに掛けたのだろうから。ユーリアだって、彼女の事だからきっといつもの真面目さだと嘯いて世話を焼いてくれたのだろうし。アンネも、ニーナも。テオやヴォルフだってそれぞれにクラウスの片棒を担いだ共犯者だ。

 仲間だなんて言えるほど、クラウスは彼ら彼女らに何かをして来たつもりはないが、信頼という言葉で語れるくらいの関係は築いただろう。その仕返しというのなら、甘んじて受けるほかない。

 二年……二年か、と。それだけの時間があれば、もしかすると今頃目的の景色をこの手に掴んでいたのかもしれないと思うと、少しだけ惜しい気もする。

 けれどその代償というか、代わりに手にした知識はクラウスの……この世界にとって稀有な真実足りえる歴史の一角。

 人が知らないもう一つの視点が紡ぐ歴史の一部。

 妖精という存在の、その原初のあり方。

 妖精の国(アルフヘイム)、オーベロン、タイターニア、パック……プーカ。

 そこに絡む人の営みと歴史を照らし合わせて。普通なら手に入れられなかったはずの経験を、記憶の中に今一度刻み込む。

 許されているから。認められ、肯定されているから。

 疑う事を捨て、その野望とも言えないただの子供騙しな夢を実現させる為に。あとはただ答えに向けて手を伸ばし、足を出すだけだと。

 その為にも、早く現実に戻らなければならない。

 抜けている二年間を出来る限り補って。その先にある未来に辿り着く為に。

 抱いた夢は、叶えなければ。

 過去にエーヴァルトに向けて語った、揺らがない自分を胸の真ん中に据える。

 そうして、この現実を受け入れる。

 今一度、帰って来たのだと。




 しばらくしてアンネが帰ってくると、その手には銀色に輝く鋏が握ってあった。

 思わず心臓が跳ねたのも刹那、次の瞬間一度開閉して見せた彼女は笑って告げる。


「髪、切ってあげるよ」

「…………あ。うん……」


 嫌な想像、というかこれまでクラウスが積み重ねてきた戯れの報い。

 そんな風に考えてしまった思考を安心と共に捨て去って息を吐く。もしそうなるのなら、クラウスなど遠の昔に刺されていると。

 寝具の軋む音と共に前かがみに這い寄ってきたアンネは、記憶の通りに自分というものを最大限に利用して。薄暗い部屋の中、笑み色に彩られる口元の形だけが嫌に鮮明に焼きつきながら彼女に身を任せる。


「短くする感じでいい?」

「まかせるよ。できることなら似合うように」

「じゃああれだね、反省の意味も込めて丸刈りで」

「……連絡の方は?」

「ニーナさんとテオ君。それからヴォルフさんに声を掛けてきたよ。多分そのうち来てくれるんじゃないかな?」


 冗談なのだろうが少しばかり楽しげな音を聞いたと。不安になりつつ後ろに回った彼女に全てを委ねる。

 二年の寝たきりだ。体なんてそう簡単に動かせない。身体機能が低下しきっている。先ほど少し伸びをしようとしただけで節々が悲鳴を上げたほどだ。

 そんな体で自分で髪を切るわけにも行かず。口ぶりからしてある程度慣れている様子のアンネならば、まぁ任せてもいいだろうかと。

 上体を起こしたクラウスの背中を支えるようにしながら優しく髪を梳いてくれる。その感触に、少しだけくすぐったく思いながら間を繋げる音を紡ぐ。発声も、ようやく喉に異物を感じなくなってきた程度。代わりに少し渇きを感じ始めたが。


「水は飲んだら駄目?」

「駄目。飲食は当分出来てないんだから。下手なもの口にすると体が異常起こすよ?」

「まぁそうか……」


 それくらいの知識はクラウスにもある。

 寝たきりの人物に対しては、妖精術と医療道具を併用して体内に直接水分や栄養を投与し、身体機能の維持を行うのがこの世界での一般的な治療……生命維持方法だ。

 特に第二次妖精大戦中に発達したと言われる医療技術。そのおかげで今のクラウスの命があるのだと思えば、ただ感謝するばかりだ。

 正常な人間が行う栄養の摂取方法──食事を二年以上していない弊害で、体内の機能が弱くなっている。

 その為、どれだけ渇きを覚え、空腹を訴えようが、記憶にあるような栄養補給はしてはいけないのだ。

 明日以降、少しずつ生活を普通に戻していかなければならない。

 けれども、事実と欲求は別物。おそらくユーリアが持ってきたのだろう視界の端に映る水筒に、その中身を想像して余計に渇きが刺激されるのだ。仕方なく唾液を飲み込んでその場凌ぎにする。

 その間、静寂の部屋に響く鋏の音。僅かな力と共に髪の先が切り落とされる感覚を追いかける。


「…………二年経ったんだよね」

「うん。私にしてみれば、長かったよ。……いや、うーん……。短い気もするけど。あ、髪のことじゃないからね?」

「疑わないよ。随分手馴れてるみたいだし」

「慣れてるっていうか、家でティアナの髪を整えたりは昔からしてたことだしね。軽く切り揃えるくらいなら別に特別な技術なんてなくても……」

「切り過ぎたりして怒られなかった?」


 どうでもいい質問に、少し間を開けてくすりと肩を揺らしたアンネ。他愛ない話題だと切り捨てて元に戻す。


「……二年。僕のいなかったその間に、何があったか聞いてもいい?」

「うん……。色々あったよー……色々ねー。全部聞きたい?」

「そうだね。出来る限り知りたいかな」


 クラウスがデュラハンに斬られたのが、二年前の……いや、二年と二ヶ月ほど前だから、年を跨いで約三年前。そのユールアフトン……ユールの前日だ。

 二年あれば人は二つ年を重ね、その分だけ歴史を紡ぐ。当たり前と言えばそれまでで、感覚的にはあのユールアフトンから約一週間ほどの時を過ごしただけで未来へと置換された感覚の魂と意識だ。

 その空白には、クラウスが眠っていた間の、彼女達の物語が存在する。彼女達が紡いだ歴史がある。

 クラウスの知らない空白の二年の世界。

 その間に、世界はどれ程に変わり、何が起きたのか。それを知る為にアンネに縋る。


「じゃあ、私が知ってる事。それだけは教えるよ。クラウス君が居ない間の、私たちだけの物語を────」


 そう前置きをして、まるでこれから一遍の冒険譚でも綴るかのようにアンネは語り始めた。


「題名は、そうだね……。クラウス君が……私が大好きな主人公の居ない、その場限りな脇役物語。蜂蜜酒に踊る即興曲(アンプロンプチュ)




