ペラペラ人間
最近、部屋にペラペラ人間が棲みついた。どうも本棚の裏に数人いるらしい。別に悪いものでもないし、大きな害はないけれど、お喋りが好きな連中でそれが煩い。寝る時は特に気になる。暗くなると聴覚が自然、鋭敏になるからだろうか。ペチャクチャペチャクチャ、本棚の後から声が聞こえてくる。ただしばらくすると、それにも慣れてしまったが。
ある日、帰るといつもは本棚の後に潜んでいる連中の内の一人が、何故かベッドの裏にいた。どうも、女のようだ。どうしたのかと不思議に思っていると、本棚の裏から声が聞こえてきた。
『気を付けな、そいつは直ぐに嘘をつくんだから』
それで、嫌われて本棚の裏を追い出されたのだとなんとなく察した。別に気にしなかったが、眠る時になると流石に困った。そいつが話しかけてくるからだ。ペチャクチャペチャクチャ。声が煩い。そして、にも拘らず、平面のそいつはまるで揺れなかった。その差がなんだか気持ち悪かった。
そいつは色々な事を言っているようだったが、他のペラペラ人間達が言うように、どうやらほとんどそれは嘘のようだった。無視していると、それはやがて誰かの悪口に変わっていった。その悪口も無視していると、そのうちにそいつは俺の悪口を言い始めた。気にしてはいられないので、それも無視していると、やがてその悪口の質が変わり始めた。
『あなたなんて薄っぺらの人間なのよ』
『だから、直ぐに嘘をつくのよ』
『だから、自分が悪くてもそれを認められないのよ』
どうも俺の悪口を言っているようで、それはどうやら自分の悪口を言っているようだったのだ。どうしたものか、と思いつつも、その頃になると、俺は少しずつ眠たくなってきていたので相手はできなかった。そしてペラペラ人間も流石に喋り疲れたのか、徐々に言葉少なになり始めていた。ただ、それでもそいつは何かを喋ろうと必死に足掻いているようだったが。俺は苛立ちを感じるよりも、むしろそいつに憐れみを覚え始めていた。それで、ついこんな事を言ってしまったのだ。
「もうお前の物語は、それでお終いなのか?」
すると、俺がそう言うなり、ペラペラ人間は泣き始めてしまった。
俺は既に半分寝ていて、おぼろげな意識の中でそいつの泣き声を聞いた。そして、夢なのか現実なのか分からない曖昧な記憶の中で、そいつがベッドの裏から這い出てくるのを見たのだ。ベッドから這い出てきたそいつには、しっかりと身体の厚みがあるようだった。それからペラペラ人間は、一言お礼を言った。
――ありがとう。
俺には、どうしてそいつがお礼を言ったのか分からなかった。その後でペラペラ人間は、そのまま“トス、トス、”と微かな足音を立てて、俺の部屋を出て行ってしまった。