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第五話

極寒の流刑星、地下労働施設。

吐く息が白を通り越して、空中で凍りついて落ちていくような異常な寒さだ。


「ヒッ、ヒィィッ……! なんだよここ、聞いてないぞ!」

「出してくれ! 俺は無実だぁぁっ!」


一緒に輸送船から放り出された新入りたちが、絶望して泣き喚いている。


うるさいな。


俺の心は、恐ろしいほど静まり返っていた。

泣いても喚いても、ルカとトアは戻ってこない。

なら、やるべきことは一つだけだ。

この星を丸ごとハッキングして、俺のシステムに組み込む。


「おいおい、新入り共。うるせえぞ」


野太い声が響き、囚人たちがビクッと肩を揺らした。

奥の通路から、毛皮のコートを着込んだ巨漢が現れる。取り巻きの囚人たちを何人も引き連れていた。


「ガ、ガルド様だ! おいお前ら、頭を下げろ!」

「ここはガルド様の国だぞ! ルールがわかんねえのか!」


取り巻きのモブたちが、キャンキャンと威嚇してくる。

巨漢のガルドは、ニヤニヤと笑いながら俺たちの前に立った。


「ようこそ冥府へ。俺がここのルールだ。生き延びたきゃ、俺の靴を舐めな」


ガルドが指を鳴らすと、取り巻きの一人が自慢げに叫んだ。


「ガルド様はな、このクソ寒い施設の『暖房システムのパスワード』を知ってんだよ! 逆らったら凍死だぜ!」


……パスワード?

俺は思わず、無表情のまま小首を傾げた。


「なんだその、化石みたいなセキュリティは」


ポツリと漏らした俺の呟きに、ガルドの太い眉がピクリと跳ねた。


「あ? なんだテメェ、そのふざけた目は」


「パスワードを知っているくらいで王様気取りか。くだらない」


「……殺せ。教育してやれ」


ガルドが顎をしゃくった瞬間、取り巻きのモブ囚人たちが一斉に俺に飛びかかってきた。


ドガッ! バキィッ!