              *   *   *




 ユーリと喧嘩別れをした翌日。まだ朝も早い時間。アンネは傲慢な夢を胸に据えて彼女の元へと訪れる。

 きっと現状を…………彼の事を一番に理解している者。彼の体に起きた事に、一番詳しい者のところ。

 深呼吸一つ。それから着地地点なんて分からないままに部屋の扉を叩く。


「どうぞ?」

「失礼します」


 中から響いた声に従って木製の扉を開けて足を踏み入れる。途端鼻先を香ったのは嗅ぎなれない薬品の匂い。

 脳裏にツユクサの事を思い浮かべつつ、椅子に座る彼女の背中を見つける。


「いらっしゃい。何用かしら?」

「……クラウス君のことで話が聞きたくて来ました」

「…………ちょっと待ってくれる? 少し片付けるから」


 机には分厚い書籍が何冊も積み重なり、篭った空気の中で呼吸さえ無粋に思えて音を潜める。それはどこか彼の部屋にも似ていて、けれど確かに違うのは薬の匂い。それは彼女がアンネよりも遥かに医療に関して知識と造詣を持つことの一つの形。

 それにしたってやはり空気が淀んでいる気がすると。部屋を見回して広く感じる間取りに、一つ推論を重ねる。

 もしかして誰かとの相部屋だろうか? 一人部屋にしては冷たすぎると。

 無頓着なほどに散らかった床を見渡してアンネの中の我慢が刺激される。気付けば音にしていた。


「……ご迷惑でなければ少しお手伝いしてもいいですか?」

「本当? 助かるわ。本は適当に本棚へ入れておいて貰える?」


 少しでもクラウスの居城と重ねたのが失礼だったかと一度瞼を重く閉じて。それから開いた視界で気持ちを入れ替えて足元の本に手を伸ばす。

 薬学書。医術書。人体解剖図鑑。

 アンネにしてみればあまり縁のない本ばかりだ。けれどこれらは彼女をなすその一部。彼女を語る上で欠かせない、特筆すべき点だ。

 秀でているのは妖精術における治癒の分野。それから医療に関する知識。

 買われたその能力は、この国で軍属にまで引っ張りあげられ、正式な軍人として登用されるまでに至った力。

 一度失ったその地位は、彼女の身に降りかかった災難にして、既に越えた障碍。

 彼女が彼女足りえる証を刻み込んだ、その生い立ち。

 エルフにして、元軍属にして、元生徒会長にして。そして国立フィーレスト学院の長の一人娘。

 彼女もまた、クラウスと同じように世界に否定され続けてきた烙印を背負う少女。

 ニーナ・アルケス。

 将来さえ嘱望された腕の立つ実力者。それが彼女だ。

 恵まれた才能を持たないアンネにしてみれば(うらや)むべき存在。けれどそれは彼女の一角で、反面に背負ってきた宿命は語るだけ無粋な話。

 クラウスは、その無粋に踏み込んで彼女を欲したのだと。改めて彼の埒外さを認識するのと同時、最後の書物を棚にしまって部屋を見渡す。

 後はごみ。そこらに転がった空の袋たち。

 アンネにしてみれば考えられない。医療など、清潔にして聖なる御技の象徴だ。その才能を持つ彼女が、こんなに荒れ果てた部屋の中に暮らしているのだという無頓着さに怒りさえ生まれる。

 それは単に、アンネが彼女に抱く印象と現実が掛け離れていただけのことなのだろうけれども。どこかでクラウスと似ていると思っていた彼女が、これほどまでに自由な生活を送っている事に、呆れて言うべき言葉が見つからない。

 彼と彼女は違うのだと。そもそも人とエルフなのだから違っているのは当たり前なのだと。

 どうにか理由らしい納得を見つけて思考の外に追い出すと、無心で部屋を掃除していく。

 そこでふと、気付く。

 こうして他人の世話を焼く事が別に嫌いではないのだと。それどころか、そうしていることで誰かに繋がれるのだと。

 今更ながらにこの体に眠る興味と染み付いた経験が、同じ色を持つ事に心地よさを覚える。

 あぁ、そうだ。何かに振り回されたまま、けれど確かに自分の意志を持って歯向かう事にこそ、私は存在意義を見出しているのだと。

 誰かの言いなりの下でしか自分の意見を持てない半端者なのだと。

 そうしてようやく自分らしさを見つければ、目の前の作業が少しだけ楽しく感じられる。

 興が乗ればそこから転じて自主的な言動へ。

 少しだけあった躊躇いを捨て去って遠慮なくこの部屋の主へと言葉を投げかける。


「この衣服、洗濯に出しておきますね」

「えっ…………あ……うん」


 答えを聞かないままに抱えた布の束を専用の袋に入れて寮共用の洗濯籠の中へ放り込む。

 女子寮では洗濯は二つの方法がある。一つは自分で洗う方法。もう一つは一日二度ある洗濯時間にそれを専門で雇われた人物に任せるというやり方。

 後者の場合袋に部屋番号の紙を紐で括り付けて指定の場所に置いておけば、時間がくればその人が回収後、洗濯をしてくれる。

 私は実家暮らしだけども。この辺りの事はユーリアの周辺を歩き回っていたことで身についた知識だ。

 彼女も彼女で意外と面倒臭がり屋。部屋こそ綺麗にしているが、大きな掃除と料理以外の家事は後回しの傾向が多い。困った親友だ。

 だから時々邪魔をしては節介を焼いて綺麗にして来た。お陰で友人の部屋に関して言えば、細かい部分は彼女よりアンネの方が詳しい。全く、世話の焼ける友達だっ。

 今回に限って言えば洗濯以外にもしたい世話は沢山ある。仕方無しに洗濯物は担当の人に任せて、アンネは部屋へと戻る。もし時間までに間に合えば自分でやるつもりだが。

 いつの間にか胸の内に漲った気概でニーナの部屋へと戻ってくれば、こちらへ首を向けた彼女が半眼で呻いてくれた。


「……何をしにきたのよ、ルキダさんは」

「朝ご飯食べました?」

「…………まだだけど……」

「台所お借りしますっ」


 ここまで来たら最後までやらないと気が済まない。彼女の声も聞かないままに図々しくも冷蔵庫の中を覗き込む。

 簡単に食べられるものでいい。調理にも時間が掛からなければなおよしだと。

 既に頭の中は次にするべき作業の羅列で埋め尽くされ、目の前の事には無意識に手が動く。

 手を洗って調理台に立つ時にちらりと見えたニーナは、どこか諦めたように溜息を吐いていたが、どうでもいい。ここから少し、私の手番だっ。

 常識と遠慮を意識的に切り捨てて彼の如く横暴に振舞う。

 私に出来る事など限られている。私は彼のようには上手に出来ない。

 けれど彼を真似て、そこに私の色を足す事はできる。そうできるほどには、彼の事を追いかけ続けてきた。嫌というほどその背中を見せられた。

 ならば彼のいない今こそ、私が彼の代わりに彼のような違う何かを演じるだけ。私の胸に抱く未来の想像に向けて手を伸ばすだけだ。

 そうと自分を騙す事は別段難しくなかった。元より仮面を被る事に関しては慣れている。彼にだって呆れられたこともある。それを最大限活用するだけ。

 主体のない私だからこそ出来ることなのだと胸を張って皿を並べれば、ニーナが机を広げて向かいに座った。


「……ありがと」

「お時間を頂くのでこれくらいは(いと)いませんよ」


 ヴァレッターとしてのアンネと、クラウスとしてのアンネが綯い交ぜになった自分の居ない体を駒にし腰を下ろす。出来立ての朝食に二人で手をつければ、二口ほど嚥下したところでニーナが声を掛けてきた。


