第四章
マルクスと一通り話をつけた翌日。クラウスは一つ噂を流した。
マルクスにはこれ以上の弁明は必要ないと言ったが、それはマルクスが何かをする必要が無いだけで、クラウスが行動を起こすことの否定にはならない。
彼との話で見つけた終着点。彼に成り代わって情報を上書きする。マルクスの存在が肯定されていない無意識下だから取れる手法だ。
まずどの程度の大きさまで広がっているのかをアルから聞き、噂の尾鰭を認識した上で正当化する。その役割をイーリスに頼んだ。
クラウスの成して来た功績の僅かを並べて生徒の味方と噂を流し、その裏でエルゼに頼んで修学旅行の件がいい方に転ぶように取り計らってもらう。
彼女とは論文の見解で手を取り合ったようなものだ。クラウスの被る不利益を見て見ぬ振りは出来ない。
必要なことだと割り切れば罪悪感も湧かなかった。時折フィーナから満面の笑みで肯定されて、少しだけいつもの自分を取り戻す。彼女も彼女で随分と黒く染まったものだ。その白銀の頭髪もクラウス視点では灰色にしか見えない。
そんな風に覆しようの無い真実を並べ立てれば、元より無意識の塊だった雰囲気は薄れて消えていった。
僅かにクラウスに対する怪訝の視線は残ったものの、それは今までと変わらない。種への偏見はその生まれを否定しない限り無くなるものでは無いだろう。覆せないものは仕方ない。緩和して甘んじるだけだ。
そしてクラウスの人となりを補強するように教員側からも発表がなされる。
修学旅行の件については見送り。今回参加できない生徒のうち、次の機会がない生徒には来年の修学旅行時に同行を可能にすると言った確約が取られたそうだ。
時間が解決する問題と言うのも確かに存在するのだと、無常な時の流れに仕方の無い嫌悪感を抱きながら、ようやくクラウスは自分の居場所を取り戻す。
そんな事をして学院での時間を過ごしていれば時は週末。ユーリアから連絡があった城での問題へ当たる日になった。
町の様子は一転してお祭り状態。ハロウィンとしての目に見える形の祭典は夜になってからの仮装が主だが、この日は殆どの仕事が休みになる。大地に捧げる祭りだ、参加しないというのはこの世界に生きる者として不相応だろう。
浮かれた雰囲気はブランデンブルクの目抜き通りも色を添えて景色を変える。昼間から酒を飲む大人や、男女二人で腕を組んで街を歩き回るフィーレスト学院の生徒の顔。男友達、女友達で集まった有意義で楽しげな集団。本来ならばクラウス達もあちら側だったと少し羨めば、肩上のフィーナが面白くなさそうに唇を尖らせていた。
「もし早く終われば夜の祭りには参加できるかもね」
「だったら早く行きましょうっ」
可能性を言葉にすればフィーナのやる気が充填される。クラウスとしても彼女にも、そしてユーリアたちにも時間があるならば息抜きをして欲しいのだ。
この問題。今でもまだクラウスは根幹に妖精変調が絡んでいると踏んでいるのだ。そうであるならばアルの片棒を担ぐクラウスとしては責任を感じないわけにはいかない。
ならばその償いとして、一刻も早く彼女達には日常に戻ってもらわなければ。
そんな事を考えながら歩んだ道程はブランデンブルク城に辿り着く。
まだ日は天頂には昇らない。時間は充分にあるのだ。せめて手がかりだけは今日中に掴んでみせる。
意気込んで挨拶を交わし城門をくぐる。今回は一緒に来たユーリアの隣で、リーザが少しだけ顔を顰める。
「…………言われてようやく気付いたわ」
「……どうかした、リーザ?」
リーザの呟きにユーリアが問い返す。
彼女は少し悩んだ後苦渋の表情で言葉を零す。
「これ、やっぱり魂の仕業よ。それも妖精の……。何で今まで気づかなかったかってほど歪な量がいるわね」
既に何かを感じ取ったか、悪態を吐き捨てるように告げるリーザ。彼女の言葉にクラウスは思い返す。
そう言えば前にブランデンブルク城に来たときも彼女は周りを気にしていた。あれはそういうことだったのだろう。
無意識に刺激された干渉範囲が違和感を突きつけて、それが何かを分からないまま胸の内に蟠りだけが積もっていく。
「急ぎましょう。このままだと町の方に被害が出るのは時間の問題かも」
空を見上げて言うリーザ。
妖精の魂で、中空。少し考えて彼女の見据えたものが城を覆う結界だということに気づく。そうして、繋がる。
どうしてこの騒動が城の内側で収まったっていたのか。彼女が何を懸念したのか。
ブランデンブルク城を覆う結界は主に妖精術や妖精力を感知するようにできている。妖精の魂とはつまり妖精の中心で、恐らく妖精力の塊のようなものなのだろう。だから結界に阻まれて外に漏れ出る事はなかった。その上、その魂は妖精の本質であり、いわゆる霊であるから妖精力と異なる形を取るために結界に感知されない。魂が内包する妖精力の総量が少ないから結界に引っかからないのだろうか。
加えて霊は憑依する。取り憑けば記憶の中を覗くこともできるだろうし、幻覚を見せることも可能だろう。ただ錯乱させるだけならば造作も無いはずだ。
それにカイはこの幻覚を見る現象が波長が乱された可能性があるとも語った。それは幻術と言う論ではあったが、今回の話でも筋は通る。
妖精の魂は僅かながらに妖精力を持つはずだ。妖精は転生すると言われ、学者たちはその論の理由の最たるものが、妖精が持つ波長だとも研究論文を発表している。
波長を持つという事は妖精力があるということ。つまりクラウスが知っているように妖精の魂は妖精力を持っていて、それが影響を及ぼして回路を流れる妖精力を乱したというのなら辻褄は合うのだ。
けれど対処法が分からない。
過去には霊に取り憑かれたような振る舞いをする者や、受容できない生まれや育ちの者を悪魔憑きと呼んで非難し、それらを祓うために祭りのような儀式が誕生したという話もある。
けれど現在の祭りとはその殆どが豊穣や安全を願うもので、除霊などを行うものではない。それに霊は妖精とは繋がりが少ない。だからこの世界では妖精に対する感謝や非難はあっても、霊に対する事例は少ないのだ。
一応ハロウィンやサウィンのようなものもあるが、あれは妖精の魂ではなく悪霊と言った単純な霊を対象とした意味合いだ。ならば妖精の霊に対する方法としては効果が望めるとは言い難い。
それにもし霊が問題なのだとすれば、首謀者や原因が探しにくくなる。
その霊たちを先導、誘導する者がいるとすれば問題は無い。けれど霊であるが故に干渉できないとなれば、恐らく人間が裏にいるという可能性は否定されるはずだ。
だとすれば首謀者ではなく原因を究明するのが正しいやり方か。
魂……。現状そこに一番影響力を齎すのはやはり妖精変調だろうか。
妖精の本質……妖性を詳らかにする世界的変調。それは妖精の魂に干渉する事象だ。
ならばトロールのときのように、今度は無差別に妖精の魂が影響を受けているということだろうか。
景色の欠片が分かっても未だ結論が見えてこない問題に頭を抱えつつ、クラウス達はカイの元へと辿り着く。
「よく来てくれた。早速始めよう」
何かを急くように話題を挙げるカイ。城の方でもまた何か問題が起きたのだろうか。
邪推を重ねつつ彼の言葉に続く。
「とりあえず今の城の様子を見て欲しいんだが……」
「少しだけなら既にリーザが。原因は幽霊……もっと言うと妖精の魂だそうです」
「……やはりそうか」
直ぐに返ったユーリアからの言葉にカイが噛みしめるように言葉を詰まらせる。
流石にここ数日原因を模索していれば至る結論か。
沈黙も一瞬。次の瞬間には公務に従事するいつもの厳しい顔に戻っていた。
「となると解決策としてはその魂たちをどうにかすればいいということだな」
「……少し胡散臭くなりますが、簡単に言うと除霊ですかね」
魂の救済。人間も死ぬと天国や地獄に行くと言われるがその真偽は分からない。
人間でさえそうなのだから人間とは異なる種族である妖精の事となると方法が闇に紛れる。それは人間の側の論だ。
クラウスは直ぐに人間の思考を捨てる。こういう時クォーターの血は足掛かりになって助かる。
「人間の縮尺でものを語っても仕方ありませんね。ここはその道に秀でた者に訊くのが正しいのでは無いでしょうか?」
言ってフィーナやアル……妖精に目を向ける。
彼女達ならば、何か知っているかもしれない。少なくとも、人間側の凝り固まった思考よりはまともな意見が聞けるはずだ。
集まった視線にフィーナが肩を震わせる。論の矛先が向くと思っていなかったのか目に見えて焦った彼女は、けれど隣で一つ息を零したアルの仕草で混乱に陥る事はなかった。
そう言えば彼女はトロールの一件で、どこからか妖精変調について調べてきたのだ。いや、もっと言えばあの時先回りして調べるには予め知っていなくてはならない。つまりアルは妖精変調についての可能性を確定する前から考慮していた。
彼女はクラウスだけでなく、フィーナに代表される普通の妖精が知らない事を知っている……?
