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フェアリー・クインテット  作者: 芝森 蛍
火蜥蜴の遁走曲(フーガ)
21/138

後奏曲

 お兄さんに言われた通り騎士の人たちに伝えてピスとケスは木に凭れる。


「戦争、やだね」

「ね、やだね」


 心の内を声に出せば共感を通り越した勘のようなそれで同じ感嘆が口から漏れる。

 このあたりは双子の妙で不思議と考える事が一致する。もちろん双子だからといって全てが同じなわけではないが。


「休息中悪いね、結果を聞きに来たんだけど」


 自然と寄り添うように手を重ねて木漏れ日を体に受けていると夢魔のような危うさで目の前に一人の妖精が現れる。

 漆黒の短い髪。闇夜で映える真紅の瞳。御伽噺の中に出て来る魔女のような雰囲気を纏った小さな妖精。

 名前を聞いたこともあったがうまくはぐらかされた。彼女の存在は謎に包まれている。


「クラウスには会えた?」


 笑わない笑み。感情を宿さない硝子玉のような瞳。そこに映っているのは件の妖精従きただ一人。

 その歪さ、危うさに心の内が警鐘を鳴らす。この子と関わってもいい事は殆どない。

 首を傾げる目の前の妖精に心の内を掻き乱されて二人は喉が渇いていく。


「……会えた」

「話した」


 無愛想な言葉は生来のもの。けれどそれ以上に彼女の前では恐怖から口調が固くなる。

 何のために。誰のために。

 理由を聞かされないまま組んだ協力関係は一方的な彼女の願望に振り回され、得体の知れない恐怖と共にピスとケスを包み込む。

 これならまだ、期待を抱かせない先ほどの妖精従きの方が信じるに値する。

 彼の目は誰も信用していない。誰も信頼していない。隣に居たあの妖精でさえ。

 だからこそどこまでも不気味で底が知れなかった。彼の表面でさえ感じる事ができなかった。

 あんな自分を捨てた人間を、二人は今まで見た事がなかった。

 ただただ、恐怖した。


「そう。それで、契約妖精の方は?」


 だからこそ、隣で無邪気に従う彼女に同情さえした。

 自分を捨てた存在の近くで自分を保とうなど箍の外れていると。

 あの二人はどこまでも歪で、欠けていると。

 互いが互いを視界に収めずに自分だけを信じている。

 あんな妖精従きと契約妖精を始めてみた。


「……よく、わからない」

「ただ、お似合いだとは思った」

「っ! そう……」


 そして羨ましいと思った。

 互いに特別だと意識して、その特別があたかも普通であるように振舞えるその豪胆さに。

 言葉以上に互いを信頼しないあの二人の姿が羨ましいと思った。

 きっとそんなこと、ピスにもケスにも不可能だから。

 二人が妖精従きになったとて、一番大事なのは何よりも隣の彼女なのだ。唯一無二の自分の半身なのだ。

 二人は一人で不完全で、二人でのみ完全になれる。ピス以外に──ケス以外に──誰にもその欠けた部分を埋める事はできない。


「……あなたは何であの人を追いかけてるの?」

「ピス……?」


 分からなかった。二人で完成されたピスとケスには他の存在が必要ない。

 他人を求めるその感情というものが理解できない。

 もし知る事ができれば、ピスもケスも他人からのあの奇怪な視線に理由をつける事ができるかもしれない。

 そう感じて、ピスは思うがままに目の前の妖精の瞳を覗き込む。

 そこでようやく気付く。彼女の真紅の瞳が不安と焦燥に揺れ、深い愛と憎しみに歪んでいる事に。

 彼女でも──いや、彼女だからこそこんな顔をするのかもしれない。

 人はそれを嫉妬と呼ぶのだろう。ピスとケスには、まだ分からない感情だけれども。


「…………貴女達は知らなくていいことよ」


 そう言って逃げるように背後に回る妖精。ピスとケスが振り向くより先に、彼女は二人の頭を抱きしめる。

 …………あれ? 妖精が、人間の頭を、抱いてる……?

 過ぎった疑問は危機感へと摩り替わり咄嗟に互いに手を取って走り出す。


「──あら、残念」


 振り返ることもなく森の中へと消えていった二人を妖精……人化の術を使った彼女は寂しそうに見送る。

 それから一つ溜息を吐いて、胸の奥に溜まった重いそれを声にする。


「早く見つけてよ……バカ…………」


 苦しく疼く胸を掴むように薄い貫頭衣をくしゃりと握る。

 嫉妬だなんて、みっともない。元々、あの場所は誰のものでもないのに。

 あたしのものであればいいなどと、そんなおこがましい事を……。

 彼は……誰のものでもあってはならない。世界でただ一人彼は彼だけのものではなくてはならない。

 だから、違う。あたしのこれは嫉妬じゃない。彼の隣に我が物顔で居座っているあいつへの怒りなのだ。

 履き違えちゃ駄目なんだ。選ぶのはいつだって、彼なのだ。


「じゃないと、あたし──消えちゃいそうだよ」


 零れた言葉にはっとしてようやく確信する。


 あたしは、選んで欲しいなんて、思ってない…………。

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