「で、何を聞きたいの?」

「クラウス君、どんな状態ですか?」


 いらない雑談に時間を割いている余裕はない。それはそこに意味を見出す時でだけいい。

 単刀直入に訊けば、ニーナは食べる手を止めて間を開けた後零す。


「……何がしたいの?」

「クラウス君の意識を取り戻す。その為に必要な事をしてるだけです。……諦めたくないんです。私が追いかけて縋った背中が、こんなとこで終わるなんて。認められないだけです」


 隠すつもりなど毛頭ない。下手に言葉で飾るほどの余裕はない。

 方法論など二の次だ。私の胸に中には、今それだけの目的しかない。

 実直にして純粋なその言葉に、マリンブルーの視線が刺さる。

 逃げないと決めたから。認めないと決めたから。この胸の夢が潰える時まで、誰の言葉でさえも歯向かってやるのだと。

 何があっても協力してもらうのだ。それだけの置き土産を、彼は私の中に置いていったのだ。

 真っ直ぐに見つめ返せば、やがて短く切り揃えられた穹色の髪先が僅かに揺れた。


「あたしが時間を割いてそれに協力するだけの見返りは?」

「知りません。先輩が得られるものがあると思ったら頷いてください」


 果断に言い切って睨むように視線を返す。退けないのだ。例え無茶でも、協力の気持ちを引き出す。


「随分な話ね……。そんなので誰かが着いて来ると思ってるのかしら?」

「着いて来て欲しいんじゃないんですっ。一緒に力になって欲しいんですっ」


 形振り構わず子供のようにそう告げる。

 これが私のすべてだ。考える事なんて性に合わない。すべては感情の赴くまま、信じた事に向かって進むだけ。


「ん、いいわよ。クラウス君みたいに誰かを振り回そうと言い張るつもりなら協力しないつもりだったけど。……それにあたしだって彼には期待してるんだから。恩を売れて、彼が帰ってきて、見返せる機会があるのならそれで構わないわよ」

「ありがとうございます、アルケス先輩」

「あ、それは駄目よ。対等なら対等なりの呼び方があるでしょう、アンネさん」

「はい、ニーナ先輩」


 彼に巻き込まれたのなら、その野望に指先だけでも触れたのなら、期待してしまうというもの。

 世界を変え、揺るがすその新たな(ことわり)。希望と幻想の入り混じる彼の夢には、この世界に住む者ならきっと誰もが憧れる。

 理由なら────妖精の国。その言葉で十分だと。


「簡単に言ってしまえばね、クラウス君の意識不明は妖精力に関係するところに根差してる。回路がぐちゃぐちゃで、妖精従き(フィニアン)としては致命的よ。その妖精力の回路が、きっと意識まで押さえ込んでる。だから恐らく、回路さえどうにかできるのならば彼が目を覚ます可能性はあるとあたしは思う。少なくない見識で、そう診断させてもらうわ」

