第二話
「ぶっははははっ! なんだこれ!」
深夜の格納庫に、俺の明るい笑い声が響き渡った。
いやいやいや、いくらなんでもこれはない。
『寂しがりやさんぺんか?』って!
『ナデナデされないとぺん!』って!
最高司令官の極秘回線に、こんなふざけたマスコットキャラのなりきりチャットみたいなウイルスを仕込むなんて、どこの愉快犯だよ!
まったく、軍のセキュリティも地に落ちたもんだな。俺様の天才的なハッキングスキルじゃなけりゃ、危なく騙されるところだったぜ。
「マニャがこんな気色悪い文章、打つわけないもんなぁ」
笑い飛ばしながら、俺はウンウンと深く頷いた。
だって、マニャには本当に苦労をかけている。頭が上がらないんだ。
俺は技術局の仕事が死ぬほど忙しくて、過酷な深夜残業ばかりやっていた。
愛するマニャの機体を完璧にするためとはいえ、ルカとトアの育児は、ほとんどマニャに丸投げ状態だったのだ。
少し前の休日だってそうだ。
ヘトヘトになって朝帰りをすると、ルカとトアが「パパー!」と玄関まで走って抱きついてきた。
リビングのソファでは、マニャが通信端末を片手に、ふわりと優しく微笑んでいた。
「ごめんマニャ、また徹夜になっちゃって。育児、任せきりで本当に申し訳ない……」
「いいのよ。私も、すっごく有意義な時間を過ごさせてもらってるから」
マニャは画面から目を離さずに、甘ったるい声でそう言ってくれた。
なんて出来た妻なんだ!
そういえばあの頃から、マニャは家にいる時でも、やたらと甘くて強い香水をつけるようになっていた。
「戦いから離れて、お家でリラックスするためのスイッチなの」
そう言われて、俺は「なるほど、トップ騎士はオンオフの切り替えもプロフェッショナルだな!」と感動すら覚えたものだ。
「パパ! ママね、最近ずっとペンギンさんとお話ししてるんだよ!」
ルカが俺の足にすがりつきながら、不思議そうにそんなことを言っていたっけ。
「ペンギンさん? ああ、画面の中のマスコットキャラかな。ママは可愛いものが好きだからね!」
俺はあっけらかんと笑って、ルカの頭を撫でていた。
育児のストレスを、可愛いマスコットアプリで癒やしているんだな。本当に、俺がもっと家にいてやれたらいいんだけど。
「……うん、やっぱり俺は世界一の果報者だ。よし、この変なウイルス、さっさと駆除しちゃおっと!」
俺は再び軽いノリでコンソールに向かい、ウイルスの発信源を特定するために、ログのタイムスタンプを解析し始めた。
カタカタカタ……ッターン!
「はい、出ました! ……ん?」
画面に表示された日時に、俺の指がピタリと止まった。
『あやつがまた夜勤でいないから、朝まで通信できるぺん!』
この送信日時。俺が三日連続で深夜の緊急メンテに入っていた、あの夜だ。
『チビ共がうるさいぺん。このクソだるいデイリー消化、早く終わらせて司令官にナデナデされたいぺん』
この送信日時。ルカが「ママがペンギンさんとお話ししてる」と言った、まさにあの休日の午後。
『今度のパレード、特別席からいっぱいういんくしてほしいぺん!』
この送信日時。パレードの前日。
そして、今日のパレードの最中。
マニャの機体が、俺たち家族の席ではなく、総司令官のVIP席へと真っ直ぐに向けられていたあの違和感。
家に漂っていた、あの不自然なほど甘く強い香水。
画面から目を離さずに浮かべていた、あの薄気味悪い微笑み。
俺の愛する子供たちを、面倒なゲームのタスクのように『デイリー消化』と吐き捨てる冷酷さ。
楽しかったはずの記憶のパズルが、カチリ、カチリと、真っ黒なピースだけで組み上がっていく。
脳内で警報が鳴り響いているのに、どうしても目を逸らすことができない。
「うそ、だろ……?」
乾いた声が、ポツリと漏れた。
顔から一気に血の気が引いていくのがわかる。指先が氷のように冷たくなっていた。
限界までおめでたかった俺の楽観的な思考回路が、ついに完璧な答えを弾き出す。
ウイルスなんかじゃない。
愉快犯のイタズラでもない。
画面の向こうにいるのはペンギンのマスコットなんかじゃなく、軍の最高権力者だ。
「これ……マジなんだ」
底抜けに明るかった俺の世界が、音を立てて崩れ落ちた。




