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第三話

モニターの不快な文字列を見つめながら、コンソールに伸ばした指がピタリと止まる。


「あはは……マニャのやつ、変なネットスラング覚えちゃって」


乾いた笑い声を絞り出そうとしたが、喉の奥がヒュッと鳴っただけだった。

怒りよりも先に、ズキリと胸が痛んだ。

本当にマニャは、最初からこんなに残酷な人間だっただろうか。


いや、違う。俺が技術局の仕事にかまけて、毎日過酷な残業を繰り返していたせいだ。


ルカとトアの育児をすべて押し付けられ、孤独と重圧の中で心が壊れてしまったのかもしれない。


そうだ、まずは俺がすべての家事と育児を引き受けよう。そうすれば、きっとまたあの優しい笑顔に戻ってくれるはずだ!


無理やり口角を上げて立ち上がろうとしたのに、なぜか膝がガクガクと震えて力が入らない。

気のせいだ。ちょっとクーラーが効きすぎているだけだ。



翌朝から、睡眠時間を削って完璧なワンオペ育児を開始した。


「パパ、今日はずっと一緒にいれるの?」

「ああ、パパが美味しい朝ごはん作っちゃうぞー!」

ルカとトアが足元にまとわりついてくる。

その温かい体温に、絶対にこの日常を取り戻すんだと決意を固めた。


起きてきたマニャは、食卓に並んだ朝食を見てふわりと微笑んだ。

「最近、家事やってくれて助かるわ」

「あはは、任せてよ! マニャはゆっくり休んでて!」

ああ、やっぱり俺が負担をかけていたんだ。


満面の笑みでコーヒーを差し出す。カップを持つ手が小刻みに震えてカチャカチャと音を立てたが、マニャは気にする素振りも見せなかった。


マニャは子供たちと目線を合わせることもなく、念入りに化粧を始め、あの甘く強い香水をたっぷりと振りまいた。


「じゃあ、司令官とのオンライン会議があるから。あとはよろしくね」

そのまま自室の鍵を閉めてしまう。


一抹の不安がよぎったが、俺は必死に自分に言い聞かせた。疲れが溜まっているだけだ、と。

背中を流れる脂汗の冷たさを、必死に無視しながら。

だが数日後、その淡い希望は粉々に打ち砕かれることになる。



夕食の準備をしていた時のことだ。


「ああっ!」

リビングで、トアが誤ってグラスを倒し、オレンジジュースを床にぶちまけてしまった。


「だめだよトア、いま拭くからね!」

ルカが慌ててタオルを取りに走る。トアは今にも泣き出しそうだ。


「大丈夫大丈夫、パパが魔法の雑巾でピカピカにするぞー!」


明るく声をかけながらリビングへ向かった俺の耳に、冷たい声が響いた。

すぐ横のソファで端末をいじっていたマニャは、子供たちを助けるどころか、あからさまに顔をしかめて舌打ちをした。


「ちょっと、服に飛ばさないでよね。これから司令官と大事な通信なんだから。……あーあ、最悪」


面倒なゴミでも見るような目で子供たちを一瞥すると、マニャは足早に自室へ向かい、バンッと大きな音を立てて扉を閉めた。


ジュースの海の前で、トアが大声で泣き出した。

俺は無言で駆け寄り、震える小さな背中をきつく抱きしめた。


「パパ、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「はははっ、大丈夫だ。ルカもトアも、何も悪くない」


明るく笑いかけているのに、なぜか視界がぐにゃりと歪む。息がうまく吸えない。動悸がうるさくて、自分の声すら遠くに聞こえた。

子供たちの頭を撫でながら、俺の瞳からは一切の感情が消え失せていた。

自分の不在が原因じゃない。ただ、自己愛の怪物だっただけだ。

親権は絶対に俺が取る。こんな家に、これ以上子供たちを置いておくわけにはいかない。



その日の深夜。

完璧な離婚の準備を進めるため、俺は再びシステム最深部へと潜った。

親権争いで確実に勝つ証拠を集めるため、マニャとレオンの過去の通信ログ、さらにレオンのパーソナルデータへとハッキングの糸を伸ばしていく。

そこで、目を疑うような極秘ファイルに行き当たった。


数ヶ月前、不慮の事故で死亡したと大々的に報道されていた、レオンの妻の記録。

ファイルには、事故の痕跡などどこにもなかった。

不倫に気づいた妻に、敵国スパイの濡れ衣を着せて極寒の流刑星へ追放したという処分完了の報告書と、泣き叫びながら連行される裏付け映像のデータ。


全身の血が凍りついた。

震える指で、直近のマニャとレオンの通信ログを開く。


『離婚だと私の好感度が下がっちゃうぺん』

『心配ない。俺の前の妻と同じように、あいつも国家反逆罪で消せばいい。そうすれば君は、悲劇の未亡人としてさらに愛される』


「あはは、なんだこれ。映画の脚本かなんかだよね……?」


乾いた笑い声が格納庫に響く。

けれど、笑顔を作っているはずなのに、全身からブワッと冷たい脂汗が噴き出していた。

心臓が肋骨を突き破りそうなほど激しく打ち鳴らされる。


カタカタ、カタカタと、コンソールに乗せた両手が痙攣したように震えて止まらない。


ただの家庭内トラブルではない。

国家権力を私物化した、完全な暗殺計画だったのだ。


このままでは俺だけでなく、ルカとトアの命すらどうなるかわからない。


「逃げ、なきゃ……っ、殺される」


ひきつった笑顔のまま、自責の念も情もすべてゴミ箱へ捨て去り、魔導機将の動作権限を司るマスターキーを自身の生体チップへ素早くダウンロードした。


夜明けとともに、子供たちを連れてこの星を出る。

誰も知らない水面下で、絶望の逃亡計画が静かに起動した。


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