「では、先輩的には今は打つ手なしってことで大丈夫ですか?」

「悔しい事にね。新しく世界を変えるような発見でもない限りは、きっとあたしに限らずお手上げだと思うわよ」

「……分かりました。方法論は探してみます。また後日声をお掛けしますね」


 食べ終えた朝食。一纏めに重ねて流しに持っていけば、洗い物は彼女がやってくれるというので甘んじる。

 とりあえずこれで一人。彼が欲した欠片を一つ。

 僅かに進んだ足取りでニーナの部屋を後にしようとしたところで、背中に声を掛けられて振り返る。


「ごちそうさま、アンネさん。それから、また片付けに来て貰える?」

「彼氏さんに頼んでくださいっ」

「嫌だから頼んでるのに……」


 それはまるで嫉妬のように。

 そうして最後に零した彼女の言葉に、二人して笑い声を重ねて部屋を後にする。

 さて次だ。出来ることなら今日中に、全員から協力を取り付けるっ。




 少しだけ身構えつつ次に訪れたのはまたもや先輩の部屋。それも男子寮ともなるとやはり緊張の度合いは格段に上がる。

 周りから突き刺さる廊下を行く寮生の視線。見慣れない顔ぶれは冬期休暇中の私服の所為で先輩なのか後輩なのかさえ分からないまま、アンネは目の前の扉を叩く。

 響いた低い返事。落ち着いた中に確かな意思の力を感じて深呼吸一つ。それから扉を開ける。

 中に入れば目にしたのは簡素にして物の少ないあっさりとした内装。必要最低限の家具が壁際に並べられただけの、個人的に少し寂しいと感じる一室。

 香るにおいに男の部屋だと気を張ったのも数瞬。女子寮ともそこまで変わらない間取りの部屋の中、その空間の主の顔を見つける。


「いきなり押しかけてすみません、ブラキウム先輩」

「何か用か?」


 彼と私はそこまで面識があるわけではない。春先に数度、視界の端に捉えた程度。面と向かって言葉を交わすのはもしかするとこれが初めてかもしれない。

 けれど互いに知っている。間にクラウスという緩衝材を挟めばどうにか話すだけの距離感はつかめる。

 しかしそれだけでは、駄目なのだ。私の我が儘の為に、彼の協力を取り付ける為には他人の距離では無理な事がある。


「クラウス君のことで先輩にお願いしたい事がありまして」

「……立ち話ではないだろう」


 ヴォルフに言われて腰を下ろせば、入れ違いに立ち上がる彼にいつもの癖で自然と動く。


「あ、お手伝いを──」

「君は客人。私が持て成すのが道理だ」


 有無を言わせない実直な響きに、半分上げた腰をどうにか下ろす。

 今回は仕方ない。弁えよう。彼は実直で、礼を欠かない人物だ。その硬くも優しい物腰には、先ほどのニーナの部屋のように傍若無人には振舞えない。

 しばらく待つと、目の前に温かく揺れる飲み物が差し出された。


「ありがとうございます」

「それで、話というのは?」


 閑話など挟まない。真っ直ぐ最短距離な、戯れのない音にどうにか着いていきながら答える。


「……クラウス君のことです。先ほどニーナ先輩にお力を貸していただけるようにお願いしてきました。それと同じように、先輩にもお力添えをしてもらえればと」

「ふむ。具体的には?」

「…………差し出がましいのは分かってます。ブラキウムや、コルヌ…………私のヴァレッターと合わせて、国への──」

「それは私個人の了見では無理だ」


 返った言葉。その言葉をまともに受け止めて、小さく拳を握る。


「君には恩……というか借りがある。貸しかもしれないがな」

「はい……」

「その対価といえば私個人の力なら貸そう。けれどそこに家までを巻き込むわけには行かない」

「はい…………」


 わかりきった事だ。そう簡単に了承をもらえるとは限らない。

 けれど…………けれどここでは退けない。最大限譲歩を引き出して、彼の協力を取り付けなければ。今のアンネにはそれが必要なのだ。

 どうすればいいと足りない頭で考えて、それから我武者羅に言葉を次ごうとした刹那、耳が異音を捉える。

 それは部屋の出入り口から。何事かと向けた視線で、廊下から顔を覗かせたのはアンネも見知った顔。


「お義兄様、明日の────あ、えっと……」

「久しぶり、かな」


 レベッカ・コルヌ。丁度先ほどヴォルフとの話に出ていた、コルヌ家の一人娘にして、次期当主。未来に伯爵の名を継ぐ者だ。

 随分な様子で入ってきた彼女は、ヴォルフに向けた言葉をその途中でアンネに気付いて引っ込めた。


「コルヌ、部屋の戸くらい叩け」

「あ、すみません……。お邪魔しました」

「あっ、コルヌさん。コルヌさんも、お話どうですか?」

「えっ、でも…………」

「いいですよね、先輩っ」


 咄嗟の事に少しだけ語調が強くなりつつも景色を変える。

 彼なら……クラウスなら、ここは逃がさない。必要な限り使い潰して振り回していくはずだ。

 彼のように……彼に出来ない事を私はする。信頼なんてないけれど、女として使えるものがある。

 笑顔。信用するには一癖も二癖もある武器。少しでいい。彼に少しの猶予が生まれればそれでいい。


「…………ルキダ……」

「何ですか?」

「…………いや……好きにしろ……」

「だそうですよ、ご一緒にどうですか?」


 僅かに(しか)めた顔に、それは彼がクラウスに対してよくする表情だと気付けば、強引に話を纏めてレベッカを話に巻き込む。

 少し迷っていた様子のレベッカだったが、本当にいいのかと尋ねてきたので是非もなく頷く。そうだ、後で彼女とも話をしよう。女同士でしか出来ない……彼女としか出来ない話というのがあるのだ。

 そんな事を考えていると、レベッカはヴォルフの顔を伺いながら腰を下ろす。それを見て、ヴォルフが彼女の飲み物も準備をしてくれた。

 綱渡りだけれども。それでもどうにか漕ぎつけた。この現実を無駄にはしない。


「あの、先輩は…………」

「……うん。とりあえず意識不明で眠ってるだけだから」


 不意に向けられた視線。その奥に燻る不安の色に、アンネは少しだけ嫉妬をしながら彼女の言葉に答える。

 例え僅かに関わった少女にさえこれほどまでに心配される。アンネの好きになった彼のその異常なまでの求心力に呆れる。

 一体どんな魔法を使ったのだろうか。どんな仮面で彼女の心を騙しているのだろうか。

 今ここでその虚像を壊しても後々面白いことになるかもしれないと意地悪な事を考えて、けれどやめる。

 彼女がクラウスに僅かでも何かを感じているのならば、少しだけその気持ちを借りるだけだ。


「ただ私もね、早く戻ってきて欲しいから。だから力を貸してくれる人を探してるの」

「…………わたくしじゃぁ、駄目ですか?」


 彼女の善意に付け込むようで悪いと。後々の彼女との秘密の会談に色を付ける事を一人確約しながら言葉を待つ。


「先輩には、恩があります。いつか返さないといけない借りがあります。この身はコルヌで、まだまだ子供ですけど。それでもお力になれるだけの気持ちはあります。それじゃあ、駄目ですか?」

「ううん、嬉しいよ。でもレベッカちゃんに悪くない? コルヌさんのところにも迷惑をかけるし」

「そういうのはいいんですっ。わたくしが力になりたいんですから。説得ならします。だから協力させてくださいっ」


 心根の優しい少女だと。そんな彼女を騙すようで心苦しい。

 この無法をいつも当たり前のように振り翳す彼に、アンネはなれないと少しだけ悲しく思いながら視線をヴォルフへ。

 険しい表情で目線を返してきた彼だったが、やがて溜息と共に呟く。


「……あの法螺吹きには前に約束したからな。それを違えるのは性に合わないだけだ」

「はい」

「…………全く。どうしてあいつの周りにはお人好ししか集まらんのだろうな」

「クラウス君だから、ではないですか?」

「それだけが違う事は確実だがなっ」


 退路を断たれた事でどこか諦めたように答えるヴォルフが、僅かに頬を吊り上げる。

 これで二人。強力な助っ人としてレベッカの力も借りられる。

 アンネには、本来ならばこれ以上の人の心を動かすだけの器量はないけれど。それを捻じ曲げてでも成したい理想がある。その先に彼の顔がある。

 ならば無理を通すだけだ。自らを追い立てて、後戻りが出来なくなるまで突き進むだけだ。

 後ろを振り返る必要なんてない。答えは前にしかない。行動を起こした先にしか得られない。

 その夢を、追いかけ続けるだけだ。




 ヴォルフ、そしてレベッカの協力を得て、アンネはまた次の目的地へと向かう。

 そう言えばレベッカが入ってきた時明日がどうとか言っていたけれど……。あの様子だとブラキウムとコルヌの間で何かあるのだろうと思考の外へ。どこかでその話も聞いてみたいと思いつつ同じ男子寮の中を歩く。

 やはり突き刺さるのは視線。クラウスとのことで幾度か訪れたこの場所だが、ここまで長居をした事もなければ歩き回ったこともない。そもそもクラウス以外の男の部屋に入るのだってさっきのヴォルフのところが初めてだったのだ。

