浮気がバレてないと思ってるのは貴方だけ。地味な嫌がらせと準備を積み重ねて人生ごと破産させて差し上げます。キリキリ働かせ利益を吸い取るまでが復讐
笑いをこらえる。
「……おい、ウリマリア。最近、服がキツくないか?洗濯の仕方を間違えているんじゃないのか?」
ウリマリアの婚約者であるロットランドが鏡の前で不機嫌そうに唸っている。必死にお腹を引っ込め、ベストのボタンを留めようとしているがパツパツで今にも弾け飛びそうだ。紅茶を淹れながらすっとぼけた顔で答えた。
「あら、ロットランド様。それはきっと、貴方様が男らしく逞しくなられた証拠です。洗濯係は最高級の洗剤を使っていますもの、縮むはずがありません」
「そ、そうか?筋肉が増えたのか……なら仕方ないな」
彼は単純。メイドに命じて3日に1ミリずつ、服の寸法を詰めさせているだけなのだが。
ロットランドは最近、男爵令嬢のミクアナという女と浮気をしている。デートを公務と嘘をついてキャンセルし、浮気相手と高級レストランで食事を楽しんでいるのだ。だから、少しずつ「自分は太ったのか?」「体がむくんでいるのか?」と不安にさせてやることにした。
「……それにしても、最近のワインは味が落ちたな。ウリマリア、安物に替えたのか?」
グラスを傾けながら文句を言う。
「まさか。それは最高級のヴィンテージワインです……もしかしてロットランド様、味覚がおかしくなられているのでは?ストレスはお体に毒ですわよ?」
「なっ、舌が馬鹿になったと言うのか!?……いや、確かに少し風邪気味かもしれない」
中身は市場で買った1本100円の酢のようなワインに詰め替えてある。美食家を気取る彼がラベルを見ただけで安物を絶賛したり、逆に本物を不味いと言ったりする様を見るのは日々のささやかな楽しみ。
ある日の午後。ロットランドが「重要な会議がある」と言って出かけた。目的はミクアナとの密会。笑顔で送り出し、すぐさま裏工作を開始した。
彼らが向かったのは王都で人気の恋人たちの並木道。
そこでロットランドはミクアナにかっこいい所を見せるつもりだろうから、履いていった革靴には細工をしておいた。中敷きの小指部分にだけ小さな小石を縫い込んでおいたのだ……一時間後。
「い、痛い……くそっ、な、なんだこの靴は……違和感がずっと」
「ロットランド様ぁ?どうしたんですかぁ?歩くの遅いですぅ」
「す、すまないミクアナ。足が……あ、いや、なんでもない!」
歩くたびに激痛が走るが、かっこつけの彼は「靴が痛い」なんて言えない。脂汗を流し、変な歩き方をするロットランドを見てミクアナがドン引きしているのが遠目にもわかった。
さらに、予約していたレストランでは手違いが起きる。
「え?予約が入っていない?」
「はい。ロットランド様のお名前では承っておりません」
当然だ。ロットランド様の秘書を装ってキャンセルしておいたから、完璧。代わりに案内されたのは厨房の換気扇の真横にある、油煙と騒音がひどいテラス席。こちらで特別に手配した席となる。
「げほっ!けほっ!な、なんだこの煙は!」
「きゃあ!ドレスが油臭くなっちゃう!この服気に入ってるのにぃ」
「す、すまない!今すぐ店員を呼んで……え」
店員を呼ぼうとしたロットランドだが、さっき飲んだ下剤入りのハーブティー、朝に飲ませた効果がここで爆発。
「うっ……!?」
「ロットランド様?」
「は、は、腹が……ぐ!す、すまない、トイレへ……うううう!!」
内股でトイレに駆け込んだ。残されたミクアナは油まみれの席で一人、不機嫌そうに魔導電子をいじっている。その様子を向かいのカフェから優雅に眺めていた。
「ふふ。せいぜい楽しんでね。不幸の積み重ねが偶然だと思っているうちは」
そんな日々が三ヶ月も続いたロットランドは、精神的に追い詰められていた。
服はどんどんキツくなり、実際は詰められているけど。ご飯が不味く感じるのは安物だから。ミクアナとのデートは毎回何らかのトラブル、というこちらの仕業で台無しになる。
「おれは……呪われているのか?」
「ロットランド様、最近元気がないですわね。肌もボロボロで十歳くらい老け込まれたよう」
鏡を見せながら優しく残酷に囁く。鏡に映っているのはストレスでハゲができかけ、服がパツパツで顔色の悪い中年太りの男。ほら、ハローって手を振ってあげて?