クラウスが思考を伸ばせば、アルは真剣な声音で答える。
「…………妖精は転生する。人間はこの話を知っているわよね?」
「……そうだね。幾つかの論文が発表されているし、そう前提を置いて考えることで見えてくる可能性も示唆されてるほどに、重きが置かれてる研究分野だと思う」
妖精の魂魄理論。
未だ詳しい事は分からないまでも日夜積み重なる研究で少しずつその領域に踏み入っている問題だ。
では何故妖精に関する研究が、妖精が世界の伴侶といわれるこの大地で遅々として進まないのか。
それは人間が調べている問題を、妖精自身が認識していないからだ。
妖精の魂魄理論もその一つで、妖精は転生をするという話自体は存在している。けれどその過程、方法論が確立していないのだ。
「妖精の魂の転生は、睡眠に近いものよ。寝て、気付いたら一瞬で朝になっているでしょう? それと同じで、妖精がその存在を保てなくなり消滅すると、次に気付いた時は新しい生を受けてるの」
「それを語れるって事は、転生したって事は覚えてるわけだね?」
「えぇ。その認識自体は、妖精の魂……妖性が本能的に無意識に知覚するの。どんな生を送ってたかって言う具体的な事は忘れてるんだけどね」
アルの言葉をクラウスが知っている知識が補って情報として解釈される。
妖精は生まれて直ぐに、自分の本質……妖性を認識するという。自分が本来どんな妖精であるのか。それはきっとフィーナやアルにも備わっているはずの根源的な概念。
その種としての存在を認識するのと同時、人間の感覚で言う前世を朧気に思い出すのだろう。
「で、ここからは妖精それぞれによって変わるところなんだけど、消滅した後の事を覚えてるって言うことが時々あるの」
「……魂だけの存在の形ってことか?」
「そうね。今の話に合わせるとしたら幽霊って事になるかしら」
テオの疑問に答えて彼女の話が現状へと繋がる。
「本来ならその妖精の魂だけの存在は何の影響力も持たないはずよ。魂だけ、内包する妖精力も僅か、回路も持たない。明確な意識がないから妖精術が使えないの」
「そうですね。魂だけでは、何も出来なかった……」
そう続けたのはリーザ。彼女は魂に干渉範囲を持つ妖精、スプライトだ。その本質が魂に近しいのであれば、アルが語ったようにそのときの記憶を持っていても不思議ではない。
「だから妖精の魂が全ての元だというのは少し不可解なんです。幾ら妖精変調と言えど、それは本質を詳らかにするだけですから。本来ある力を際限なく使えるようにするだけであって、備わっていない能力を後天的に付与するものではないはずです」
それは魂に近しいものとしての見解だろうか。
トロールの一件以降、妖精変調の下で無意識にでも幾つもの魂に触れてきたはずのリーザ。ならばその意見を聞き逃す事は出来ない。
「……つまり妖精の魂は原因の一つであっても、その後ろにまだ何かあると言いたいわけね?」
「はい。魂だけでは、影響は出せないはずですから……」
アルとリーザの会話。増えた情報を脳内の盤上に並べて思考を巡らせる。
ならば一体誰だ。妖精の魂を操れる存在。リーザのような魂の流れに干渉範囲を持つ妖精だろうか?
もしそうだとするならば動機が無い。妖精は人間に悪戯をする事はあっても実害を加えるほど大きな事は基本しないはずなのだ。
だから春の悪戯騒ぎのときも、クラウスはアンネの存在に辿り着けたわけで……。となれば潜んでいるのは妖精の力を利用している人間……?
伸ばした思考は根幹の存在を霞の奥に隠して認識を甘くさせる。
「そちらの捜索はわたし達が引き受けよう。原因の排除はできなくとも、この現状を改善する方法は無いだろうか?」
横たわりそうになった沈黙にカイが声を響かせる。
流石に許可も無くその一線に踏み込むほどクラウスも愚かではない。今回の召喚の理由だってしっかりと理解している。
「妖精の魂の管理ってことよね……。ならやっぱり魂の管理者連れて来る方が楽なんじゃない?」
「……魂の管理者?」
「ジャック・オー・ランタンです」
聞きなれない単語を繰り返すとフィーナが答えてくれる。
ジャック・オー・ランタン。なるほど、かの存在ならば魂の管理者にして指導者でもあるか。
「どうやって探す? それも一つの問題ではないか?」
次いでヴォルフの疑問が落ちる。確かにその通りだ。
例えば、妖精変調の影響で物語に出て来る提灯持ちの姿で現れたとすれば発見は容易い。意思疎通も契約妖精を介せばどうにかなるだろう。
けれど現状妖精変調の影響は不確定だ。確実にジャック・オー・ランタンがその影響を受けているとは言えないし、見つからなければどうにもならない。
それに魂の管理者だ。魂に干渉範囲を持つことが容易に想像できるなら、そう簡単に本質が表面化するということは無いはずだ。
「……ねぇクラウス」
「何?」
「少し前に話してくれたわよね、ハロウィンとサウィンは境界線がって……」
「現世とあの世の話?」
クラウスが答えるとアルは頷く。
確かにハロウィンやサウィンの話題で一時期盛り上がったときに、楽しい話が好きなフィーナとアルには深いところまで掘り下げてその歴史について語った。
その中に、この時期は魂の世界とこの大地の境界線が曖昧になると言う話があった。
「境目が薄くなるとこっちに霊がやってきて、悪いものから厄をよけるように祭りを行う。それがハロウィンとサウィンよね」
「そうだね」
「なら魂が集まるなら、それに惹かれて野良のジャック・オー・ランタンは町にやって来るんじゃないかしら?」
なるほど、干渉範囲を逆手に取るのか。それならば捜索範囲は絞れるだろう。
「その論で行くなら、ここは彼らにとっていい仕事場だね」
アルの論をクラウスがいつもの調子で都合のいい方法論に補っていく。
利用出来るものは利用する。それはクラウスの根幹にある行動指針の一つだ。
「で、どうやって見分けるんだ?」
「問題はそこなんだけどね……」
テオの言葉に唸る。
目指すべき地点が確立したのならそこまでの道筋を埋めるのはクラウスの役目だ。
どうすればジャック・オー・ランタンだけをおびき出せるだろうか。妖精の干渉範囲を拡張応用してそこから裏を返して可能性を模索する。
と、そんな風にクラウスが悩んでいると部屋に扉を叩く音が響いた。
音に振り向いて、それから直ぐにカイに視線を向ける。彼も同時にこちらを見てきて視線がぶつかる。
瞳に灯されたのは疑問。と言う事は彼も把握してなかった来客と言うことだろうか?