 加えてクラウスの部屋は寮の中でも入り口に近い。ここまで奥に足を延ばしたことなどない。

 これが女子寮ならば気は楽だったのだろうけれども。

 考えても仕方ない居心地の悪さはどうにか平常心で跳ね除けて目的の部屋へ。

 ヴォルフに聞いた道順通りに訪れた扉には部屋の主の名前。二段になっているところを見るに二人部屋らしい。もう一人の方も、名前だけならアンネも知っていると。

 先ほどのヴォルフと比べて更に高い難度だと。心を落ち着けて扉を叩けば少し間を開けて声が返る。


「おう、入っていいぞー」


 溌剌とした声は彼らしく。アンネが追い駆けた背中とは対照的な色を持つ行動力には過去に少しだけ振り回された記憶。苦手意識、というわけではないけれど、面と向かって言葉を交わすのはあまり気が乗らない人物。

 けれどいつまでも逃げてばかりはいられないと。彼は彼とは違うのだと改めて胸に据えて部屋に入る。

 耳に届いた中の音は賑やかに。二人にしては少し多いと勘繰ったのも束の間、顔を覗かせればその理由に至る。

 向いた視線は三つ。

 一人は彼の幼馴染にして今アンネが求める協力の先、テオ・グライド。そしてもう一人はこの部屋の同居人。テオの友人にして確かクラウスとも繋がりがあった少年、マルクス・アルテルフ。

 加えてもう一人の姿。男部屋には似つかわしくない色をした女生徒。目に付くのは橙色の髪から覗く長い耳殻。アンネ個人にしてみれば仲のいい方である、同性。

 エミ・アリデッド。生徒会選挙の時に打倒クラウスと意欲を燃やして肩を揃えた、ハーフエルフの少女。

 思わぬ顔ぶれに足が止まったアンネへ向けてテオが声を掛けてくる。


「お、珍しい。どうかしたか?」

「取り込み中だったかな。少し話がしたくて来たんだけど……」

「別にぃ。まぁ話と言えば話か。生徒会どうするかって相談」


 距離感の掴み辛い……近すぎる言葉に少し距離を取って、エミの隣に腰を下ろせば彼女も頭を下げてくる。


「その節はありがとうございました」

「それ会う度に言う気? 何回同じ挨拶聞いたと思ってるの……今更掘り返さないでよ。それに私も楽しかったし」

「ん、二人は…………」

「選挙の時に応援演説、だったよね?」

「はい」


 テオの声にマルクスが補足を入れる。少しクラウスとの関係に似ているかもしれないと、テオの隣に座る彼へ視線を向ければ意味もなく笑顔を浮かべた。

 あぁ、この人はクラウスと同類だ。誰かを利用する事にあまり罪悪感を抱かない類の、壊れた人格の持ち主だ。

 直感でそう悟って警戒人物に放り投げる。


「生徒会って……あ、そっかクラウス君…………」

「欠けた穴をな。頼ってた部分が大きいから、前の時みたいに誰かに頼るかって話も出てたんだけど」


 言って頭を掻くテオ。彼としてはそれはできるだけ避けたい話か。任された責務に対して忠実な彼らしいと、真面目で真っ直ぐなその意気に少し眩しく感じる。

 同時、アンネの脳裏には何処までも打算的な想像が閃く。


「……その役割、私じゃ駄目かな? クラウス君みたいに完璧には出来ないかもしれないけど、力にはなれると思う。知らない仲じゃないし」

「んー、でもそれだとただ頼る事になるし、後々クラウスに迷惑かける事にならねぇか?」


 誰かがクラウスの穴を埋めれば、彼が戻ってきた時に要らぬ心配をさせるのではないかと。心優しい彼の幼馴染はアンネの言葉に渋る。

 けれどならば、理由を突きつけるだけだと。


「ここに来た話とも繋がるんだけどさ……」

「あ、そうだ。何の用だったんだ?」

「少しでも早くクラウス君が戻ってこれるように何かしたいなって。その為に色々な人の力を借りたいの」

「何かできることあんのか?」

「それはこれから。とりあえず協力してもらえる人を探してる。……それで、私が力を貸してもらう代わりに、生徒会の事を手伝う。これならクラウス君への迷惑は考えなくていいんじゃないかな? 私と生徒会の個人的な取引だよ」


 図々しくも自分を売り込む。交換条件と利用価値。その二つを武器に自分の中のアンネ・ルキダの色を相手に合わせる。

 相手依存な考え方。けれどアンネが最も得意とするやり方だ。

 偶然の有利な話。ここが駄目なら別の方法をと頭で考えていると、マルクスが零す。


「いいんじゃないかな? 彼女からの申し出だしね」

「あたしも、先輩と一緒にっていうのはいい考えだと思いますっ」

「……もう一人聞かないとな」

「そう言えば先輩はどうしたの?」

「先約があったらしい。ほらレベッカちゃん」


 自分の事ばかりで抜け落ちていた周りの景色がテオの言葉で補われて噛み合う。そういえば先ほども会ったと。


「ならもう今聞いてきたら? ルキダさん待たせるのも悪いしさ」

「……ん、分かった。じゃあちょいと待っててくれるか?」

「うん、いい返事期待してるっ」

「俺に言うなよな」


 言って部屋を出て行ったテオ。それから一つ息を吐いて少し緊張を肩から下ろせば、マルクスが声を掛けてきた。


「ルキダさん、小耳に挟んだんだけどクラウス専属の傍付きになったって本当?」

「どこから聞いて来たのそれ……。まぁ隠す事じゃないからいいけどさ。本当だよ。私にも意味はわかんないんだけどね」


 とりあえず惚けてみるが彼の視線は外れない。どうやら彼も彼で何か知っているらしい。クラウスの代わりの一部にはなるかもしれない。


「ヴァレッター、でしたっけ?」

「エミちゃんまで……」

「先輩意外と有名人ですよ? 気付いてなかったんですか?」

「悪い意味ででしょ? クラウス君の近くに居ること多いから覚悟はしてるけどさぁ……。そんなに?」

「あたしが知ってるくらいですからねっ」


 嫌な広まり方をしたものだと。それもこれも全部彼の所為だと(うそぶ)けば、少しだけ楽になった気がした。


「それエミちゃんが広めてるとかじゃないよね?」

「し、てないですよ?」

「何で躓いたの……」

「いい先輩だってくらいは友達と話をしましたけど……それだけですっ」

「疑わないけどね。うーん……もうちょっと自重した方がいいのかなぁ」


 そこまで注目されると今後動き辛くなりそうだとか。そこまで期待や興味を惹くほど自分に何かあるとは思えないけれど。

 もしそうなのだとしたらやはりそれは彼の影響なのだと理由を見つける。


 ────君自身も変われたはずだよ


 変わったと言えばその通りだろう。けれどアンネを変えたのは紛れもなく彼なのだ。そうでないと、今胸に燃える気持ちに説明が付かないから。


「ぼくは今のルキダさんの方が話しやすくて好きだけど」

「ありがと……。ならそんな距離の取り方しないでよ」

「巻き込まれるのが嫌なだけだよ」


 正直なマルクスの言葉に彼という存在を改める。

 確かに彼はクラウスと同じように他人に容赦をしない性格だろう。けれど進んで問題に首を突っ込むほど向こう見ずではない。あるかどうかも分からない答えに邁進するほど愚かではないのだろう。その点で言えばクラウスよりもイーリス寄りか。