「ぐはっ……!」


技術局でキーボードしか叩いてこなかった俺に、荒くれ者たちを押し返す物理的な腕力なんてない。

一方的に殴られ、蹴られ、冷たい床を転げ回る。

顔面から血が吹き出し、肋骨が嫌な音を立てた。


「ヒャハハハ! 元エリート様も、暴力の前ではただのゴミだな!」

「泣いて詫びろよ! 靴を舐めれば許してやるぜ!」


全身を走る激痛。口の中に血の味が広がる。

だが、床に這いつくばった俺の視線は、壁の隅でむき出しになっている旧式のメンテナンスパネルに釘付けになっていた。


蹴り飛ばされる勢いを利用し、俺はわざとパネルの真下へと転がり込む。

泥まみれの指を伸ばし、カバーの隙間から這い出ている配線に触れた。


ひどく雑に結線された、スパゲティのような有様。

間違いない。三年前、三日連続の徹夜明けで俺自身が組んだ、あの最悪の仕様のままだ。

血塗れの唇の端が、思わず歪な弧を描いた。


「とどめだ、オラァッ!」


頭上からモブのブーツが振り下ろされる。

俺は一切の防御を捨て、血まみれの指先を生体チップの接続ポートに直結させた。


タタッ、と。


脳内でコマンドを展開し、流刑星のメインサーバーへ直接アクセスする。

認証? パスワード? そんなものは正面玄関から入る素人の遊びだ。

俺は裏口から、システムの大元である管理者権限を直接書き換える。


所要時間、わずか三秒。


『ピィィィンッ!』


施設中に、甲高い電子音が響き渡った。


「な、なんだ!?」

「おい、ガルド様! 暖房が……暖房が止まりました!」


取り巻きたちがパニックになって叫ぶ。

それだけじゃない。


「ぐっ、ああっ!?」


ドスッ! という重い音と共に、俺を殴っていたモブたちとガルドの巨体が、いきなり床に叩きつけられた。

カエルみたいに地面に這いつくばって、無様に呻いている。


「な、なんだこれ……体が、重い……っ!」


「局地的な重力制御の書き換えだよ。お前たちの立っている半径三メートルだけ、重力を通常の五倍に設定した」


俺はゆっくりと立ち上がり、口の中の血を吐き捨てた。

ついでに、俺の周囲だけ快適な温度になるように暖房システムも調整済みだ。ああ、暖かい。


「ば、馬鹿な……パスワードは、俺しか……っ」


床でガタガタ震えるガルドの頭を、俺は冷たい靴底で容赦なく踏みつけた。

メキッ、と鈍い音が鳴る。


「だから、パスワードなんて古いんだよ。お前が握ってたのはただの鍵だろ。俺は今、この施設のドアと家ごと俺の所有物に書き換えたんだ」


「ひぎぃっ……!」


「あ、あのガルド様が、一瞬で……!」


さっきまで俺を嘲笑っていた他の囚人たちが、恐怖で顔を真っ青にして後ずさる。

暴力なんて必要ない。環境そのものを支配すれば、人間は簡単にひれ伏す。

俺は靴底を離し、壁際で震えている他の囚人たちへぐるりと視線を向けた。


「お前らもだ」


「ひっ……!」


「そんなにビビるな。俺の手足になって働くなら、悪いようにはしない」


俺はもう一度パネルを操作し、囚人たちの区画にも暖かい空気を送り込んだ。

凍えていた彼らの表情が、ふわりと緩む。


「指示通りに動くなら、このクソ寒い施設を南国リゾート並みの室温に書き換えてやる。食事の配給システムもいじって、合成食料じゃないまともな飯も食わせてやるよ」


「ま、まともな飯……!」


「それだけじゃない。俺の脱出計画が完了した暁には、お前らの刑期データごと軍のサーバーから一括消去してやってもいい」


囚人たちの顔が、恐怖から一転して、強烈な期待と熱狂へと変わっていく。


「一生この底辺で石を掘って凍え死ぬか。それとも、俺の下で働いて温かい飯と自由を手に入れるか。……選べ」


数秒の沈黙のあと。


地下施設を揺るがすような、野太い歓声が上がった。


「や、やります! 一生ついていきます、ボス!」

「俺たちをこき使ってください!」

「あんたが俺たちの新しい王だ!」


熱狂する荒くれ者たちが、俺に向かって一気に群がってくる。


「……うるさい。騒ぐな、喧嘩しないで順番に並べ」


無意識に出た、家でルカとトアを叱る時とまったく同じトーン。

しまった、と息を呑んだが、囚人たちは「すげえ統制だ……!」と勝手に解釈し、慌てて綺麗な一列を作った。


俺は小さく息を吐き、無表情の仮面を被り直す。

熱狂する男たちから少しだけ顔を背け、俺は誰にも見えないようにそっと脇腹を押さえた。

浅く呼吸をするだけで、折れた肋骨がひどく軋む。現場の裏方ばかりだった三十代の体に、今の暴力は重すぎた。冷や汗が背中を伝う。


だが、それ以上に。

血で汚れた自分の両手を見下ろすと、手のひらが微かに震え始めた。

ほんの数時間前まで、ここにルカとトアの小さな背中があった。

服を掴む細い指の感触。泣き叫ぶ声。甘い香水の匂い。冷たい靴の裏。


視界が歪む。

肋骨の痛みなど比較にならないほどの何かが、胸の奥を激しく内側から叩き潰そうとしていた。

俺は震える右手を強く握り込み、爪が食い込むほどの痛みで、無理やり脳内のスイッチを切り飛ばした。


「よし。まずは地上でふんぞり返ってる看守共を黙らせる」


前を向く。

そこにいるのは、哀れな父親ではなく、冷徹な支配者だ。


「……こき使うぞ、お前ら」


説明ではなく、読者が情景から直接温度感を感じ取れる構成に仕上がったかと思います。

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