一方のミクアナもロットランドへの愛想を尽かし始めていた。
「ねえ、いつになったらウリマリアと別れて私と結婚してくれるの?最近のロットランド様ってかっこ悪いし、お金払いも悪いし〜最悪なんですけどー?」
ミクアナが財布の中身を毎日少しずつ抜いているから、お金の減りが早い。
「ま、待ってくれミクアナ!もうすぐだ!誕生日のパーティーでウリマリアとの婚約を破棄して、公式に紹介する!そうすれば家の財産は全ておれのものだからさ!」
そう、ロットランドは我が家の持参金と事業を乗っ取るつもりでいた。だが、彼は知らない。チクチクと嫌がらせをしている間に、水面下でもっと恐ろしい準備を進めていたことを。
そして迎えた、ロットランドの誕生日パーティー。会場には多くの貴族が集まっていた。男は無理やり体を押し込んだタキシードを着て、ミクアナを連れて壇上に上がる。
「皆様!今日は重大な発表がある!性格の悪いウリマリアとの婚約を破棄し、愛らしいミクアナと結婚することを!」
会場がざわめくとミクアナは勝ち誇った顔で見下ろした。
「あーあ、残念でしたぁおばさーん。ロットランド様は私がもらい受けますねえっ!」
扇子を閉じて前に進み出た。
「婚約破棄、喜んでお受けいたしますわ。ロットランド様」
「ふん、負け惜しみを!慰謝料など払わんぞ!出て行け!」
「いいえ、慰謝料など不要です。だって貴方には払える資産なんて一つもありませんから」
「は?」
「みなさん!」
合図をしたら会場の扉が開き、王宮の憲兵と厳格な顔をした監査官が入ってきた。
「ロットランド・ベルク。貴様を横領および詐欺、王家への不敬罪で拘束する!」
「は?ふけい?な、なんだと!?おれが何をした!」
解説してあげた。
「ロットランド様が経費として落としていたミクアナ様へのプレゼント代、食事代、ホテル代。あれ、全て王家の治水工事予算の口座から引き落とされていましたよ?」
「なっ……は!?ば、馬鹿な!家の口座から……出したはず、だ」
「いいえ。貴方の財布のカードをそっくりそのまま王家管理の公金カードにすり替えておいたのです。気づきませんでしたか?ずっと私が管理していましたものね」
顔面蒼白になるロットランド。
「ま、待て!じゃあおれが今まで使っていたのは……」
「はい、横領金です。この数ヶ月、嫌がらせでストレスが溜まり、判断力が鈍っていましたから。明細書も見ずにサインしていましたわよ?」
彼が適当に、サインした書類の束を見せたそこには「私は横領を認めます」「全責任を負います」という文言が、小さく小さく書かれている。
「そ、そんな……は!嵌めたなあ!?」
「人聞きの悪い。やりたくない、面倒くさい、全部ウリマリアがやってくれって、丸投げした結果でしょう?」
さらに追い討ちをかける。
「それとね、ミクアナ様」
「ひっ、な、なによ!」
「貴女が身につけているその宝石……それ、呪いの魔石で廃棄予定品ですわよ」
「えっ」
「ロットランド様が安く手に入れた、私に用意させたものです。長時間身につけていると肌が緑色に変色し、二度と取れなくなる……あらららら〜、もう手首の色が変わってきていますわねえ」
ミクアナが悲鳴を上げて宝石を投げ捨てたが、手首には毒々しい緑色の痣がくっきりと残っていた。
「ひい!嘘!嫌ぁぁぁ!私の肌がぁぁ!嫌だ!取れないわ!?」
ごしごししても変化なし。そして、ロットランドはそのまま、憲兵に引きずられていった。
「ウリマリア!助けてくれ!愛しているんだ!あの女が勝手に誘惑しただけなんだ!なぁ!?」