 安全圏で他人を振り回す。アンネにしてみれば一番敵にしたくない相手だ。

 そんなマルクスさえ利用するクラウスは、やはり非道の化身ではないだろうかと邪推。

 けれどそんな彼に惹かれたのだと自分を見つめれば、己自身も十分に歪んでいる気がしたアンネだった。

 そうこうしているとテオが戻ってくる。


「おかえり」

「ん、俺に任せるって言われた。だからよろしく頼む」

「分かった。その代わり、私が力を貸して欲しい時は協力してよ?」

「もちろんだ。クラウスに早く戻ってきて欲しいのは俺も同じだからな」


 無駄の──面白みの──ない会話に笑顔で答えて、それから彼の部屋を後にする。

 彼がいなくなることで生まれる歪み。そこを埋めることこそがアンネに託された、彼を知るものとしての役割。

 自意識過剰にそう思い込んで正当化すると一つ息を吐く。

 これで三人。残り一人は、彼でさえも手に入れるには苦戦した欠片。今のアンネにとっては、最も顔を合わせたくない相手。

 親友にして恋敵。意気地のない彼女。

 後回しにしたのは時間が掛かると騙したからか。

 彼女と同じくまだ覚悟の足りない……自分を捨てる事が出来ない事に歯噛みする。

 クラウスに憧れたところで、クラウスになれるわけではない。彼のように自分を捨てられるわけではない。

 そうでなくても、ようやく自分らしさというものを見つけてそれを武器にしているのに。また手放そうなどアンネには出来ない。

 だからぶつかってしまった。募った思いを叩きつけて穿った溝に後悔した。

 そんなつもりじゃなかったと。ただ単純に謝ればいいだけではないのだと。

 それでは彼女に失礼で……何より私自身が納得できないから。

 だから、戻れないのならば。その先にあるものに手を伸ばすだけ。喧嘩の先にしかないものを見つけるだけ。

 その為にならこの胸に巣食った悪態も理不尽も、全ての感情を叩きつけてやると。嫌われるのならばそれでも構わない。彼女の悪役になれるのならば本望だ。

 私とクラウスがそうであるように、私と彼女も────相容れない。

 感情が納得できない。それを押し込められるほど、アンネは大人ではないと。

 言い訳を振り翳して街を行き。途中昼ごはん代わりに軽食を買い求めて空虚に詰め込めば、やがて訪れたのはクラウスの病室。ニーナの紹介で運び込まれたこの国の最高峰の医療機関。

 とは言っても彼の体を生命活動が出来る程度に維持しているに過ぎない。普通の病気なら人の医者が快復に手を貸せたのだろうが、根付いているのはデュラハン。死神の──妖精に起因する災厄の火の粉。

 妖精について全てを分かっているわけではない人の知識で、さらに回帰種(フィーリス)である死の権化の宣告に触れたその魂を癒す術など、きっと人には分からない。

 不治の病とも言うべきその現象に、けれどアンネは認められないから否定の理を振り翳す。

 人に分からないのならば妖精にどうにかしてもらうだけ。例えばそう、彼が目指していた妖精の都にはその手がかりがあるかもしれないと曖昧な理想を描きながら。

 白を基調とした一人部屋。扉に嵌められたクラウス・アルフィルクの名前を少しだけ睨んで中へと入る。

 時間さえも止まったかと思うほどに重く澄んだ空気。その中で寝具に寝かされ健やかに眠る彼の姿を見て、痛いほど胸が締め付けられる。

 同時、目当ての顔がない事に少しだけ考えれば、扉が開く気配。振り返ってそこにいたのは、人間大の白銀の少女。

 背中に揺れる虹色二対四枚の薄翅が彼女を妖精だと教えてくれる。


「お見舞いですか?」

「……まぁ、そうだね。それから、ちょっと人探し」

「何だか疲れてませんか?」

「あんまり寝られてないからかな…………」

「だめですよ、ちゃんと寝ないとっ」


 妖精たる少女、フィーナに(たしな)められて居心地が悪くなる。

 まるで普通だと。契りを結んだはんぶんが意識を失い眠っているというのに、彼女はそれを受け止めていると。

 少し冷たい気もするけれど、彼女は何も感じないのだろうか。


「……無理してない?」


 気付けばそんな事を問うていた。

 弱く響いたその声に、フィーナは肩を揺らして花を活けていた手を止める。それから小さく笑った彼女は、何かを諦めたように椅子に座って、こちらに背を向けたままぽつりぽつりと零す。


「無理なら、してます。悲しくないって言ったら嘘になります。けどそれでどうにかなるんですか? クラウスさんが戻ってくるんですか? わたしはそうは思いません。だからやめたんです。泣くくらいなら、何かをしようって。何ができるか分からないけど、何かをしたいって思ったんです。…………アンネさんは、どうなんですか?」


 強い少女だと。取り乱して泣き崩れて辺りに喚き散らした私とは大違いだ。

 本当は彼女みたいになりたかったはずなのに。そう振舞っていたかった筈なのに。子供であることを言い訳にしたくなかっただけなのに。

 彼女と私では、動き出すまでの差が大きすぎると。そこに何があるのかと自分に問うてみる。


「私だって、何かしたいよ。何ができるか分からない。どうすればいいかもまだ手探り……。けど何もしないままじゃ何も変わらないから。まずはってみんなの力を借りようとしてる」

「……それ、わたしもお力になれませんか? アルと二人、調べてるんです。クラウスさんを元に戻す方法。でもわたし達だけじゃ難しくって…………。だから、協力しませんか?」

「…………そうだよね。誰だって同じだよね……。罪作りだよ、ほんとっ。こんなに沢山心配されてるのに、一人暢気に眠っちゃって……。世界に嫌われてますとか、独りを気取って、馬鹿みたい。お仕置きしないとね」