クラウスが考えるのと同時、カイが促す。
「……どうぞ」
「失礼する」
響いた低い男性の声に聞き覚えがある事に気付くのと同じくして、その顔を視界が捕らえる。
頭の後ろに流した憲房色の頭髪。こちらを見据える小豆色の瞳。何故彼がここにと疑問が募る前に、ユーリアが驚いて立ち上がる。
「お父さんっ?」
ハインツ・クー・シー。国軍総隊長にして階級は陸軍大将。ユーリアの父親でありカイやテオと同じ炎の属性を司るこの国の武の頂点だ。
恐らく聞いていなかったのだろうユーリアは直ぐに咳払いをして誤魔化す。
「お帰りになってたんですね。……それで、どうかなさいましたか、クー・シー大将」
「あぁ、いや。帰ったら何だか大変な事になってるみたいだったのでな。何事かと尋ねればここに来いと言われたから来たのだが……」
カイの疑問に頭を掻いて困ったように答えるハインツ。そんな彼の向こう側、開きっぱなしの扉の奥に。角度の所為か、ちらりと見えた腕章にこれまた見覚えがあって笑いたくなってしまう。刻まれていたのは髪留めと銃弾。その人物が踵を返した仕草に砂糖菓子のように波打つライトブラウンの後ろ髪が目に入って、彼を案内してきた人物が誰なのかを悟る。
全く、面白い面子が揃ったものだ。いっその事彼女もこっちに顔を出せばいいのに。
「話に参加しても?」
「えぇ、構いません。どうぞ掛けてください」
そうしてハインツも加わって話し合いが再開される。
その際に、ユーリアがこちらを伺ってきたが流石にそれは否定させてもらった。彼が今まで国外に出ていたのは少し前にユーリアの語ったことだろう。彼が動くという事は公的な仕事。幾らクラウスと言えどそんな情報まで手を伸ばそうとは思わない。と言うか今の今までハインツが国外に行っている事を忘れていたほどだ。全てをクラウスの仕業にしないで欲しい。
そんな一幕の間に、カイがハインツに事のあらましを伝え終える。それを聞いたハインツは顎に手を当てて考え込むと彼なりの視点から可能性を零す。
「話は分かったが……例えばジャック・オー・ランタン自体が問題の根源と言う可能性はないのだろうか?」
「……なるほど」
ヴォルフの相槌にクラウスも思考を奔らせる。
確かにその可能性は考慮してなかった。
ジャック・オー・ランタンも魂に深い関わりを持つ妖精だ。ならば今回の話に最初から関わっていたとしても不思議ではない。
もしそうであるならば、話は現状をどうにかするという問題ではなく騒動の解決に繋がる可能性もある。
「…………確認したいことが一つあるのだが。今からそれを見に行っては駄目だろうか?」
「解決の糸口になるのなら是非に」
少しでも何かの足しになればと答えればカイも頷く。それならばこうして腰を落ち着けている時間は惜しい。直ぐに立ち上がると全員で部屋を出る。
そうして向かった先は城内に立てられた木製の小屋。
クラウスもそこまで詳しくは無いが、ここには何か重要なものがあるということだけは聞いたことがある。
扉を開けて中を見るとそこには地下へ続く長い階段。綺麗に整備されている道は真っ直ぐに伸び、上がってきた風がひやりと肌を撫でた。
フィーナがクラウスの髪を掴む。そうでなくても霊や魂と言う話で先程まで口数が少なく、耳元で時々小さい悲鳴を上げていた彼女だったが、ここまで来ればもう声も出ないらしい。彼女のこういった事に対する警戒心は既に振り切れているようだ。
クラウスも娯楽程度には得意だが、いざこうして対面すると僅かに足が竦む。
そんなクラウスとはまた違った面持ちで息を呑むのはユーリアだった。彼女はここに何があるのか知っているのか、幾度か深呼吸を繰り返してようやく足を出した。
前を下りるハインツの背中をじっと見つめる彼女は、どこか忌避感を纏うようにして肩を強張らせ、口を結ぶ。彼女のその視線でクラウスもあたりをつける。
どうやらここにはユーリアやハインツに馴染みの深いものがあるらしい。それから先程のハインツの言葉。それらが組み合わさってできる景色とは、つまり…………。
「わたしだ、開けるぞ」
鉄製の扉を叩いて鈍い音を響かせると蝶番の軋む唸りを耳に聞きながら視界がその景色を捉える。
そこは牢獄だった。
詰めて並べられた金属の格子に唯一の出入り口はしっかりと施錠。冷たい鼠色の景色の中で、辺りに溶けるようにしてこちらを見つめる蘇芳色の瞳。撫で付けられた灰汁色の頭髪はその妖精の輪郭を曖昧にさせる。
目に付くのは古びた中折れ帽と洒落た口髭。妖精には珍しく随分と年を取っているのか、顔に幾つかの皺を窺うことができた。柔らかく下がった目尻が笑顔で更に細くなる。
「おかえり、ハインツ。おや、そちらの方々はお客さんかな?」
クラウス達に気付くのと同時、少し驚いたように肩を揺らしたその妖精はまた直ぐに柔和な笑顔を浮かべる。
「あぁ。同僚と娘。それからその友人だ」
「なるほど道理で……。よく似た心を持つお嬢さんだ」
そう言ってユーリアに向けて笑う老いた妖精。どうやら直ぐにユーリアがハインツの娘だと気付いたらしい。その瞳には一体何が見えているのだろうか。
考えていると、錠を外したハインツが振り返って告げる。
「紹介する。わたしの契約妖精、ジャッキーだ」
「皆様お初にお目にかかります。老いた身ではありますが、どうか仲良くしてやってはくれないだろうか」
「もちろんです。会えて光栄です、ジャッキー殿」
直ぐに言葉が音になる。その傍らで、景色に色が付いて認識を広げる。
ジャッキー。ハインツの契約妖精にして、現在のこの国における最大戦力。前の戦である、第二次妖精大戦を戦い抜いた古強者だ。
姿を目にしたのはこれで初めてだが、ある意味で妖精らしいと納得する。
人の世界に染まった妖精は人と同じように振舞うことがある。それが楽しいから、本能に従って行動するのだ。
その一つに、着飾るという物がある。
妖精にとって服や装飾品は娯楽だ。なくても存在ができる。だからこそ興味が湧いて、手を伸ばすのだ。
彼の見た目もその一つ。
気取って帽子や杖を持つのは、彼なりのお洒落であり、魂に従った楽しみ方なのだ。
ヘルフリートだって普段は何も変わらないただの妖精。武に秀でたとしても、根本の部分までは変えようがないのだ。
「おや、君は────ふむ、そうか」
クラウスの声に少しだけ首を傾げたジャッキーは、それから一人で何か納得を生み出すと言葉を飲み込んだ。
今のやり取りで分かると言えばクラウスの身の上くらいだろうか。
妖精と話す際にはその言葉が妖精に聞こえるように自然に翻訳される。これは妖精従きとしての契約の恩恵でもあるが、原理は春先にクラウスが利用した言語の変換術と同じだ。回路があるから術を介さなくても意味が通じる便利な恩恵だが、クラウスにとっては少しばかり意味合いが異なって来る。
