第三十話 執事の目に映る公爵
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奥様とお嬢様が心配しているそのころ。
俺は暗闇のなか、馬車に着けた角灯と、月明かりを頼りに馬車を走らせていた。
本当なら日の出ていない時間に、馬車は走らせたくないのだが……。
まぁ。
心配している奥様とお嬢様を捨て置けるはずもない。
なので仕方なく馬車を走らせている。
「まったく、あの馬鹿はどこに行ったんだか……」
首を巡らせ、辺りを確認する。
しかし、誰もいない。
まぁ、日も暮れているから、当たり前だがな……。
セメロ家を出て結構立つが、いまだ発見には至っていない。
もしや酒場かと思い、しらみつぶしにあたって、聞いた。
しかし、帰ってくる言葉は皆『来ていない』だった。
いったいどこに居るのやら……。
…………今日抜けた分。
仕事は残っているというのに、だ。
本当にいい加減にしろ……。
だが、あの屑に何度言っても無駄だ。
あれは仕事はできるが、それ以外は崩壊している。
俺だって、ただあの屑を長年面倒見ているわけじゃない。
屑の行動パターンぐらい知っている。
だが、それを止めるとなると骨が折れる……。
比喩ではない。
幾度となく骨を折られた。
あばらとか、足とか腕とかな……。
さすがに、首を折られかけた時は殺意を覚えたくらいだ。
まぁ。
一国の王子を手にかけるなんて馬鹿なことはしなかったがな。
…………いや。
『死ななかった』と言った方が正しいだろう。
常人であれば確実に――――。
『なぁなぁ。お前知ってるか?』
俺は少し遠くで聞こえたその声に、馬車を止めた。
そしてそれに続く男の声。
『んぁ? 何をだよ』
『あのな。今日武術大会が開かれたとこからすすり泣く声が聞こえたんだと!』
『おいおいそれ本当か?』
『あぁ。なんでも、娘がどうとかって聞こえたんだとよ』
『へぇ……って。、それ変人公爵じゃねぇのか?』
『さぁな。てか、セメロ公爵様だろ? お前あんな立派な方をそんな風に呼ぶなよ……』
『だってよぉ。俺の親戚が『セメロ公爵様は立派な方だって思っていたが、ただの変人だった』って言って落ち込んでたんだぜ? それに、あの人の行動がな……』
『なるほどな……。だが、公爵様が変人なのは今に始まったことじゃねぇな』
『ちがいねぇ!』
そう言って二人の男たちはげらげら笑ってどこかへ行った。
まったく。
あれが変人なのは皆知っている、てか……。
…………ふぅ。
武術大会会場に行ってみるか……。
俺はそう思い、馬車を走らせ始めた。
しばし走って。
武術大会が行われた場所に着いた。
『ぅ…………ぉ……。……か…………で……。ぅぅ……』
遠くから聞こえたうめき声の様な、かすかな声。
あぁ。
頭が痛い……。
そう思いつつ、馬車から降りてそちらに向かった。
屑が居たのは、試合を行うための場所。
そこで顔を覆って『にこ』とつぶやいている。
はっきり言おう。
「気色が悪い上に気味が悪いぞ。ルーイ」
「?! の、える……?」
そう言って顔を覆っていた手をどかし、驚いた顔でこちらを向いたエルウィス。
もとい、どうしようもない屑
「はぁ……。まったく、お前は何をやっている? 奥様とお嬢様が心配しているぞ?」
「………………っ……ぅ……。の、ノエル! ニコが、ニコが……!!」
俺がそう言うと、ボロボロ泣き出した。
……不気味だ…………。
だが、まぁ。
なんでそんな顔になっているのかなんぞ。
容易に検討は着く。
「旅には出ないと言っていたぞ?」
「へ? でも、さっき――」
「行かなくても用は済んだと言っていたが?」
「……本当か? ノエル」
「…………あぁ。だから帰るぞ? 奥様とお嬢様が元に戻っている」
「?! それは大変だ! 帰るぞ、ノエル!!」
「迎えに来てやったんだ。帰りぐらいお前が動かせよ」
「え……。それ、おかしくない? 私が雇い主だよね? ねぇ。ノエルさん……?」
「あぁ? こっちとら、走らせたくもない夜道をさんざん走らせたんだ。それくらいするのが当たり前だろう」
「いや、あの。おかしいよね? 私――」
「黙れ。さっさと帰るぞ」
俺はそう言ってあれの頭狙ってナイフを投げる。
ナイフは風を切りながら的に向かう。
――キィン……!
しかし、はじかれた。
ほかならぬ的に……。
「ちょ! 危ないだろ!! こんな暗い時に……ん? あれ、いつの間にこんなに暗くなったんだ?」
「…………よし。おまえ歩いて帰れ。俺は馬車で帰る」
馬鹿馬鹿しい。
そうおもって踵を返して馬車を止めた場所に向かう。
「え?! ま、待ってくれ! この距離を歩くなんて無理だ!!」
慌てた様な足音が後ろから聞こえる。
だが、立ち止まって振り返ってやるほど暇ではない。
「知るか。俺は仕事が残ってんだ。馬鹿で屑でどうしようもない上、暴走したら人の骨へし折るド屑の相手はできねぇんだよ」
「……すみません、ごめんなさい、私が悪かったです! へし折ったり、手間取らせたりしてすみませんでした! だから見捨てないで!!」
そう叫んだのは巷で有名の変人公爵。
まぁ。
どうでもいいがな……。
俺が後ろを振り向くことなく、しばらくして乗ってきた馬車が見え。
それを動かすため、馬車の中には入らず、御者台に座る。
そして、先ほどからずっと謝罪の言葉を口にしていたアホは、こちらをぽかんとした顔で見ている。
「おい。帰るぞ……?」
アホは一瞬にして嬉しそうな顔になった。
「……そうか。歩いて帰るんだな」
そう言ったらアホは驚いた顔で、慌てて馬車の中に入っていた。
その際。
足を踏み外し、馬車の床で顎を強打したのを俺はしっかり聞いた。
おそらく舌も噛んだのだろう。
情けない声も同時に聞こえた。
馬鹿め……。
こうして、俺は馬鹿でアホで、どうしようもない屑の変人公爵を屋敷に連れて帰った。
屋敷に着いたとき。
奥様はこいつを見て、安堵の表情を浮かべていた。
よかったな。
俺はお前のせいで残業だ。
……アイツ(妻)に愛想尽かされそうだな。
残業はほどほどにするか……?
アレは女の身で、一人で家を守っているんだ。
いつも帰ってくる時刻になっても帰ってこなければ、不安になるだろう……。
……やはり、今日はこのまま帰ろう。
ウィルロットも、レティもいないんだ。
仕方ない。
仕事は明日に回すとしよう。
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