シンデレラにガラスの靴を
転田ころんと付き合って一年が経った。
久しぶりに二人で出掛けたが、雨の日だったため、ころんは長靴を履いていた。
帰り道に、近道のため公園を突っ切ろうと歩いていたら、ころんの長靴がすっぽぬけて遠くに飛んでいった。
「あ!」
「あ!」
二人で叫んだが、そのまま長靴は泥の水溜まりに着地してしまった。
「……長靴に泥水が入っちゃったな。取ってくるから、俺の肩につかまって」
ころんは黙って俺の肩につかまると、片足立ちのケンケンをして、屋根のあるベンチに座った。
いつもは元気なころんだが、なぜか今は静かにしている。
(長靴を濡らしたことが悲しかったのかな?)
と思いながら、俺は水溜まりに浸かったころんの長靴を拾い、公園の水道で洗って、ころんの隣に座った。
受け取ろうとしたころんに、
「いや、いいよ。なんか落ち込んでるし、ついでにやるよ」
と言って、ハンカチで長靴の中を拭いていると、
「……なんか、小学生の頃のことを思い出しちゃったなぁ……」
と、珍しく声のトーンを落として、ころんは訥々と話してくれた。
小学生の頃にいじめられていたこと。みんなに無視をされて辛かったこと。ある日、下駄箱に落書きをされていたため、いじめた子たちの長靴に泥水をなみなみ入れて仕返しをしたこと。すると、やっといじめがおさまってくれたこと。
聞いてるだけの俺もしんどいのに、実際に経験をしたころんのことを思うと、更に俺の心臓はキリキリと傷んだ。
俺もいじめられた経験があったので、話を聞いて、思わず言った。
「やるじゃん! 話を聞いてスッキリしたわ」
「そっかな?」
「うん。ころんは良い対応をしたよ。いじめっこは反省することができたんだから。反省しない性格の奴だとしても、怒らせたことに気付けたか、自分は嫌なことをしていたんだと気付けただろ。なんにしても、賢い解決方法だ」
「そっかな?」
「うん。特に、八分目じゃなくてなみなみ入れるところにセンスがある! 小学生のころん、素晴らしい!」
「いやいや、それほどでも~」
照れるころんに、俺は、「よ! 大統領!」と合いの手を入れた。
長靴を拭き終わった俺を見て、
「拭いてくれてありがとう」
と受け取ろうとしたころんを、俺は、
「ついでに履かせてあげましょう」
と、ベンチに座っているころんに向かい合ってしゃがみ、長靴を履かせてあげた。
「ピッタリだ!」
わざと驚いてみせた俺に、
「当たり前じゃん!」
と、ころんはツッコミを入れる。
笑っているころんに、俺は、
「長靴に泥水の思い出、辛さが薄まるように、もう一つ別のバージョンのも作ろう」
と言って、ころんの目をまっすぐに見て伝えた。
「この長靴にピッタリの姫を捜していたんです。あなたがシンデレラですね!」
「はい!」
「俺と結婚してください! ……なんちゃって」
「はい! 喜んで! ……なんちゃって」
俺の真似をしたころんに、俺はもう一度、言ってみた。
「俺と結婚してください」
わざと『なんちゃって』を言わずにいたら、ころんは同じように返してくれた。
「はい、喜んで」
「……マジで?」
「うん!」
思わずころんを抱き締めてしまった。
ころんが生きていてくれて良かったと心から思った。