この技や恩恵は、簡単に言えば言葉に妖精力を乗せることと同義だ。その言葉が相手に届けば聞いた妖精はその声を発した者の波長を感じ取る事になる。
クラウスが波長をぶつけるという事は、それは四分の一として歪んだものをぶつけるということ。この歪みは、妖精力を扱う事に長けた妖精にとっては許容のしがたいものの事が多い。特にその生が短い妖精にとっては嫌悪の対象へと成り下がる。
今ではフィーナとの契約のお陰か、その波長も落ち着いているようで余り周りの妖精に嫌がられる事も少なくなったが、それでも野良の妖精と相対する時はやはり距離を置かれたりする。
けれどそれは同時に、春の契約のときに気の会う相棒を見つける役割も担う重要なものだ。ハーフィーがハーフィーを相方に選ぶのも、この辺りのことで妖精側が判断している。
そんな妖精との意思疎通の一つである妖精力。きっとそこからジャッキーはクラウスの身に流れる血を感じ取ったのだろう。
次いで視線をフィーナとアルに。クォーターの傍にクォーターと言うのは偶然にしてある種の奇跡だ。
クォーターの契約は大抵、悪影響が少ないハーフィーが傍につくことが多い。だからクォーターとクォーターと言う組み合わせは珍しい。春先の出会いは彼女にとっても運命染みていて、当然のようにフィーナは偶然の出会いに涙を流したのだろう。
加えてフィーナの反対にはアルもいる。ここまで来ると奇跡を通り越して皆無に等しい光景だろう。アルとは昔からの付き合いだが、それも偶然と割り切るほか無いのかもしれない。
言葉を交わすだけで相手に与える影響。その意味を今一度認識しなおすのと同時、ジャッキーの視線はヘルフリートへと移っていた。
「新たな片翼を見つけたのですね」
「うむ。無論、彼の事を忘失したわけでは無いがな。代わり映えの無い景色にも飽き飽きしていたところだったのだ」
昔を懐かしむような会話。新旧のブランデンブルクの最高戦力が言葉を交わす光景を目に収めていると、ハインツが当初の話題を切り出す。
「ジャッキー。少し話を聞きたいのだが構わないか?」
「あぁ、もちろん。わたしも久しぶりにハインツと会えた気がするよ。流石に直ぐお別れと言うのは寂しいものだ」
ハインツの肩に腰を下ろしながら告げるジャッキー。そういえばどうして契約妖精である彼はハインツの傍にいないのだろうか。
その疑問が脳裏を過ぎれば直ぐに答えは返る。
ヘルフリートの時もそうだった。国の最高戦力であるから丁重に扱いたくて、管理しやすく目の届く場所においておく。どうやらその辺りの政策はヒルデベルトの性格らしい。
先の大戦で専守防衛を崩さなかった部分も含めてブランデンブルクのお家芸なのだろうか。
「とりあえず外へ出よう。ここは息苦しくて適わないからな」
「これでも静かで気にいってはいるのだけれども」
そうして言葉を交わす二人は往年の友人のように隔たりの時間を感じさせないほど、固い絆で結ばれているようだった。
外へ出るとジャッキーは眩しそうに青空を仰いだ後、大きく伸びをする。どうやら本当に外に出るのが久しいらしい。
「で、外にまで連れ出して……ふむ。なるほど。そう言う事か」
「ユーリア────」
ひとしきり体を伸ばし終えたジャッキーが辺りを見回して零す。
それとほぼ同時、リーザがユーリアに耳打ちをしていた。
その景色でクラウスはあたりをつける。
恐らくジャッキーは魂や幽霊に干渉範囲を持つ妖精なのだろう。だからジャッキーと、そしてリーザが二人して反応を示したということだ。
だからハインツは彼を地下から連れ出した。
「つまりわたしはこの景色をどうにかすればいいと言う事だな?」
「話が早くて助かる。それで、できるだろうか?」
「可能かと聞かれれば可能だ。けれど一時的な対処に他ならないぞ」
ただ真実だけを口にするジャッキー。魂に連なる妖精だ。恐らく可能なのだろう。だからその先をクラウスは求める。
「一時的、と言う事はやはり原因がどこかにあるということですね」
「……あぁ。だが突き止めたところで直接その原因を取り除ける話では無いだろう」
原因があるのに、その原因を解消できない? つまりはその原因もまた人間や妖精が干渉できる範囲のものでは無いということだろうか。
雲を掴むような話に頭が痛くなりながらカイに視線を送ると、彼は一つ頷いて告げる。
「とりあえず現状の打開のためにもその一時的な対処を取るとしよう。それで、具体的にはどうすれば?」
「……そこのお嬢さんと、契約妖精殿にお手伝いを頂きたい」
そうしてジャッキーが声を向けた先はユーリアとリーザだった。
ユーリアは視線を強くして姿勢を正し。リーザはそうなる事を知っていたかのようにいつもの調子で振舞う。
「分かりました」
「……一つ頼み事をしても言いかしら?」
「頼み事?」
「えぇ、原因を直接どうにかできるわけではないとわたしも思うの。だけど原因を調べておけば今後同じようなことが起きたときの対処は楽になるわよね」
「つまりここはリーザ達に任せて、僕達は僕達のできる事をして欲しいってことだね」
「お願いできる?」
リーザの言葉に答えれば、彼女は両手を合わせて可愛らしく首を傾げる。仕草に頭の横で一つに括られた亜麻色の長髪が揺れ、こちらを見つめる黄色い瞳がクラウスを射抜く。
そのいつも通りの振る舞いが少しだけ違和感を発して、クラウスの感覚を刺激する。まるで計算されたような立ち回り。まだ何か、クラウスが知らない事象が存在すると悟るのと同時、気付けば口は都合のいい言葉を紡いでいた。
「……分かった。それじゃあまた後で」
「うん、ごめんね?」
彼女の言葉に笑顔で答えてクラウス達はその場を離れる。とりあえず向かう先は資料室でいいだろう。あそこなら何か手がかりがあるかもしれない。
カイと方針を共有すると、歩き出しながら空を見上げて陽の場所を確認する。そろそろ昼時か。
「そう言えば昼食ってどうなってますか? 僕達何も用意してないんですけど」
「それはこちらで手配している。直ぐに食べるか?」
「いえ、ユーリア達に悪いですから、彼女達の方が終わってからにします」
彼女達のやるべき事はそこまで時間は掛からないような気がする。そんな直感を抱きつつ答えて、思考は別のところを追いかけていた。
先程の一幕。リーザにはきっとクラウス達を遠ざける理由があったはずだ。そうで無ければクラウス達が同行すればいいだけの話。あんな唐突な理由付けで介入を拒む道理が無い。
ならばその理由は何だ。彼女達妖精は一体何を知っている?
