エピローグ 数年後
蒼浜市の名前は、全国ニュースから消えた。
事故は減った。少なくとも、目立つ形では起きなくなった。補助金の流れも、以前ほど露骨ではない。会計検査院の指摘が数件入り、市は「改善中」という言葉を覚えた。
それを、改革と呼ぶ者もいる。
### 玲奈
玲奈は、蒼浜を離れなかった。
記者にも、活動家にもならなかった。告発者として名を売ることもなかった。あの夜以降、彼女は名前を出さない代わりに、線だけを出し続けた。
自治体の審議会資料、港湾関連企業の決算、労災の統計。誰でも見られる場所に、誰も読まない形で整理された情報。それを拾い、繋ぎ、別の誰かが気づける位置に置く。
派手さはない。拍手もない。
だが、事故が一件止まるたび、彼女は記録を一行、更新した。
殴られた頬の痕は消えた。怒りも、以前ほど鋭くはない。それでも、攻撃性は失われていない。ただ、方向が変わっただけだ。
彼女は知っている。
正義は、叫ぶと折れる。
だから彼女は、囁く。
誰かが次に踏み込む時のために。
### 鷹宮
鷹宮は、蒼浜に残った。
肩書きは変わった。立場も一段、上がった。表に出ることは減り、署名もしなくなった。代わりに、判断だけが増えた。
事故は減らした。整理も減らした。だが、工程は消えていない。
彼の中で、均衡は壊れたままだ。
夜、時々目が覚める。防潮堤の風の音が、まだ耳に残っている。選択を先送りした夜の音だ。
彼は理解している。
自分は壊れきってはいない。だが、元にも戻れない。
あの女を消さなかったことで、何かが止まり、何かが始まった。
管理は、以前より難しくなった。線を引くたび、別の線が浮かび上がる。誰かが見ているという前提が、工程に組み込まれた。
それは、致命的な欠陥でもあり、唯一の安全装置でもあった。
### 交差しない二人
二人は、再び会っていない。
だが、同じ資料を見ていることがある。同じ数字に、同じ違和感を覚えることがある。
互いに、それを確認しない。
確認した瞬間、均衡はまた崩れるからだ。
蒼浜は今日も静かだ。
静けさは、解決ではない。
選択は、毎日更新されている。
誰もが、知らない場所で、どちらかを選び続けている。
管理か。 破壊か。
日本の将来は、相変わらず未確定のままだ。




