第二十三章 見せしめの作法
蒼浜署の裏手にある古い喫茶店は、昼でも薄暗かった。灰皿は満杯で、コーヒーは苦い。ここは事情を聞かれる側と、聞く側が同じ空間に座る場所だ。
鷹宮は壁際の席に座り、背中で気配を測っていた。警察官が二人。スーツ姿だが、靴が安い。刑事課ではない。生活安全だ。
「最近、動いてるそうだな」
年上の方が言った。質問の形をしていない。
「何の話だ」
「港だよ」
それ以上は言わない。言えば記録になる。
若い方の警官が灰皿を交換しながら、ぽつりと漏らした。
「事故が増えると困る」
事故。その言葉が、すでに結論だった。
店を出ると、雨が降り始めていた。港に向かう道はぬかるみ、街灯が滲んでいる。蒼浜は、こういう夜に本性を出す。
第三埠頭の外れ。倉庫と倉庫の間に、黒いワンボックスが停まっていた。ハザードは点けない。呼ばれた場所だ。
中には、桐島ともう一人、見知らぬ男がいた。背が低く、腹が出ている。だが、視線が冷たい。
「こいつだ」
桐島が顎で示す。男は名乗らなかった。必要がない。
「最近、余計な連絡が減らねえ」
男が言う。声は静かだ。
「誰のせいか、分かるか?」
鷹宮は答えなかった。正解は決まっている。
「見せしめが要る」
桐島が言った。
「派手なのはいらねえ。静かなやつだ」
静かな見せしめ。蒼浜でよく使われる手口だ。事故、失踪、自殺未遂。どれも、調べれば曖昧になる。
「お前に選ばせてやる」
男が言った。
「口の軽いフリーの記者か、港の若い作業員か」
二つとも、鷹宮の知っている顔だった。記者は資料を欲しがっていた。作業員は、酒の席で愚痴をこぼしただけだ。
どちらかが消える。
「決めろ」
選ばないという選択肢はない。黙れば、両方だ。
鷹宮は歯を食いしばった。ここで正義を語れば、笑われる。
「……記者だ」
声が掠れた。
桐島は頷いた。
「了解だ」
それだけで話は終わった。
帰り道、鷹宮は吐いた。雨で薄まった吐瀉物が、側溝に流れていく。自分が何を選んだのか、考えないようにした。
翌朝、ニュースが流れた。
『フリー記者、山中で滑落死』
事故だ。単独だ。取材中の不慮の出来事。
記事は短かった。誰も深掘りしない。
携帯が震える。桐島から一言だけ。
『静かだろ』
鷹宮は返信しなかった。できなかった。
自分が守ったのは、誰かではない。秩序だ。
その事実が、骨より重く胸に残った。