契約。恩恵。属性。妖精力。妖精術。妖精語。妖精の魂。転生。妖性。妖精変調。干渉範囲。妖精の国────
一体どこにその理由が存在する……?
幾つもの可能性が生まれては消えていく。辻褄の合う道理を探しては、その真偽を問う。
そうして裏を返す。
話はそう言った世界に関係することでは無いということだろうか。例えばクラウス個人に対する忌避?
視点が倍に……人間や英雄的妖精、エルフなどの種も踏まえてそれ以上に広がっていく。
一体妖精とは何だ? クラウスの知らないところで何が起ころうとしている?
行き着いた疑問はこの世界に足りない欠片のように現実味を欠いて存在を曖昧にさせる。
妖精の魂魄理論。まだクラウスには、知らなければならないことがある。
きっとそれがアルのと約束にも繋がるはずだ。
ならばこれもまた必要な事。一度思考を切り替えて、今できる事をするとしよう。
「カイ少佐。妖精の魂魄理論についての論文、目を通すことってできますか?」
「……掛け合ってみよう。少しだけ時間を貰うがいいか?」
「分かりました」
答えて踏み出す。この世界における妖精とは一体何なのか。
その禁忌とも呼べる常識に、皹を穿って世界を暴く。
全てはこの世界に足りない景色の為に。
* * *
「これでいいのよね?」
「……助かる。あれ以上彼にここにいられるといらぬことまで真実になってしまいそうであるからな」
リーザの言葉にジャッキーが重く呟いてクラウス達の去って言った方を見つめる。
彼は先程の邂逅の間に、誰がどんな魂を持っているのか……そこまでを見通したらしい。
妖精の干渉範囲とは人間たちが言う便利な感覚器官であると同時に、妖精にとってはその者の本質を見極める瞳だ。
特に魂と言う、生きとし生けるもの全てに存在する概念は、その者の心の内側を構成するものだ。
魂に干渉範囲を持つリーザやジャッキーと言う存在は、そう言った他人の心の奥を読むことが出来る。
そう言った他人の心の奥底を読み取る規格外染みた異能。それは人間に言わせれば第六感……いわゆる勘に当たるもので、特に魂に干渉範囲を持つ契約妖精を相棒に持つ妖精従きなどは、繋がれた回路で僅かにその恩恵を受け、勘が鋭くなる。
リーザの契約相手であるユーリアは、元よりそう言った概念を否定していなかった所為か、特に顕著にその効果が表れている。
「それにあの娘は……」
リーザがそんな事を考えていると眉根を寄せて呟くジャッキー。あの娘、とは一体誰のことだろうか。
あの眼鏡の少年のせいで委員会の面子は良くも悪くも多種多様だ。アルとフィーナはクォーターだし、ニーナはエルフ。クリスはヴォルフとの関係が不均衡である種の興味を引く。
全く、純粋に妖精従きと契約妖精をやってるわたしとしては肩身が狭くていい迷惑だ。
「それで、私達は何をすればいいの?」
そんな、委員会の中でも一番まともであろうユーリアの言葉。声の端に居心地の悪さを聞くのは少し前のお見合い問題に端を発しているのだろうか。
あの問題は一応の解決を見た話ではあるが、真実を知ったユーリアは余り面白くなかったらしい。客観的に見れば彼女は試された側で、もっと言えば期待を背負われたとも取れる。
クー・シーである事に。ハインツの娘であることに。誇りがないと言えば嘘にはなるのだろうが、それが重石になっていないかと心配なのは、何も契約妖精だからと言う理由だけではないような気がしたリーザだった。
「……とりあえず被害を受けた騎士達のところへ行けばいいだろう。案内を頼めるか?」
「…………ついて来て」
ぶっきらぼうなのは親譲りか。
小さく笑ってユーリアの頭に腰を下ろすと辺りを見回しながら景色の変化を再確認する。
やっぱり減ってる。さっきはこんなに澄んだ景色じゃなかった。
考えられるのはやはりジャッキーだろうか。けれど彼が何かをした様子はリーザにも分からなかった。けれどこうまで魂の存在が安定して、日常と大差がないというのは先程の光景と比べてやはり異質だ。
リーザが認識できないほどの高度な干渉? 種としての妖性の差異はあるだろうが、リーザだって魂に干渉範囲を持つ妖精だ。もしそこで何かあったのなら気付くはず。
だとするとそれ以外の可能性……。例えば今回のこの騒動の中核にジャッキーがいて、彼の内側での変化に外の魂が反応した…………?
気付けば視線は彼の姿を追っていて、振り向いた視線が合うのと同時、彼が小さく呟く。
「覗くのはよした方がいい。例え君でも……いや、君だからこそ悪影響は免れないだろうよ」
その蘇芳色の瞳の奥。凄味と混沌が渦巻く気味悪さに慌てて視線を逸らす。
やっぱり何かあるっ。あの妖精は何かを隠してる。
本能的にそう悟ってざわめく胸の内を落ちつける。
「リーザ……?」
「……何でもない」
この疼きは、きっと妖性に関係する、干渉範囲が齎した感慨。だとするならば、今しがた彼から感じた混濁した妖精力は、やはり妖精の魂に関連するものなのだろう。
感覚は胸の内に蟠る忌避感を追い、思考は別のところで回る。
先程ジャッキーは言った。リーザだからこそ、悪影響は免れないと。それはつまりリーザの妖性がスプライトで、魂に干渉範囲を持つからなのだろう。
だとすれば受ける悪影響とは魂に関係すること……例えば、今ユーリアが向かっている騎士達が見せた症状のような…………。
脳裏を過ぎる勘に思わず頭を振る。
だとしたら、なぜと言う理由が分からない。
意図して騒動を起こすほど彼は愚かではないはずだ。それは今までの言動からでも容易に想像がつく。
ならば意図しない理由。どうしてと言う理由を求めて思考を伸ばす。
けれど元来頭の良い方ではないリーザはどうにもその先が想像できなかった。もしここにクラウスがいたのなら、その理由を見つけてくれたのかもしれないと。であるから、彼はクラウスを遠ざけたのかと。ならばもう一つ裏を返せば、ジャッキーの妖性は。そしてそもそもの原因は────
「ここよ」
そうしてリーザが答えに近しい想像を積み重ねた直後、耳をユーリアの声が捉えて現実に引き戻される。
同時に。扉一枚隔てた向こうから、先程ジャッキーから感じたものに似た存在の塊を捉える。
やっぱり、わたしの想像は間違っていない……。だったら、その根幹にある問題とは何だ?