「何だかアンネさんのこと、好きになれそうですっ」

「今まで嫌いだったの?」

「……さぁ、どうでしょうか?」

「私は憎かったけど」


 嫉妬だ。彼の信頼を得て。彼のよき理解者として一番近いところで力になっているフィーナに。外からしか干渉できない私は嫉妬をしていた。

 だからこれまでも、彼女を傷つけるような事を何度も言った。まだその事を、私は彼女に伝えていない。


「ごめんね、今まで酷いこと言ったりして」

「そんな事ありましたっけ?」


 それはずるい。妖精である事を理由にして。楽しいことだけを追い駆けていると嘯いて。

 アンネがここまで正直になっているのに卑怯だと。


「……やっぱり私フィーナのこと嫌い」

「わたしはアンネさんのこと、好きですよ?」


 心地のいい会話。それが、心の中で彼女に彼を重ねているのだと気付い時から、アンネは彼女を嫌いになれない。

 そもそもが無理なのだ。彼のはんぶんになった時から、彼女にはそれだけの器があることの証明なのだから。

 嫉妬だなんてありえない。アンネはフィーナではないのだから。アンネはアンネらしく彼に尽くせばいいだけのこと。

 まだ分からない未来の景色。その先に理想の灯火だけを夢見て、それに手を伸ばす。

 火傷しても構わない。この身を焦がしても構わない。それで彼が救われるのならば、この命など安いものだ。

 破滅的な未来を思い浮かべて小さく笑えば、ようやく歩き出せた気がした。


「必要になったら声を掛けるから。それまでもう少し待っててくれる?」

「アンネさんが間に合ったら、一緒に連れて行ってあげますっ」


 彼女らしい精一杯の返しに笑って病室を後にする。

 彼女はそこにはいなかった。となると寮だろうか?

 浮かんだ次の目的地。足早に向かって寮母に尋ねれば外出したとのこと。気分転換だろうか。悩んだ時に羽を伸ばせるほど奔放な思考を持っているとは思えないけれど。

 考えて、再び町へ出る。

 景色は至っていつも通り。数日前に降り注いだ白い綿毛は、けれどそこまで積もる事もなく今では殆ど残っていない。少しだけ、陰になった路地裏に土の混じった茶色い塊が積もっていたり、子供が作ったのだろう雪の造形物が原形を留めないほどに家の玄関先に立っていたりと名残を残すのみ。次に冷え込めばまた降るかもしれないが、それでもこの時期のスハイルのように厚く積もったりはしないだろうと。

 考えつつ巡るのはこれまでに彼女と訪れてきた沢山の場所。喫茶点に、小物屋。そういえば隣にはよくクラウスの顔があったと思い返しつつ、自然と足はブランデンブルク城へ。

 造形美を湛えるこの国の中心には一部に白粉化粧。あの辺りは日の光が余り当たらないからだろうか。そんな冬の彩を交えた風景は、傾きかけた陽光に段々とその光を朱色へ染めて。城の外観を淡く彩る。

 見慣れたこの国の象徴。仕事がない時に訪れると少しだけ緊張するとどうでも良い事を考えながら、城内を少し歩き回ればカイの姿を見つけた。


「グライド少佐」

「ん、あぁ、クラウスの……」

「クー・シーさん、来てませんか?」

「……見てないな。どうかしたか?」

「少し探してて……」


 どうやらここも空振り。ならば一体何処にいるのだろうかと貧困な発想力で別の場所を探る。と、そんなアンネに想像の外から声が掛かった。


「彼女を探してるなら届け者を一つ頼んでもいいか?」

「……何ですか?」

「彼女の契約妖精。その最終検査が終わったから居るべき場所へ。妖精従きと契約妖精は近くに居るべきだろう?」

「分かりました」


 思わぬ頼み事だが、彼女の力を借りればユーリアのところへは簡単に行けるかと。

 打算的に考えてカイの言葉に頷くとリーザの元へ。

 彼女はデュラハンの悪意に晒された被害者だ。クラウスのお陰でその根源である悪意は消滅し、かの者が振り撒いていた干渉は解かれた。代わりににもう一体現れた死神によって彼は眠ってしまったけれど……。

 それでも彼が手にした物は、ユーリアとリーザ……それから幾人かの妖精騎士(フィリット)たちの平穏を取り戻したのだ。

 その事後経過を観察して、どうやらつい先ほど全ての検査を終えてリーザが開放されたらしい。本来ならばユーリアが迎えに来るところなのだろうが、生憎阿呆らしい失意の底。憐れにさえ思える自己憐憫にアンネは同情もせず己の我が儘を貫き通す。

 彼に帰って来て欲しいのならばそれに手を伸ばすべきなのだ。誰かが差し伸べてくれる手に甘えてばかりでは何も解決しない。

 医療棟。その一角に顔を覗かせれば目当ての亜麻色の一つ結びを見つけて声を掛ける。


「リーザさーん。迎えに来たよ?」

「…………ユーリアは?」

「これから起こしに行くの。手伝ってくれる?」

「……ごめんなさい」

「謝らないで。それはユーリの口から聞ければ充分だから」


 笑顔で答えて病み上がりの彼女をダフネとは反対の肩の上へ。こうして二人の妖精を連れていると彼みたいだと客観視して、それからリーザに問う。


「で、起こしに行くとは言ったもののユーリの居場所わかんないんだよね。道案内お願いできる?」

「……少し時間掛かるよ? ちょっとの間眠ってたし」

「ん、ゆっくりでいいよ」


 答えれば、リーザは集中するように瞼を閉じる。

 回路を閉ざして眠っていたのだ。直ぐには無理を強いたかと心の中で謝りつつ、けれど必要な事だからと今だけは力を貸してもらう。

 そうしてしばらくすれば、彼女が指差した目的地。その方角にある、親しみ深い建造物に小さく笑う。

 そういえばそこは調べてなかったと。冷静に考えればこの状況下で彼女が訪れないはずはない場所だ。

 幾度そこに記憶と時間を刻み込んだだろうか。因縁と、奇縁を編み込んだ始まりの場所に、何かを求めて彷徨い辿り着くのは分かりきった事だ。

 そんな事にも考えが至らなかった自分の頭を心配しつつ、それからどんな言葉を掛けようかと考えながら彼女の元へ。

 ブランデンブルク城を出て真っ直ぐ伸びる石畳の目抜き通りを突き進み、脇に建てられた看板に従ってその道へ入る。続く道の先、遠くに見える通い慣れた外観の建物は、トーアに上がってから目まぐるしく時を過ごした学び舎────国立フィーレスト学院。

 修学期間の半分を過ごし終え、既に沢山の思い出が詰まったその校門を潜れば、そのままの足取りで昇降口を通り階段へ。

限りある者しか辿り着けない最高峰のフォルト。実質の最上級であるハーフェン。妖精と契りを交わす一人前としてのトーア。妖精についての応用を学び自分を見つけるドルフ。基礎と心構えを身につけ、光溢れる夢を胸に踏み込んだハウズ。

