第5話『夜明けの約束』
長い、一日が終わった。
カイと二人で過ごした、あの奇妙な土曜日。
母が用意してくれた夕食を終え、私は早めに自室のベッドに潜り込んだ。
カイは昨日と同じように、壁に背を預けて眠っている。
どれくらい眠ったのか。
ふと意識が浮上し、目を開ける。
暗闇に目が慣れてくると、床に座って眠るカイの姿と、窓の外の景色がぼんやりと見えた。
黒と藍色が混じり合ったような、夜明け前の空。
長い、長い夜が、終わろうとしていた。
昨日の、悪夢のような夜とは違う。
不思議と、心は凪いでいた。
アキラの死を受け入れたわけじゃない。
悲しみは、今も胸の奥でずしりと重い。
けれど、首元で確かな重みを持つ三日月のネックレスが、不思議な温もりをくれていた。
「ねぇ、カイ……起きてる?」
私の声に、カイの肩がぴくりと揺れた。
ゆっくりと、彼が目を開けてこちらを見る。
暗闇の中で、その瞳がまっすぐに私を捉えた。
「これから、どうするの?」
声が、少し震える。
「……ソリスティアに、帰るんでしょ?」
覚悟を決め、彼の顔をまっすぐに見つめて問いかける。
私を魔物から守る、というアキラとの約束は、もう果たされたんだから。
引き止める権利など、私にはない。
カイは、すぐには答えなかった。
私の視線から逃れるように、窓の外へと目を向ける。
その横顔が、白み始めた空の光を浴びて、輪郭を浮かび上がらせる。
「……ああ。じいちゃんとの約束は、もう果たした」
ぽつりと、カイが呟く。
「そうだよね…」
私は小さく答えることしかできなかった。
「だから、俺は……」
言葉が、途切れる。
その一瞬の躊躇いに、私の心臓が小さく跳ねた。
やがて、カイは決心したように、私に向き直った。
その瞳には、もう迷いの色はなかった。
十六歳の少年とは思えない、強い意志の光が宿っていた。
「じいちゃんは、あんたを一人にして死んだ」
静かな、だが重い声だった。
「手紙の最後、なんて書いてあったか覚えてるか?
『本当にごめん』って……あんなに強かったじいちゃんが、最後に残したのが謝罪の言葉だったんだ」
カイは、私の首にかかったネックレスに、そっと指で触れた。
ひんやりとした彼の指先が、肌に触れる。
「俺は、じいちゃんと同じ後悔はしたくねえ」
その言葉は、誓いのように響いた。
「だから、俺はここに残る。
お前の隣にいる。
……これは、じいちゃんが果たせなかった約束の続きだ。
俺が、俺の意志で果たす」
真剣な、あまりにも真剣な告白だった。
その言葉が、私の心の奥底に、じんわりと染み込んでいく。
堪えていたはずの涙が、また一筋、頬を伝った。
でも、今度の涙は、悲しい涙じゃなかった。
「……本当にいいの?、カイ……」
その涙を見た瞬間、カイは急に我に返ったように、狼狽え始めた。
「な、泣くなよ!
だから!
べ、別に、あんたのためじゃねえって言ってるだろ!
俺が、じいちゃんの無念を晴らしたいだけだ!」
早口でまくし立てる。
その必死な様子が、暁にそっくりで、思わず笑みがこぼれた。
「……そ、それに、じいちゃんが死ぬまで美味いって言ってた、この世界の飯にも興味があるしな!」
その必死な様子が、暁にそっくりで、思わず笑みがこぼれた。
私の笑みを見て、カイはさらに顔を赤くしてそっぽを向く。
「……とにかく、あんたは俺が守る。
じいちゃんとの約束だからじゃねえ」
彼は、一度言葉を切り、そして、もう一度まっすぐに私を見つめて言った。
「俺が、そうしたいからだ」
これで100年にわたるカイたちの物語は完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
長編連載もしていますので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。