伸ばした思考が進む景色に上書きされていく。
もう少しで、何かが掴めそうなのに。一体何を見落としているというのだろうか……。
「では一仕事するとしよう」
まるでそれがこの世の道理であるように呼吸を挟む間すら置いてジャッキーが部屋に入っていく。一体どれ程の景色を過去にすれば、そんなに達観できるのだろうかと羨望を滲ませながらその背中について行く。
そうして、彼がそうであるという事実を、リーザは目の当たりにする。
* * *
妖精の魂魄理論。それは妖精が何処より来たりて何処へ向かうのかと言う問題だ。
古い時代では妖精の国と言う存在が信じられていた頃、全ての妖精は妖精の国より下り妖精の国と帰るとされていた。
けれど今ではその存在は不確定で、妖精の国を立証できないのだからその論は根拠に欠けるとして否定されている。
ならばどんな形ならば納得できるのかと議論を重ねた末に辿り着いた案が、妖精の魂魄理論だ。
妖精とは言わば妖精力が人型を取ったもの。妖精変調のお陰で、その論も段々と危うくなってきているのだがそれは置いておくとして。
その中心は妖精力で構成されており、そこに存在する妖精力がなくなることで、体の形を保てなくなり幽霊のような状態で世界に存在する。そこから何かしらの仲介を経て、再び妖精として生を受けるというのが今の学者たちが出した結論だ。
先程クラウスが得た情報を加味するとすれば、何かしらの仲介にはジャック・オー・ランタンと言った妖精が関わっている事になるだろうか。
となれば幽霊と妖精は随分と近しいところに存在する概念と言う事になるが、果たしてその論を押し通していいものだろうか……。
何にせよそれが今一般的に認識されている妖精の魂魄理論。
けれどクラウス個人としては過去の論に興味が湧く。
追いかけているものは妖精の国だ。もしそこに何かしらの情報が僅かでもあるとすれば、それを見落とすわけにはいかない。
そんな事を考えて、クラウスは資料室で過去の文献を読み漁っていた。
けれど得られる情報は仮説と推論の確証のない話ばかり。確かにこれなら否定されても文句は言えないだろう。
何よりまず妖精の国と言う存在が不安定なのだ。
今まで誰も目にしたことが無い妖精たちの理想郷。お目に掛れないのだからその証拠を、雲を掴むような話で辿らなければならず、幻想に埋もれるからこそ仮装の世界──童話や寓話で脚色されて鮮やかになっていく。
そう言った話を作る視点で見れば認識できないものと言うのは真っ白な画布だ。
自分好みに色を変えて描かれ、話によってその性質は多面性を増やすばかりだ。更に言えば、そう言った話が民草に浸透するとまた新たな色を混ぜられてその存在を霞の奥に隠していく。
ならば逆に童話や寓話の世界から妖精の国を辿ろうとすれば、そこには妖精以外の存在が目立ち、調べるほどに妖精という存在が曖昧になっていく。
ならば本当に妖精の国はあるのかと言う話に行き着いて、結論今まで何度もその存在を掴み損ねているというわけだ。
更に妖精の国にはエルフ──古い時代にアールヴと呼ばれた存在も関わってきて、妖精の世界と言う根底を覆してしまう。
エルフは人間とも妖精とも違う、エルフと言う種族で、独自の文化を持っている。それが現代に存在するエルフが語る事実で、だからこそ忌み嫌われてきた存在だ。
妖精では無い種族が妖精の国に繋がりを持てば、妖精の国と言う存在は色を変えてしまう。そうすれば妖精の魂魄理論は妖精と言う種自体の生まれを覆す論で、この世界の半分を否定する理論へと繋がってしまう。
だから妖精が妖精の国へ繋がっているとすれば、それは妖精だけの世界でなくてはならないのだ。
けれどそんな都合のいい証拠も中々見つからず、時代が下って今の魂魄理論に根拠が無いと否定され続けているのだ。
「……横から覗いてる限りでも分かるほど、何だか面倒臭い事になってるみたいね」
「例え妖精が妖精の国が存在すると言ったところで、他の可能性が消えるわけじゃないからね。エルフやドラゴン、幽霊みたいな存在が妖精の国や妖精と繋がりがある以上、妖精の国が妖精だけの世界とは言えないわけだから」
「否定できない以上、今の魂魄理論が一応正しいということだろう」
アルの唸りに答えれば、ヴォルフが重く呟く。
ヴォルフやテオにとって、妖精の国の有無はそこまで大きな問題ではない。妖精の故郷が実在するかどうかと言う話だ。だから、専ら彼らがこの話に重きを置くのは、目下世界的な問題である妖精変調への対策の手がかりだ。
今またどこかで野良の妖精がその姿を本来の妖性に変えているかと思うと、相変わらずクラウスの手には負えない。
ローザリンデから託された……と言うか巻き込まれた話の、妖精変調に関する別の手段もまだ見つかってはいない。
暴論としてアルの能力を使えば一時的にはどうにかなるだろうが、それでは彼女の自由を奪ってしまう未来しか想像はできない。彼女の存在はクラウスの野望には不可欠だ。
あれから色々と勉強をして妖精術での干渉を考えては見たものの、ローザリンデの語った以外の方法はクラウスには想像ができなかった。
そう言えば彼女からの連絡もまだ無い。恐らく順調なのだろうが、情報至上主義のクラウスとしてはそろそろ途中経過が知りたいところだ。
幾つもの思考を平行して伸ばしていると、ニーナが自分を責めるように紡ぐ。
「あたしから何か言えればいいんだけど。生憎そんな事を調べて来る余裕を今まで持ち合わせてなかったから……」
「そんなことで責めたりしませんよ。それにもし何かあればエルゼ学院長に話をお聞きしますし」
「あの人の与太話を信じるの……?」
「少なくとも、エルフの血を持たない僕には持てない視点ですからね。信じるかどうか。利用するしないは別として、ニーナ先輩との良好な関係のためにもエルフの事は知っておくべきかと思いますけど」
「平然とそんな事をよく言うわ。何考えてるのか知りたくないわね」
呆れたように告げるニーナに笑って返すと、彼女は退屈そうに手元の文献をめくる。
今クラウスが求めている妖精の国に関する情報。そこには今までの研究でエルフと言う存在が少しばかり引っかかっている。
古い名でアールヴ。|アルフヘイム(妖精の国)と言う名前に近い存在であり、妖精と同じように属性を持つ異能……精霊術を扱う種族。
情報としてクラウスが持つ、エルゼとの共通見解──エルフはエルフじゃない。その言葉の行き着く先を想像して雲行きを怪しくさせる。
けれどそれはまだ想像であって事実ではない。そうであるという確定事項ではない。結論が同じでも細部が違えばそこから別の可能性だって見えてくる。
と、逃げのような思考を重ねつつ思う。