 昇る階段。途中からはアンネも経験し、見慣れた階層を横目に見ながら足は更にその上へ。

 途端に冷えた空気。音さえも凍りつくほど人の温度のない階段は、冬の所為か嫌に鋭く肌を刺してアンネを拒むように。

 けれどその先にいる彼女へ向けて扉の取っ手を掴み、捻る。

 開けば、重いほどの風が襲い掛かってきて僅かに顔を背ける。次いで眩しいほどの綺麗な夕日。

 高い景色、澄んだ空気、詰まった思い出。鮮やかに思い出す春の景色を視界に重ねながら、その中にあの時とは逆の背中を見つける。

 春の時は、私が彼女の側だった。今度は、私が彼女を罰する番。

 軋んだ蝶番の音には、けれど気付いていても振り返らない強情さ。唯一つ揺れた肩と、風に靡く長く綺麗な黒い後ろ髪が、彼女らしさとして刻み込まれる。

 その背中を見た時から、分かっている。彼女は答えてなどくれない。けれど答えを求めるより、先にするべき事がアンネにはあるのだ。


「……何が見える?」


 彼女の隣。無粋に踏み込んで欄干に上半身を預けると、彼女の見据えた先を見つめながら問う。


「どんな夢が見える?」


 そうして事実を突きつける。

 それは夢だと。どれ程望んだところで、望んだだけでは彼は帰ってこないのだと。


「別に責めてもいいんだけどね。ただ諦めるなら、諦めるだけの覚悟を持って欲しいって事。待つだけなんて、誰にでも出来るんだよ」


 答えない彼女に、独り事のように告げる。


「だから、諦める気持ちがないなら、諦めないで。我が儘でもいいから、諦められるほどに本気になってっ」


 諦めるのは失敗してからでいい。失敗するには本気にならなければいけない。生半可な気持ちで届かないのは、失敗ではない。

 だから諦めるなと。私は、諦めないと。

 必要な言葉を何も語らずに、彼女には不必要な言葉を叩きつける。

 今一度彼女に火を点けられるのならば、アンネは彼女の悪役にだってなる。

 その為に、そう紡ぐ。


「本気になれない人に、意味なんてないんだよ。クラウス君は、そんなの望んでない」


 最終通告だ。これで彼女が本気にならないのならば、彼女に選ばれる資格などない。彼の隣を奪って、私のものにするだけだ。

 強欲にそんな事を考えて、答えを待つ。


「…………それを決めるのは、アンネじゃない」


 そうして、魂が燃える音を、私は聞いた。


「大体ね、勝手過ぎるのよ。人を巻き込んでおいて、利用して、感情さえ否定して。そんな木偶人形に本来誰が着いて行くのかって話よ。あいつの陰険な顔と、腐った性根を一度でも見れば、間違っても期待なんてする器じゃない」


 胸の内に溜まった彼女の感情。彼に対する募った想い。

 それを独白するように吐き捨てていく。


(あまつさ)え失敗したわよ。許されない間違いをしたわよ。そんな中途半端な奴に何望めっていうのよ。そもそもが間違いっ。あいつは、一人じゃ何も出来ない爪弾き者よっ」


 率直で正しい彼の全て。誰が見たって、世迷言を振り翳している子供にしか見えない。

 世界の伴侶を解き明かそうとか、その者たちの世界をつくろうとか。

 そんな馬鹿げた理想を掲げて、疑わずに育った……体だけが大きな子供だ。

 彼ほど規格外で、彼ほど純粋な心を持った者を、アンネは他に知らない。

 だからこそ、その無邪気なほどに危険な彼に、私は惹かれた。

 まるで物語の勇者のように、恐れ知らずで荒唐無稽な理に触れる少年。今までもありえないほどの事実を突きつけて、考えもしなかった理想を現実にしてきた異端者。

 振り翳す剣は智慧に守護されて常識を切り裂く言霊。技ではなく言葉で戦う、平穏を体現したような騒乱の要。それがクラウス・アルフィルクだ。

 失敗を許されないそんな彼が、失敗した。物語の主人公として失格な、爪弾き者。


「利用するだけなら、まだ許せたのよ。他者を蹴落とす事を悪だとは思わないもの。自分の為に利用することは間違いじゃない。私だって何度かはそうしてきた。それを否定しようとは思わない。……けどね、利用の中に、希望があっちゃ駄目なのよ。利用した相手に夢を抱かせちゃ駄目なのよ。だってそれが失敗したら、勝手に抱かせたその夢まで裏切る事になる。弄ぶ事になる。それは悪よ。紛れもなく淘汰されるべき悪よ」


 彼女が叫ぶ。その希望を胸に抱かされた──残された少女が嘆く。

 許せないと。勝手に押し付けて逃げた彼を許せないと。

 だからこそアンネは笑う。

 その怒りは、アンネにもある望みだと。


「その報いは、しっかりと受けるべきよね?」

「ユーリがいいならさ。私も協力させてよ」


 それはいつしか隣の彼女が零した言葉。あの時はアンネが叫んだその言葉に、友達として伸ばしてくれた手のひら。

 だからこそ今度は私が。彼女に必要な手のひらを伸ばす。


「私だって被害者だから。利用され尽くして捨てられた惨めな女だから。ユーリだって選ばれたのに、それを放り出したんだよ? だったら裏切ってくれた報復に、友達として一緒に仕返しをしてあげるよ」

「ふふっ、いいわねそれ。きっと目が覚めるほどのいい薬になるわよっ」


 まるで美酒に酔うように。

 気取って紡いだ旋律に、僅かに雑音を聞きながら。


「でも謝らないから。この喧嘩はクラウス君の所為だもんね?」

「えぇ、そうね。クラウスに謝らせるまで私も譲らないから」

「望むところだよっ。今度こそ、ユーリより私を選ばせて見せるからっ。女の嫉妬ほど、男にとって名誉な事はないもんね!」


 ようやく浮かべた心からの笑顔。最大限に自分の分かった、可愛いと誇れる笑みでそう言い切る。

 これこそがアンネ自身だ。自分さえも武器に出来る豪胆さだ。

 方法論など問わない。何でもありこそが、私を活かす戦場だ。


「それはないわよ。クラウスは私を選ぶもの。その後でクラウスを言いくるめて、親友としての贔屓で二番目は許してあげるから」

「ユーリに一番は似合わないよ。クー・シーの名前通りに負け犬になってればいいっ」

「残念だったわね。クー・シーは本当の家名じゃないわよっ。まさか親友面して私の本名も知らないの?」

「馬っ鹿じゃないの? 大体本名はユーリらしくないし。猫でしょ?」

「獅子よっ!」

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