第十章 消された投稿
朝、スマートフォンを開いた瞬間、玲奈は異変に気づいた。
昨夜まであった投稿が、まとめて消えている。刺殺事件、港の事故死、警備会社の名前を匂わせた一文――すべてだ。
削除通知は定型文だった。『コミュニティガイドラインに違反する可能性』。理由は書かれていない。
団体のチャットが鳴る。
「落ち着いて。今は引こう」 「スポンサーが神経質になってる」
スポンサー。その言葉に、玲奈は吐き気を覚えた。誰のための運動なのか、分からなくなる。
彼女は過去のライブ配信を見返す。コメント欄には、既に別の話題が流れ始めている。怒りは消費され、次の炎上へ向かう。
昼、運営側の人間と通話した。
「君の発信は強すぎる。今は“事故”という公式見解を尊重すべきだ」
「嘘だと分かっていて?」
一瞬の沈黙。
「運動を続けたいなら、選択しろ」
電話を切った後、玲奈はフェンスの前に立った。基地の向こうでは、何事もなかったように兵士が行進している。
母が倒れた日の光景が重なる。誰も立ち止まらなかった。
玲奈は新しい投稿画面を開き、言葉を打ちかけ、消した。
正義を語るほど、守られるのは弱者ではない。
怒りは、もう個人のものではなくなっていた。




