後奏曲
「……はぁ、疲れた」
「何を言う、これからが本題だろう?」
「分かってますよ」
音を立てて崩れ落ちた木製の人形。彼の魂が入っていた仮初の器は、今目の前で関節などないかのように畳まれて木片と化す。
「結局、気付いたんでしょうかね?」
「何がだい?」
「これです」
大きな方陣を足元に描き出す小さな妖精。黄金色の長髪に緑翠色の双眸。妖精王オーベロンはピスカの言葉に聞き返す。
そんな彼の声に、ピスカは妖精力の塊を一つ、目の前に現出させた。
それは彼────クラウス・アルフィルクの、人間としての波長。
彼の魂を癒す仮初の契約の中でピスカが秘密裏にかき集めていた、クラウスの欠片。
「さて、どうだろうね。まぁ彼の事だ。今気付いていなくともその内ふとした拍子に至るだろう」
それが必要な事だからと悪びれない飄々とした物言いに、仕える王の横顔へ彼の不敵な笑みが重なる。
あぁ、そうかと。今更ながらに気付く。クラウスのオーベロンに対する忌避感は同属嫌悪だったのだと。
彼らしいと小さく笑みを浮かべれば、今度はオーベロンがピスカを見つめていた。
「君こそ随分変わったじゃないか。随分楽しく笑うようになった」
「彼から取り除いた、未だこの胸に渦巻くデュラハンの影響ですよ」
もちろんそんな悪意など遠の昔に消している。どうでもいい方便で取り繕えば、オーベロンは鼻で笑った。
「まぁどうでもいいがね。……さて、では準備も整った。はじめるとしようぞ」
「はい」
瞳に灯る意思を本物に変えた彼の言葉に、ピスカも頷いて集中する。
これからするのはオーベロンにとっては別に難しいことではない。ただそれが人間の言うように許されるかどうかと問われれば頷き難いが、けれど必要な事なのだと自分に言い聞かせる。
意識してオーベロンの展開する術式に波長を組み替え、同調するようにクラウスから奪った一欠片を混ぜ込んでいく。
これは、妖精の誕生。妖精の王が授ける寵愛にして、その加護に庇護されし世界に加担する理。その一つ。
魂には妖精を四分の三、人間を四分の一。その根本に、妖精としての根幹にして、そのものが抱くべき妖性としての本質を刻み込む。
妖精の王の理想を受け継ぐ存在。彼の手となり足となり、その野望にして未来を開く鍵の一つ。
種としても存在としても新たな妖性。
オーベロンでも、タイターニアでも、パックでもなく。今存在する妖性とは全く異なる、新たな妖性。
名付けるならば、そう…………妖精の運命を導く存在にして概念。運命……君たちの為に分かりやすく言い換えれば『Fate』。それを少しだけ弄って────フェアリー。
ん? 君たちが誰かだって? 残念ながらピスカだって妖精の原点とも言われる柱の一つだ。君達の事を知っているのは当たり前だろう? なぜなら……と続けたいがそれは出来ない。だって君たちは、ピスカたち妖精を信じてなどくれないから。
君たちはその歴史の中で妖精を幻想にしただろう? ならばその報いだ。信じないのならば、真実を知る権利もない。
話がずれた。戻すとしよう。
新たな命。妖性としては、フェアリー。それはある意味では、妖精全体を指す言葉だと。
ならば都合がいい。その者が歩むべき道のりを考えれば、これほど相応しい肩書きなど他にあるものか。
そこに自分はいないかもしれないと考えながら、けれどきっと何らかの形として存在はしているのだろうと確信しつつ願う。
その者に、妖精の加護を。人の血を僅かに纏いし────クォーターとして茨にして大道を歩みし者に、祝福と賛辞を。
彼と歩むその険しく辛い道行きに最大限の恩恵を。
心の内で正しく願えば、次の瞬間、ゆっくりと回転していた虹色の方陣から眩いばかりの光が溢れ出て辺りを白一色に染め上げる。
それがこの妖性の色。その姿は、純真にして純潔なる、白銀の衣の少女の妖精。
思わず顔を庇って。それから収まった視界の明滅でようやく方陣の上に横たわり眠るその姿を見つめて、安堵の息を吐く。
とりあえず成功。後は彼が願った通りの妖性としての本質が、正しく刻まれているかどうかだが……。
「……ふむ、まぁいいだろう。さぁ次だ。巡り会わせを彼に捧げよう」
「確認しなくて大丈夫?」
「問題があれば彼はここにはこないだろう? そういう事だ。ほら、君の力を貸しておくれ」
「少しくらい休ませてよっ」
悪態を吐きつつ、妖精力を一つ練って姿を変える。それはピスカが持つ数多あるうちの一つの化身────鷲。
鷲は遠眼と使者の象徴。命の届かぬその先さえ見通し宣する、謹告の鳥。
その告達が響く辺際は、続く空の限りまで。
だからこそ、この目はオーベロンの見渡す限りと等しく広がり、そして捉える。
彼女が産み落とされたこの地から最初に向かうべきかの場所へ。
刻む時と隔たれた位相空間への旅路。その道標にして速達者は、かの者を抱き運び給う。
その運命が、全ての終わりに妖精の夢を実に結ぶと信じて。
終わりの名を持つフェアリーは禍福に抱かれ未来へと運ばれてゆく。