どう願ったって、純血のエルフからのお墨付きだ。結論自体は変わらないはず。ならばもう、クラウスに出来る事はその真実を突き止めるだけだ。
可能なことならその過程がクラウスにとって有利なものであるようにと希望を抱きつつ、手元の文献に視線を走らせる。
「クラウス、ちょいといいか?」
「何?」
そんな風に情報の波に揺蕩っていると、幼馴染が声を掛けてくる。答えて顔を上げれば彼の手にあるのは幽霊について記された文献だった。
調べているのは妖精の魂魄理論であって幽霊自体じゃないんだけれども……。脱線している事に気付かないままでは人手が減るだけかと訂正のために腰を上げる。
「これなんだけどよ……」
「心霊現象? ……と言うと物質化現象とか騒霊現象とかっていう話?」
「あれがおきるためには何かしらの力が必要だと思ってよ」
心霊現象。特に霊魂が起こしている現象とされ、有名なものでは目に見える形で霊の一部が具現化する物質化現象や、誰も触れていないのに勝手に物が浮いたり音が鳴る、発光、発火などの現象が起こる騒霊現象などがある。
特に前者は火の玉……ウィルオウィスプ、後者は幽霊屋敷などでの怪談で有名なものだ。
けれどその仕組みが解明されていないものを信じるものは少ない。逆に、解明されてしまえばそれはただの起こりうる現象で、怪談ではなくなってしまう。だからこそ、仕組みの分からない恐怖体験として心霊現象と言う前提が成り立つのだが……。
因みに大半の心霊現象は、妖精の悪戯の余波というのが主流の考えだ。
テオの疑問は仮にその現象が幽霊の仕業だとして、幽霊は物理的な干渉を起こせるのかと言うことだろうか。
「例えば、幽霊がいるとしてよ? それが全部妖精の魂だとしたら、幾つかの事は妖精力で説明がつくんじゃないかと思って」
心のどこかでまたいつものテオの勘違いかと呆れていた感慨が、その言葉で頭の隅に引っかかる。
なるほど、幽霊の全てが妖精の魂……今までクラウスが考えていた論とは逆の考え方か。
妖精の魂魄理論は幽霊と繋がりが深い。けれどそれは妖精の魂を主軸にしてみた話で、この論では妖精の魂は全て一度幽霊へと置換される。けれどそれは妖精の魂が幽霊になるだけであって、幽霊全てが妖精の魂では無い。だから幽霊と言う概念があるわけで、けれど例えばテオの言うように幽霊が全て妖精の魂から転じたものだとすれば、それはもう幽霊と言う言葉で当て嵌めることが間違ってしまう。
「例えば火の玉……ウィルオウィスプだと炎の属性を持つ妖精の本質の一つだろ? なら魂だけの存在になって、人型を保たないのであれば、妖精力が形を求めてその本質を助長したとしてもおかしくは無いんじゃないかって」
「騒霊現象も、音や光に干渉範囲を持つ何かしらの本質を持つ妖精が関わっていると解釈すれば、確かにその通りだね」
もしその可能性を前面に押し出すとすれば、今城内で起きている現象を説明する手立ては確かに存在する。
「……カイ少佐。妖精変調以降、そう言った心霊現象……自然現象の報告ってどうなってますか?」
「どうだろうか。残念ながらその辺りはわたし達が担当する分野では無いから直ぐには答えられないが……」
「今から調べてもらうことってできますか?」
「自然現象は人間や妖精の関与しないところで起こるが故の問題だ。だから後手で動くしかないわけで、対策を取るような部隊は設立されてはいないんだが……」
確かにその通りだろう。例えば豪雨が起きると分かったところでそれを止める手立ては妖精の力を用いても現状存在してはいない。そう言った災害の人的予防や災害救助等に対しての処置は、騎士達が請け負うところだろうが、それは起きた事を受け止めた上での行動に過ぎない。
それに、心霊現象は今までの論で言うならばクラウスが考えていた前提の方が正しい。だから妖精の仕業だなんて思いもしなかったし、幽霊が行うことだから心霊現象なのだ。魂に干渉できない人間ではそれらに対応する術はありはしない。
「或いは自然科学について研究している者ならば知っているかもしれないが」
「確認を取ってもらってもよろしいですか?」
「余り期待はしないでくれよ?」
「はい。ただ最近になってそんな現象が増えたかどうかがわかればいいので」
「……少しだけ待っていてくれ」
そう言って資料室を後にするカイ。
少し無理を言ったかと反省しつつクラウスはやるべき事をしようと心構えを正す。
とりあえずは彼の返答待ち。それまでは可能な限り頭に情報を詰め込むだけだ。
考えて手元の本へ視線を落とした直後、フィーナが耳元で囁いた。
「クラウスさん。お呼びが掛ってるみたいですよ?」
彼女の示す方は資料室の出入り口、そこにいたのはダフネだった。と言う事はそこにいるのはアンネだろう。
……そういえばそれをすっかり忘れていた。偶然と言えど、この折に話が噛み合ったのは少しだけありがたい。
深呼吸一つ。それから腰を上げると伸びを一つ行う。
「少し席を外します」
「この景色作っておいて先に逃げるわけ?」
「気になる事があるので……。何かあったら戻ってきたときにお願いします」
「はいはい。これ以上顔見てると何か爆発しちゃいそうだから早く行って来れば」
いつもの如く投げやりなニーナの挨拶を背中に受けて廊下に出る。想像通りそこにいたのはアンネだった。
静かに踵を返す彼女に並んで歩き出すと確認のように声が響く。
「召喚状は持ってきた?」
「もちろん。朝懐に入れて、今の今まですっかりその存在を忘れてたけど」
「幾らクラウス君でもそれがないと門前払いなんだから。しっかりしてよ……」
クラウスの言葉に恨むような視線を向けてくるアンネ。
彼女にしてみれば冗談でも肝が冷えたのだろう。少し意地悪な言い回しだったかと笑う。
「二回目だからって粗相はしないでよ? 問題の矛先が向くのは私なんだから」
「そこはしっかり弁えてるよ。と言うよりそろそろ僕をそちら側から連れ戻して欲しいんだけど」
「それは無理。だってクラウス君は私にとっての正義だから」
勝ち誇ったように女性らしい胸を張って答えるアンネ。もしかして彼女の穿った視点を開花させたのはクラウスなのではと、ひしひしと感じながら彼女の存在をありがたく思う。
アンネがいなければきっとクラウスはここまでこれていない。もしここまで来ていたとしても、それはもっとずっと先の未来のはずだ。それほどアンネの存在はクラウスにとって大きい。
同時に、アンネにとってのクラウスも必要不可欠な存在のはずだ。
彼女はクラウスと同じ視点を持っているから。その上で、クラウスの事を肯定してくれるから。だからクラウスは自分が間違っていると自覚できるのだ。
きっと本来は純真無垢な彼女を巻き込んで、こちらの色に染め上げて、振り回して。我が物顔で彼女を駒の一つとして扱うクラウスは、どう見たって悪だ。
