第九章 口止め料
指定された店は、港から一本入った裏通りにあった。外観はただの古い居酒屋だが、暖簾をくぐった瞬間に、鷹宮は悟った。ここは“選ばれた人間”しか使わない店だ。
座敷は奥に一つだけ。すでに男が待っていた。警備会社の幹部――名刺にはそう書いてあるが、実態は基地関連トラブルの後始末専門だ。分厚い指、短く刈った髪、笑わない目。
「蒼浜は昔から、こういう街だ」
男はそう前置きし、徳利を傾けた。酒の匂いが強い。
「正義感の強い若者が多い。だから衝突も起きる」
テーブルの上に、茶封筒が置かれる。中身の重さは見なくても分かる。札の厚みは、口を閉じる対価としては十分すぎた。
「刺したのは誰だ」
鷹宮は封筒に触れなかった。男の眉が一瞬だけ動く。
「名前は必要ない。必要なのは、これ以上騒がないことだ」
その瞬間、鷹宮の脳裏に父の事故現場が蘇る。『下請けの安全管理不備』。責任はいつも、弱いところに落ちる。
「処理って言葉、便利だな」
男は笑った。「街を守るためだ」
守っているのは何だ。街か。基地か。金か。
鷹宮は立ち上がった。封筒は置いたままだ。
「次に誰か死んだら、俺は黙らない」
店を出た瞬間、背後で携帯のシャッター音がした。振り返っても誰もいない。だが、見られた感触だけが残る。
蒼浜の夜は静かだった。静かすぎる街ほど、よく血を吸う。