「往生際が悪いロットランド様……ああ、安心してください。刑務所の服はフリーサイズですから、もうキツくて苦しい思いをすることはありません」
「そ、そんなぁぁぁぁ!!うわああ!」
その後、ロットランドは横領した公金の返済のため、一生出られない地下牢で強制労働に従事することになった。そこでの食事は妻が用意した安いワインよりも不味い泥水と、カビの生えたパンだけだという。
服がキツいどころか、ガリガリに痩せ細り、誰だかわからない姿になっているそう。ミクアナは肌に残った緑色の痣のせいで新しい男も見つからず、詐欺の共犯としてスラム街へ追放されたとか。
「さて、害虫駆除も終わりましたし、新しい事業を始めましょうか」
ロットランド家から没収した資産と手腕を合わせ、商会は過去最大の利益を上げていた。ストレスの元凶がいなくなったので肌艶も良くなり、最近では隣国の若き公爵から熱烈なアプローチを受けている。
「ウリマリア嬢、今日のドレスも素敵だ。サイズもぴったりだね」
「ふふ、ありがとうございます……優秀な仕立て屋がおりますので」
今度の相手は服のサイズが変わるようなだらしない男ではない。嫌がらせのスキルが二度と発動しないことを祈るばかりだ。
*
「ウリマリア、君の商会の今期の決算……どうなっているんだ?利益率が異常だぞ」
新しい婚約者候補である公爵、アレハンドロが執務室で帳簿を見ながら目を丸くしている。優雅に紅茶を啜りながら微笑んだ。
「ええ。素晴らしいでしょう?新しい生産ラインを確保しましたの。人件費が実質タダ、衣食住も最低限で済む夢のような工場です」
「……まさか、奴隷狩りでもしたわけじゃないだろうな?」
「失礼な。国が管理する矯正施設への業務委託です」
一枚の契約書を指差した。ほらよく見て、と。王立第三監獄といった重罪人用における、受刑者労働力の民間貸与契約書と書かれている。工場の責任者欄には自分の名前があった。
「さあ、視察に行きましょうか。私の元婚約者が、どれほど真面目に働いているか見ものです。ふふっ」
地下深くにある王立監獄の作業場。湿気とカビの匂いが漂う中、痩せこけた男たちがミシンに向かっていた。一番奥にロットランドがいる。
「くそっ……目が、目が見えない……針が指に……」
ボロボロの囚人服を着た彼は震える手で何かを縫っていた。作っているのは貴族男性向けのコルセット。
「あら、ロットランド。手が止まっていてよ?」
声をかけるとロットランドはビクッと体を震わせ、振り返った。
「う、は?ウリマリア!?なぜここに!?」
「オーナーが工場の視察に来て何が悪いの?それより貴方、ノルマが遅れているわよ。今日の夕食のカビパンを抜きにされたい?」
「お、お前がオーナー!?ふざけるな!おれは元伯爵だぞ!なんでこんなっ、男の腹を締め上げるような拷問器具を作らなきゃならないんだ!」
完成品を投げ捨てようとした仕草を冷ややかに見下ろす。
「拷問器具?貴方があれほど気にしていた、体型を美しく見せるための商品ですわよ。ブランド名は贖罪。キャッチコピーは貴方の罪も贅肉も全て締め上げる……大ヒット商品なんです」
最後の語尾にハートをつけた。
「き、きき、貴様ぁぁぁ!」
「それに、貴方が縫製をミスして針が一本折れるたびに、刑期が1週間伸びる契約になっていますから。頑張ってね」
ロットランドは絶望の表情で再びミシンにしがみついた。服が縮んだと嘘をつかれ、精神を病んだ彼が今は他人の体を締め付ける服を作り続ける。なんとも美しい皮肉。