そんな間違ったクラウスがいるから、アンネはまだ道を踏み外さないで済むと笑っていられる。間違ったクラウスがアンネにとっての正義であるから、反面教師として最後の一線でクラウスを否定するアンネとして存在していられる。
今や彼女の存在意義の半分以上は、きっとクラウスが奪ってしまっている。
「だからクラウス君はこの先もずっと間違い続けてくれなきゃ。そうじゃなきゃ、今度は本当に私が間違えちゃうから。そんなの、クラウス君は望んでないでしょ?」
「……それを分かった上で僕の事を肯定してくれるんだから、アンネさんは僕よりずっと悪役だよ」
「ちょっと意地悪なくらいが女の子は可愛いでしょ?」
人差し指で唇を撫でて艶かしく告げるアンネ。過去に彼女の事を小悪魔だと形容したが、今この時を以て撤回させてもらうとしよう。
クラウスにとっての悪は、紛れもなく彼女だ。それは小悪魔なんかではなく、抗いがたいほどの魔性だ。
純粋な正論と言う武器よりも、尚性質が悪い悪魔の囁きだ。
「そこまで分かってて、そんな自分を持て余してるアンネさんが恐ろしいよ」
そんな彼女が時折見せる女の子らしい部分。特にユーリアが絡む毎に剥がれていく鍍金の仮面に、きっとクラウスの初恋は奪われたのだろうと、疼いた感情を胸の奥に仕舞い込む。
クラウスのそんな言葉に耳を赤くしたアンネが珍しくて、笑顔を向ける。すぐさま顔を逸らしたアンネだったが、繕いきれない事に気がついたか、諦めたように零した。
「えぇ、恐ろしいほど可愛いでしょ?」
恥ずかしさにやさぐれた笑顔で声高に言ったアンネだったが、どうやら最後まで演じ切れなかったようで、最終的に力なく俯くとクラウスを小突いたのだった。
そんな一幕を、丁度こちらに歩いてきていたユーリアが目にする。
「仲がいいわね」
「なぁに? 嫉妬?」
「……そうね。クラウスに嫉妬してる」
アンネのからかいの言葉に、ユーリアは顔を逸らしてそう答えた。本当、仲がよろしい事で。
「そっちのやるべき事は終わったの?」
「えぇ。先輩たちは?」
「資料室にいるよ」
「そう」
何故クラウスがアンネと一緒にこんな場所にいるのか。そこには目を瞑って触れないでいてくれる。
そんな彼女らしい気遣いに感謝をしたくなって、静かに隣を通り過ぎるユーリアに可能な限りの言葉を送る。
「そう言えば前に聞きたがってた事。もし今でも知りたかったらこの後教えてあげるけど……」
「あぁ……いや、必要ないわ。聞いたら最後、面倒臭い事に巻き込まれそうだから」
まるで未来を見てきたかのように自信満々でそう告げてクラウスの来た道を行くユーリア。
彼女の直感はもはや勘ではなく未来予知だと。畏怖さえ抱きつつ彼女の覚悟をクラウスも胸に刻み込む。
彼女が知る必要の無い事だと思ったのならクラウスに是非は無い。彼女はただ、クラウスを否定して、最後に肯定してくれる者であればいい。
そのために、クラウスにとって彼女は最も必要な最後の欠片なのだ。
「ねぇダフネ。手に持った花と道端に咲く花と、どっちが大切だと思う?」
ユーリアの去った方を見つめていると唐突に意地悪な声が隣から響く。
欲望に忠実に、と言うのはクラウスも否定はしないが、それを口に出すようではどうかと思うのだが……。
「もちろん手に持った花じゃないかな? でもほら、道端で風に揺られる花も健気で可愛いと思わない?」
「私はダフネに聞いたのっ」
分かりきった答えを返せばアンネは拗ねて先を歩き出す。
手中の花と道端の花。アンネとクラウスが語るその二つは語る者によってその意味合いを変える。
それに、それでも構わないと思ったからこそ、そうまで貪欲になれたのだろうと尊敬する。
「クラウスさんはそろそろ身に着けた花も愛でるべきだと思いますっ」
まさかの第三勢力。これ以上話をややこしくしないで欲しい。
フィーナに限ってそんなはずは無いが、もし彼女が参戦するとすれば一から計画の練り直しになるのだが……。
分かっていてクラウスを困らせる彼女の小悪魔に白旗を上げて、それを彼女の頭に優しく飾る。
「愛でないものを身に着けるほど僕は悪趣味じゃないよ。それにその花は、僕を魅力的に彩る誇るべき証だから」
口舌を操って言葉の網を潜り抜ければ、相棒は悔しくなったのかクラウスの髪を一房引っ張った。
負けるのが分かっていて勝負を挑むだなんて彼女も随分とクラウス主体な考え方だ。
と言うかクラウスの周りにはそんな異性しかいないのだろうか? いや、そうなるように振舞っているのはクラウス自身か。
自分で蒔いた種。そこから延びた蔓がクラウスの足を絡め取っていると気づいて嘆息する。
「これだからクラウス君は……。本当にユーリを預けるのが心配なんだけど」
「ユーリアのいる前で言わないようにね」
アンネに追いつけば、彼女は心の底から嫌うようにそう告げる。
彼女の懸念は杞憂だ。少なくとも、今のクラウスは分かった上でそう演じているに過ぎない。
だから本当にユーリアの隣に立つ時は、飾らないクラウスでいるはずだ。
それが彼女だけに見せるクラウスなりの誠意だ。
「分かってるよ……」
どこか疲れたようなアンネ。それはクラウスの人となりに対する溜息か。
重く息を吐いたアンネは、それから足を止めて顔を上げる。目に前にはいつの間にか大きな木製の扉。取っ手は厄を除ける銀色。扉を叩く音は四回。
そこまでしっかりと思い返せば気持ちは真剣なそれに変わっていた。
懐から蝋の国印を施された便箋を取り出して、扉の横に立つ女中に手渡す。
女中はそれを見て一つ頷くと静かに礼をして「どうぞ中に」と促した。
こちらを伺って来るアンネに頷けば、彼女は扉を叩く。遅れて、中から入室を許可する声が響く。
「どうぞ」
重い扉が音も無く開いてクラウス達は一歩を踏み入れる。
ここに来るのは二度目。けれど鼻をつくにおいには慣れず、少しだけ姿勢を厳しくさせる。
嗅ぎ慣れない薬の──病のにおい。その中に混じる色のある花の匂いを捉えてアンネの方を見る。
彼女も少し驚いたか一度足を止めたが、直ぐにまた歩き出す。
鼻先を掠めるのは月桂樹……またの名をダフネと呼ばれる勝利と栄光の植物だ。花が咲くのは春。今の時期は丁度匂いが強くなって調理には適した頃合だろうか。クラウスもよく料理をする際には香り付けに使っている。
考えて、けれど体はいつも通りに。前に来た時と同じように寝具の傍に跪けば目の前に細く白い手の甲が差し出される。
口付けを落とせば変わらない王妃殿下は柔和な笑顔で紡ぐ。
「いらっしゃい。よく来てくれたね。さあ、顔を上げてよく見せておくれ」
答えて顔を上げれば、そこには前と変わりのないローザリンデがいた。