「ウリマリア、君は本当に悪魔だな。褒め言葉だが」
アレハンドロが感心したように呟く。
次に向かったのは王都のスラム街に近い路地裏にある商会の研究ラボ。顔を深くフードで隠した女、ミクアナが働いていた。
「あ、あの……社長様。お願いです、あのお薬を……肌色戻しクリームをください……お願い」
ミクアナの手首から先は呪いの宝石の影響でまだ毒々しい緑色のまま。彼女は今、スラムでもカエル女と虐められ居場所をなくしていた。
「ええ、いいわよミクアナさん。今月の労働分の給与の現物支給です」
小さな小瓶を渡した。開発させた、一時的に皮膚の変色を隠すコンシーラー。ただし、効果は24時間しか持たないし、塗るのをやめると以前より色が濃くなる副作用がある。もちろん伝えてある。
「あぁ……ありがとうございますぅ……!これがないと、私、外も歩けなくて……ううう」
ミクアナは震える手でクリームを塗りたくった。今の仕事は商会が開発する劇薬コスメの臨床試験テスター。かぶれるかもしれない新商品のファンデーションや、副作用が未知数のダイエット薬を自分の体で試す仕事。
「今回の新作、少しピリピリするけれど、貴女の丈夫な肌なら大丈夫よね?データが取れたら、またクリームをあげるわ」
「はい……やります……なんでもしますぅ……」
ロットランド様のお金は私のものと豪語していた彼女が、今は作った安価なクリームひとつに依存し、体を差し出している。彼女は一生商会のモルモット兼優良顧客だ。
視察を終え、アレハンドロ公爵と高級レストラン。もちろんロットランドが行けなかった一流店でディナーを楽しんでいた。
「いやはや、恐れ入った。ロットランドには締め付けの苦しみを与えて金を稼ぎ、ミクアナには美への執着を利用して新薬を開発させる……君の商才には震える」
アレハンドロは呆れつつも楽しそうにワインを揺らす。国の中枢で経済を担当している。効率的すぎる手法が国の税収にも貢献していることを理解しているのだ。
「彼らも喜んでいるはずです。無為に刑務所で過ごすより、こうして社会の役に立てているのですから」
「違いない……ところでウリマリア。君の管理能力をぜひ私の公爵家でも発揮してほしいのだが」
箱を取り出した。中にはミクアナが欲しがっていた呪いの宝石とは比べ物にならない、最高級のダイヤモンドの指輪が輝いている。
「家の財政も君に握ってほしい。もちろん、裏帳簿を作るような真似はしないと誓うよ」
微笑んでグラスを置いた。
「あら、アレハンドロ様。私と結婚するということは貴方の服のサイズも、食事の内容も財布の中身も……全て把握するということ。覚悟はよろしくて?」
「ああ。ロットランドのようなマヌケな末路にならないよう、清廉潔白に君を愛し続けると約束しよう」
数年後。商会は国一番の大企業に成長していた。
主力商品は男性用補正下着と、カバー力抜群の化粧品ミクアナという皮肉な名前。
監獄のロットランドは過労とストレスで完全に服を作る機械となり、自我を失うほど働き続けているという。
ミクアナは度重なる治験の影響で肌はボロボロだが、クリーム欲しさに今日も実験台に上っている。
公爵夫人として優雅に微笑みながら、今日も新しい商売の種を探している。復讐ではなくビジネス。裏切った者たちを資源としてリサイクルするとてもいい活動。帳簿の最後のページを閉じる。
今期も文句なしの黒字です。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




